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現物株型の役員報酬導入増について

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「現物株型」の役員報酬を導入する企業が大幅に増加しています。

この現物株型の役員報酬は「経営者と株主が同じボートに乗る(セイム・ボート)」ことになり望ましいとされています。

現物株型の役員報酬がなぜ導入されているのか、従前から存在していたストックオプションとの違いは何かについて今回は考察していきます。

 

報道内容

日経新聞が現物株型の役員報酬の導入企業が増加していることを報道しています。

まずは、この記事を引用します。 

役員報酬「現物株」主流に
導入企業 1年で7割増 ストックオプションを逆転
2018/06/15 日経速報ニュース

 「現物株型」の役員報酬を導入する企業が増えている。2018年5月末時点の導入企業数(累積、予定含む)は前年比で7割増え、株式報酬として従来主流だったストックオプション(株式購入権)を上回った。現物株型の方が経営陣の目線を株主と一致させやすいメリットがあるためだ。
 現物株式を使った役員報酬制度の導入企業は、野村証券によると18年5月末時点で794社に達した。1年前から7割増え、ストックオプションの導入企業(600社)を初めて逆転した。
 普及が急ピッチで進むのが「譲渡制限付き株式報酬」(リストリクテッド・ストック=RS)と呼ばれるタイプ。3~5年程度過ぎないと売れないという条件を付けたうえで現物株を付与する。役員に中長期的な視点で株価や業績にプラスになる経営を促す効果があるとされる。16年度に実質的に解禁された。今年5月末時点での導入企業は338社と17年6月末の3倍だ。
 「現物株型」の一種である株式交付信託を導入する企業もある。信託銀行が企業の資金で株式を購入し、必要に応じて役員や従業員に交付する仕組みだ。信託報酬がかかるが、導入企業の事務的な負担が少なく、「制度設計の柔軟性が高い」(三井住友信託銀行)。
 背景には株主重視の経営を求める流れがある。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は「中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきだ」と指摘している。
 従来主流だったストックオプションは、あらかじめ決めておいた価格(権利行使価格)で株式を取得できる権利を付与するもの。原則として株価が一定水準以上に上昇したところで、株式を取得・売却すれば利益を得られる。一方、株価が下落しても目にみえる形で損失を被るわけではなく、株高に傾斜した高リスクな経営判断を誘発しかねないとの批判もある。
 一方、現物株型なら株安が進めば、値下がり損を意識せざるを得ない。このため、リスクとリターンの両方に目配りした、バランスのよい経営判断が期待しやすくなるとの見方がある。また、ストックオプションは株価低迷が続いて権利行使ができないと無価値になってしまうが、現物株型なら倒産するなど特殊な例を除いてそうした心配もない。

(以下略)

以上が報道記事でした。

 

日経新聞の記事の誤解

冒頭に触れた日経新聞の記事には以下の記載があります。 

ストックオプションは(中略)、株価が下落しても目にみえる形で損失を被るわけではなく、株高に傾斜した高リスクな経営判断を誘発しかねないとの批判もある。
一方、現物株型なら株安が進めば、値下がり損を意識せざるを得ない。このため、リスクとリターンの両方に目配りした、バランスのよい経営判断が期待しやすくなるとの見方がある。また、ストックオプションは株価低迷が続いて権利行使ができないと無価値になってしまうが、現物株型なら倒産するなど特殊な例を除いてそうした心配もない。 

ここについては少々誤解があるようなので触れておきます。

まず、ストックオプションは株価が下落しても目に見える形で損失を被るわけではありませんが、だからといって株高に傾斜した高リスクは経営判断を誘発しかねないとの批判は的外れです。

株価が低迷すれば役員は株主から続投(改選)を支持されにくくなります。また、問題のある経営をすれば株主代表訴訟の対象となりかねません。

そして、現物株型でも経営陣が株価を高くするインセンティブがあるのは同様です。ストックオプションに特有の問題ではないのです。

また、当該記事では「ストックオプションは株価低迷が続いて権利行使ができないと無価値になる」としていますが、日本企業の大部分が導入している1円ストックオプションでは、この懸念は当てはまりません。

誤解を恐れずにいえば、1円以上で株式が取引されていれば、1円ストックオプションは価値があるのです。

1円ストックオプションは自社株式を1円で購入できるオプションです。

有償ストックオプションであれば記事の指摘通りとなりますが、有償ストックオプションは今後無くなっていくものと想定できます。

 (有償ストックオプションは以下に解説記事があります)

www.financepensionrealestate.work

 

譲渡制限付株式報酬とは

上記の記事にある譲渡制限付株式報酬」(リストリクテッド・ストック=RS)とは、譲渡制限のついた株式を報酬として交付し、あらかじめ定める条件を充足することで譲渡制限を外す仕組みです。

法的にいえば、会社が役員に対して報酬債権を付与し、役員からその報酬債権の現物出資を受けるのと引き換えにその役員に対して一定期間の譲渡制限が付された株式を交付する制度となります。

この制度は、2016年4月に経済産業省から特定譲渡制限付株式の導入の手引きが公表され普及が加速しました。

従来、会社法では現物株式を報酬として直接交付することはできないとされていたため、現物株式の交付と同等の効果がある株式報酬型ストック・オプション(いわゆる1円ストック・オプション)や株式給付信託が、役員向け株式報酬の主流となっていました。

特定譲渡制限付株式として現物株式の交付が可能になったことで、株式報酬制度の選択肢が広がったといえます。

ただし、譲渡制限付株式には問題もあります。

それは業績連動型を導入しづらいことです。

問題なのはインセンティブとして正しいかということと、議決権・配当金の問題です。

まず、譲渡制限付株式を業績連動型にしようとすると、最初に株式を付与した後に、業績達成度合いに応じて株式を「没収」することになります。「追加」で株式を付与することはないのです。これは仕組み上の問題であり、最初に付与できる上限の株式を渡すことから起きる問題です。

目標をどれだけ達成しても貰える株式は増えず、逆に目標を達成しなければ手元にあったはずの株式を没収されるなら、株式を付与された役員には適切なインセンティブが働いているといえるでしょうか。

また、没収されることが想定されるのであれば、没収される前に生じていた特定譲渡制限付株式にかかる議決権や配当金の扱いはどうなるのでしょうか。

業績の評価が出ていない間でも上限一杯の株式をとりあえず貰っている役員に配当金は交付されるのです。

この2点もあり(他に税務面の問題もありますが当該記事では触れません)業績連動型の譲渡制限付株式は導入が難しいことがお分かりになるでしょう。

これが譲渡制限付株式の問題点といえます。

しかし、譲渡制限付株式報酬は今後も拡大していくでしょう。

株式給付信託(記事にある信託方式)と比べても譲渡制限付株式はコストが低廉です。

そしてストックオプションと異なり、譲渡制限付株式が経営陣に付与されると株主総会招集通知等に取締役が保有する持株数が記載されます。

この持株数は多い方が株主への「見え方」も良いでしょう。

ストックオプションではまだ自社株式を交付されていないため、持株数には追加されませんが、譲渡制限付株式では持株数に参入されることが一般的となります。

取締役から見た場合には、譲渡制限付株式の方が、株主に対して「我々も株式を持っているのだから、同じ利害を共有している」と説明しやすいのは譲渡制限付株式の方だということです。

 

日本で一般的だった1円ストックオプションとは

先に拡大してきている譲渡制限付株式報酬についてみてきました。

ここで簡単に日本の株式報酬として一般的であった(現在も一般的と言えますが)1円ストックオプションについて簡単に確認しておきます。

1円ストックオプションとは、役員等の報酬について、現金ではなく1円で自社株式を購入する権利を付与しておく仕組みです。役員等は自社株式を1円で手に入れることができるのですから、購入価格1円と自社株の時価(たとえば500円)との差額が利益となります。

ストックオプションとは、単純化すれば株式をあらかじめ決められた価格で買う権利といえるでしょう。

ストックオプションは役員退職慰労金の代替手段として広まってきた経緯があります。

過去に日本企業が導入していた役員退職慰労金は、在職期間に応じて退職慰労金が増加する仕組みが一般的であり、役員がなんら結果・成果を出さなくとも長く在職すれば多額の退職慰労金がもらえるものでした。

これには株主の反対も強く、役員退職慰労金の廃止を行った企業も多数ありました。

もちろん、単なる役員退職慰労金の廃止ではなく、異なる手段も様々に模索されました。

  • 退職慰労金部分の役員報酬への上乗せ(前払い)
  • 役員持株会の導入
  • 株式報酬型ストックオプションの導入

その中で拡大したのが1円ストックオプションです。

なぜ、前二者があまり普及しなかったかといえば、役員にとっての税金面での問題がありました。

役員退職慰労金は退職時に給付を受けるわけですから、税の控除が多い退職所得となります。

ところが役員の基本報酬に役員退職慰労金見合い部分を追加されてしまうと、この見合い部分は給与所得として課税されます。給与所得には税の控除はほとんどないため役員等にとって手取額で比較した場合には大きな差がついてしまいます。

これは役員持株会でも同様です。役員が持株会で自社株を購入する際に奨励金等を上乗せするとしても(もしくは役員退職慰労金見合い部分の大半を役員報酬に上乗せし、その同額を持株会を通じた自社株買いをする制度としても)、この制度でも上記のように退職所得にはならないため役員等にとっては手取額が著しく異なることになります。

ところがストックオプションは制度をうまく組み立てると退職所得とすることができるのです。

これならば自社の株価が上昇するインセンティブも役員等に持たせることができますし、退職所得になりますから役員退職慰労金と比べても役員等にとって実際の収受額があまり変わらないようにできます。これは株主からみても役員退職慰労金よりは望ましい制度だったといえるでしょう。

なお、各社の1円ストックオプション制度では権利行使後(すなわち株式取得後)1年は株式を売却できない旨を定めている企業が多いでしょう。

これはインサイダーの問題が関係しています。

金融商品取引法では166条1項において退任後1年以内の役員もインサイダー取引における会社関係者としています。役員は退任後1年までは会社関係者として重要な情報を知り得る立場にいるか、もしくはこれから公表されるかもしれない重要な事実を知っている人物ということになるのです。

また東証Rコンプライアンス研修センター(COMLEC)が公表している内部者取引(=インサイダー)防止規程事例集では、事例113、115等で役員退任後1年内の自社株式の取引を報告させる等の規程を整備している企業の事例を示しています。

1円ストックオプションで取得した株式をすぐに現金化できない規程が整備されている企業が多いのは上記の理由によるものなのです。

しかし、この規程が1円ストックオプションを付与された取締役と株主との利益相反となる要因でもあるのです。

 

なぜストックオプションではなく現物株型役員報酬なのか

新型株式報酬の導入が増加していることは上述のとおりですが、なぜ今まで導入されていたストックオプションではいけないのでしょうか。

まずストックオプションの特徴について確認しましょう。

ストックオプションは通常の場合、取締役・役員に交付する金額(費用)が決まっています。

そうすると株価が高い時には交付される株式数が減少します。逆に株価が下落した場合は株式の交付数は増加します。

そして、ストックオプションは通常、退任時に権利行使をして株式を取得しますが、役員が取得した株式を売却できるのは退任後1年程度となっています(役員はインサイダー情報を知っている可能性が高いため)。

なお、税金面では権利行使時に納税が発生します。納税は権利行使時に交付された株式の時価がベースとなります。

以上がストックオプションの特徴となります。

これをストックオプションを交付された役員の立場からみるとどうなるでしょうか。金銭面でみた場合、何が最も得になるのでしょうか。

簡単に言えば、以下の条件が最も役員「個人」にとって良いのです。

  • 役員自身が現役の間は株価は低く(=多くの株式が交付される)
  • 権利行使をして株式交付を受ける際にも株価は低く(=納税額が少なくなる)
  • 株式を売却できるようになったタイミングでは株価は高い(=多額の売却益を手にすることができる)

これをみるとストックオプションの権利を持っている取締役・役員と投資家である株主とは必ずしも利害を共有している訳ではないことが分かります。

株主は常に株高を望むものです。

ストックオプションを持つ役員は、(もちろん最終的には株高が利益にはつながりますが)上述の通り一時的には株安の方が良いのです。

これがストックオプションの逆インセンティブ問題といわれているものであり、逆インセンティブ問題をある程度クリアできる現物株型制度としての信託型、譲渡制限株式の増加が拡大してきた背景なのです。

以上が、1円ストックオプションの構造的な問題であり、現物株型の役員報酬制度が拡大している要因の一つでもあるのです。

すなわち、まとめると現物株型の役員報酬制度が拡大している要因は、

①取締役・役員が株主に対して現実に保有している持株数の増加によって利害共有をアピールできること

②ストックオプションの逆インセンティブ問題をクリアできること

の大きく2点ということになるでしょう。

これが、現物株型の役員報酬の導入増であり、日経新聞の前述記事で触れられていない点なのです。