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これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

これでも銀行から投資信託を買いますか?~金融庁の分析と指標導入~

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金融庁が投資信託を販売する銀行・証券会社に対して、比較可能な共通指標を導入することを発表しました。

この共通指標は投資信託の購入コストとリターン等、お客様が取るコスト・リスクとリターンが相応かという点等を浮き彫りにするのが狙いです。

銀行・証券会社にとってみれば、販売会社である銀行・証券会社が「変な」商品をお客様に売りつけていないか等が外部からチェックされやすくなるということになります。

今回は、この投資信託の販売会社における共通指標公表および銀行の投資信託の販売姿勢について考察します。

 

報道記事

まずはロイターの記事を引用します。概略が分かるでしょう。

金融庁、投信販売で共通指標を導入 顧客の損益分布など3項目

ロイター/2018年6月29日

[東京 29日 ロイター] - 金融庁は29日、投資信託を販売する銀行や証券会社に対して、顧客の運用損益別の比率など3項目の共通指標を導入し、統一基準で算出・公表することを求めると正式発表した。銀行や証券会社による「顧客本位の業務運営」を促すための措置で、共通の指標を通じ、顧客が負うリスクとリターンが見合っているかなど販売体制の適正さを比較しやすくする。

共通指標は、1)投信とファンドラップの運用損益別顧客比率、2)投信の預かり残高上位20銘柄の購入コストとリターン、3)投信の預かり残高上位20銘柄のリスクとリターンの3つ。指標を通じ、手数料や商品のリスクに見合ったリターンを顧客が得られているかを浮き彫りにするのが狙い。

金融庁は、毎年3月末を基準日に同庁が決めた統一の算出方法に基づき、データを算出するよう求める。年1回の更新を想定し、過去分の公表も求める。

同庁は29日、主要行等9行、地方銀行20行を対象に共通指標を算出した結果を公表した。全29行を合算した18年3月末時点の運用損益別顧客比率では、46%の顧客は運用損益率がマイナスだった。一方、投信の預かり残高上位20銘柄のうち、設定後5年以上の投信のコストとリターンを検証したところ、両者に明確な関係はなく、顧客がコストに見合ったリターンを必ずしも得ているわけではないことが明らかになった。

金融庁は17年、投信の販売手数料の明確化などで構成する「顧客本位の業務運営の原則」を策定。金融機関に自社の取り組みや取り組みの進捗を示す指標の公表を求めてきた。しかし、金融機関が独自に設定する指標は算出方法がばらばらで、自社に都合のいい指標が公表されて利用者の利便性にそぐわないリスクがある。

金融庁は、利用者が金融機関の状況を比較しやすくするため、各社共通の指標を検討してきた。今後、他の金融商品や他の金融セクターについても、指標の導入を検討する方針。

 

金融庁の発表

次に、発表元の金融庁の発表文、資料等を基に詳細を確認していきましょう。

まず、今回の共通指標(KPI)導入目的・概要について金融庁は以下のように説明しています。

投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIについて

金融庁では、家計の安定的な資産形成を実現するために、全ての金融事業者が顧客本位の業務運営を行うことが重要である、との認識の下、2017年3月に「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下「本原則」という。)を策定・公表しました。

これまでに、多くの金融事業者が本原則を採択の上、取組方針を策定・公表し、また、一定数の金融事業者が、取組方針と併せて顧客本位の業務運営を客観的に評価できるようにするための成果指標(KPI)を公表しています。

他方、自主的なKPIの内容は区々であり、顧客がKPIを用いて金融事業者を選ぶことは必ずしも容易でないことから、今般、長期的にリスクや手数料等に見合ったリターンがどの程度生じているかを「見える化」するために、比較可能な共通KPIと考えられる以下の3つの指標を公表します(「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIについて」)。 
 ・ 運用損益別顧客比率
 ・ 投資信託預り残高上位20銘柄のコスト・リターン
 ・ 投資信託預り残高上位20銘柄のリスク・リターン

今後、投資信託の販売会社において、これら3つの指標に関する自社の数値を公表することを期待します。

(出典 金融庁ホームページ)

https://www.fsa.go.jp/news/30/sonota/20180629-3/20180629-3.html

以上が金融庁の発表文です。

「運用損益別顧客比率」「投資信託預り残高上位20銘柄のコスト・リターン」「同銘柄のリスク・リターン」を銀行・証券会社が公表することを「期待する」としています。

 

金融庁の分析

前述の記事にもあった通り、金融庁は上記3指標を用いて主要行等9行、地銀20行のデータを収集・分析しています。

このデータを以下で確認(引用)してみましょう。

①運用損益別顧客比率

  • 販売会社がどれくらいのリターンを個々の顧客に提供しているかについて、投資信託を保有している顧客の基準日時点の運用損益(手数料控除後)を算出した運用損益別顧客比率を見ると、主要行等9行・地域銀行20行合算ベースで、半数強の顧客の運用損益率がプラスである一方、35%の顧客が-10%以上0%未満であるなど、半数弱の顧客の運用損益率がマイナス。
  • 各販売会社について、運用損益率が0以上の顧客の割合をみると、7割台の販売会社がある一方で、3割台に留まる販売会社もある。また、顧客の投資信託の平均保有期間が長くなるにつれ、各販売会社の運用損益率0以上の顧客割合が高くなる傾向。
  • さらに、各販売会社について、平均運用損益率を試算すると、10%以上の販売会社がある一方で、0%未満に留まる販売会社もある。

②・③投資信託預り残高上位20銘柄のコスト・リターン/リスク・リターン

  • 各販売会社の投資信託預り残高上位20銘柄のうち設定後5年以上の投資信託について、コスト・リターンを検証したところ、両者に明瞭な関係が認められず、コストに見合ったリターンは必ずしも実現していない。
  • リスク・リターンは、リスクの上昇に伴いリターンも一定程度上昇する傾向が見られたが、シャープレシオ(リターン/リスク)で見ると、0.8台の販売会社がある一方で、0.3台に留まる販売会社もある。(※筆者註:シャープレシオは上記の通りリターンをリスクで割って簡便的に算出)

以上が金融庁が金融庁の分析です。

これは筆者の感覚的にも納得感のあるものでした。

この数値をご覧になって納得された金融関係者も多いのではないでしょうか。

投資信託を銀行で購入したお客様のうち、半数弱が運用損益率がマイナスなのです。

そして、銀行によっては、運用損益率がプラスになっているお客様の割合が6割以上(29行中10行)となっているのに対して、運用損益率がプラスになっているお客様が5割以下の銀行が29行中9行あるのです。

コストとリターンが見合っていないことも定量的に示していますし、リスクとリターンの関係も微妙と言わざるを得ません。

(※当該分析については以下のPDF資料にある図表を確認いただくとよく分かるでしょう

https://www.fsa.go.jp/news/30/sonota/20180629-3/03.pdf

 

所見

金融庁はこのような分析を発表した上で、銀行等から自主的(実質的には半強制的)にこれらの指標を公表させようとしています。

この背景・狙いは簡単です。

銀行の投資信託に関する販売姿勢を開示させようとしているのです。

金融庁は顧客本位の業務運営に関する原則を公表した際には、当時売れ筋の投資信託だった「毎月分配型の投資信託」を問題視していました。

毎月分配型は投資効率が悪い(分配をするために短期資産を集めに保有する、売買回数が多くなる等)ためです。

しかし、今回は更に本質的な問題点に切り込んできているということでしょう。

結局はどの銀行がお客様を「食い物」にしているかを浮かび上がらせたいのです。

筆者は、銀行の投資信託の販売姿勢には以下の3つの問題点があると認識しています。

  • 手数料が欲しいため回転売買を推奨すること(最近は減少しているようですが)
  • 銀行が儲かる手数料の高い投資信託を推奨すること
  • そもそも販売手数料・信託報酬等のコストが高いため(=銀行にピンハネれている)投資信託の運用リターンが悪く、直接に株式や債券を買った方が良

この3点について金融庁は指標の開示を促すことで解消しようとしているのでしょう。

この取り組みの前提になっているのは、投資信託を購入する個人は総体的には、自らの意思というよりは銀行からの商品の勧めで投資信託を購入しているという判断でしょう。

本来は国民一人ひとりの金融知識(リテラシー)を上げていくことが根本的な解決ではあります。

しかし、まずは銀行の販売姿勢を正そうということなのでしょう。

この取り組みは非常に面白いと思います。

各銀行からどのような指標が出てくるのか筆者は注目していきたいと思います。

なお、蛇足ですが、筆者は長年金融業界にいましたが、一度も銀行から投資信託を購入したことはありません。おそらく今後も購入はしないでしょう。理由は上記の通りです。どうしても投資信託(ETFがないようなテーマ型等)を購入したい場合は、証券会社に依頼することになるのでしょう。

銀行員は自行の投資信託を自ら購入するのでしょうか。親兄弟、親友には勧めることができるのでしょうか。

筆者の長年の疑問でもあります。

そして、渉外担当者や窓口のテラーの皆さん(銀行員)が売りたくもない投資信託をお客様に勧めることが無くなるような時代が来てほしいと切に願います。