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有償ストック・オプションがなくなる未来

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2017年10月20日の日経新聞に「従業員が対価払う株式購入権 報酬か投資か 議論熱く」という記事が掲載されました。

内容としては、今まで費用計上しなくてもよかった有償ストック・オプションが費用計上しなければならなくなる可能性があるというものです。

これは有償ストック・オプションを活用して人材をひきつけてきたベンチャー企業等には大きな影響をもたらす可能性もあります。

今回は有償ストック・オプション制度の現状と今後の見通しについて考察します。

有償ストック・オプションとは

「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則 第8条26」には、「ストック・オプション」とは、自社株式オプションのうち、財務諸表提出会社が従業員等(当該財務諸表提出会社と雇用関係にある使用人及び当該財務諸表提出会社の役員をいう。以下この項において同じ。)に、報酬(労働や業務執行等の対価として当該財務諸表提出会社が従業員等に給付するものをいう。)として付与するものをいう、と定義されています。

ストック・オプションは上記に記載されているように報酬として付与されるものです。

ところが、有償ストック・オプションは位置付けが異なっています。

有償ストック・オプションは、「対象者=受け取る側が一定の対価を支払って自社株式の購入権を得る」というものです。

これは、受け取る側に選択権があり、誰もが付与されるものではないため、明確には報酬とはいえない、と考えられてきました。また、付与対象者が自分で対価を払って株式を購入する権利を取得する訳であり、行使できる条件が未達成の場合には最初に支払った対価分だけ個人は損をします。このような理由で、有償ストック・オプションは付与対象者による「投資」と多くの企業に位置付けられてきたのです。

有償ストック・オプションは正式には「有償新株予約権」と呼称されており、有償ストック・オプションは「通称」なのです。

有償ストック・オプションが導入されてきた経緯

日本におけるストック・オプションの歴史

以前は無償ストック・オプションが一般的でした。

日本におけるストック・オプション制度は、株式報酬をインセンティブとして導入を望む経済界からの要請により、1997年の商法改正がされたことに始まります。当初のストック・オプションは無償ストック・オプションでした。

2001年の商法改正では新株予約権が盛り込まれ、有償ストック・オプション(実際は有償新株予約権)の導入も可能となりました。しかし、新株予約権の公正価値を算定することが困難であったこと、無償ストック・オプションで特段問題がなかったことを背景に有償ストック・オプションは拡大されませんでした。

2006年にはストック・オプションに関する会計基準が施行されたため、無償ストック・オプションでも費用計上が義務付けられるようになりました。

しかしそれでも、有償ストック・オプションの導入はほぼありませんでした。理由は有償で発行すると対象者(役員・従業員等)の資金負担が重かったためです(公正価値で発行すると株式の市場価格の数十%となるため)。

無償ストック・オプションのデメリット

一方で、無償ストック・オプションにも不満を感じる企業が多かったのも事実です。

第一に、役員への無償ストック・オプション付与は株式総会の決議事項になることです。これにより実質的には機動的な導入・発行はできません。

第二に、前述の通り、費用計上が必須となったことです。ストック・オプションでも費用がかかるならば、インセンティブを現金で払っても良いと考える企業も存在したと思われます。

第三に、無償ストック・オプションの中でも税制非適格の場合(普及している一円ストック・オプション含む)、対象者が権利行使を行った段階で課税されることです。株式が手元に来たとしても(インサイダーの関係等があり)売却できない中で、所得として納税だけを先行させなければならないのは、対象者にとって不満があります。また、所得は基本的に給与所得(もしくは退職所得・雑所得)となり、通常の株式の譲渡と比べ高い税率が課されます。

第四に、無償で株式をもらえる制度ですから、株価上昇のインセンティブという点では弱いという点がありました。権利者にとってみれば、権利行使段階では株価が低く(=納税額が少ない)、株式を売却できる段階になって初めて株価が上昇している(=売却収入が多い)ことが最も自分のためによく、インセンティブとして適切ではない(逆インセンティブ)と指摘されてきました。

このような問題をカバーしようとしてきたのが有償ストック・オプションです。

有償ストック・オプションのメリット

有償ストック・オプションのメリットは以下の通りとなります。無償ストック・オプションのデメリットをカバーするような制度設計となっています。

  • 公開会社であれば取締役会決議で導入可能であり株主総会にかける必要のある無償ストック・オプションよりも導入のハードルが低いこと(※未公開企業は株主総会決議)
  • 企業の費用計上が不要(資本取引として扱うため、ただしあくまで会計の慣行による判断)
  • 設計によって付与対象者の当初負担を低く抑えられること
  • 付与対象者(個人)は株式売却時点で譲渡所得となること(通常の投資としての位置付けであり、無償ストック・オプションのように給与等の所得ではないため税率は一定)

このようなメリットがあるためにソフトバンクをはじめとした通信・IT企業が導入を始めたのです。

なお、有償ストック・オプションの場合、「設計によって付与対象者の当初負担が低く抑えられる」と述べましたが、これには若干の補足が必要です。

有償ストック・オプションでは、株式を手に入れることができる条件を厳しくすることによって、公正価値を下げることができます。公正価値を下げることによって付与対象者の資金負担を軽くするという設計になっているのです。

例としては、現在5億円の営業利益の会社が、3年後に営業利益が10億円になったら有償ストック・オプションを行使できるという条件を付けるのです。こうすることにより有償ストック・オプションで当初に払い込まなければならない費用をきわめて安くすることができるとともに、オプションの申込者にとっては企業業績を拡大することがインセンティブになるということです。

以上が有償ストック・オプションが拡大してきた理由です。

有償ストック・オプションに関する今後の動向

上述のように普及してきた有償ストック・オプションですが、今後の動向には不透明感がでてきました。

発端は、日本の会計基準を策定する企業会計基準委員会(以下ASBJ)が、2017年5月に公表した有償ストック・オプションの取り扱いに関する草案です。

タイトルは「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」となっています。

実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」等の公表|企業会計基準委員会:財務会計基準機構

この草案では、ASBJは、ストック・オプションは従業員等に限定して付与されるものであり、企業は従業員に頑張って働いてもらうなどの追加的なサービスを期待していると指摘し、有償ストック・オプションは報酬として人件費に計上するのが妥当としました。有償ストック・オプション(=正確には新株予約権)の権利行使が見込まれた段階で、人件費として企業は計上すべきというのです。

この草案が公表されパブリックコメントが募集されるとコメントが253件殺到し(日経新聞によると過去最高とみられるとのこと)、8割程度が反対としているようです。

特にこれから更なる成長を目指す上場直後のベンチャー企業にとっては影響が大きいでしょう。

上記日経新聞の記事では、今回の取り扱い変更が導入されると「多くの企業は権利付与時の株数と株価を掛けた総額の5割前後を費用として計上することになる」(コンサルティング会社のコメント)とされています。そしてくら寿司の事例では20億円強の費用計上が必要であり、前期の営業利益65億円に比して大きな負担と述べています。

筆者からすると、この事例自体は正確性に疑義があります

有償ストック・オプションの費用計上はすぐに全額を計上しなければならないものではありません。

最初に付与対象者からの払い込みがなされた分は、新株予約権として計上しますが、これには損益計算書上の影響はありません。

見積もり失効数という概念があるため、権利行使をする付与対象者が多くなると見込まれる場合には、その変動部分を費用計上します。

そして、業績条件等の達成がなされ権利行使がなされる可能性が高まった段階で費用計上がなされることになるのです。

そのため、今すぐに影響が出てくるものではありません。

また、上記草案の公表日より前に有償ストック・オプション(権利確定条件付有償新株予約権)を付与した取引については、注記に記載することにより、従来採用していた会計処理を継続することができる、とされています。

よって、現時点で導入している企業への会計上の影響は非常に限られるでしょう。

今回の草案による影響は、「今後、有償ストック・オプションを導入する企業、もしくは継続して有償ストック・オプションを役員・従業員に付与しようと考えている企業」にとって影響があるものです。

私見ではありますが、有償ストック・オプションについては企業側に導入するメリットが間違いなく低下します。よって、新たな有償ストック・オプションの導入および発行はかなり減少すると想定しています。場合によっては導入する企業が無くなる可能性も十分にあります。

また、株式報酬制度としては他に株式給付信託や譲渡制限付株式もありますが、どれも費用計上が必要です。

ベンチャー企業が人材をひきつけるうえで有償ストック・オプションは有効な制度でした。

ASBJの公表している議論をみるとASBJが今回の有償ストックオプションの取り扱い見直しを行う可能性は低いでしょう。しかしながら、上記の通り企業に人材をひきつける必要自体はあるのです。ASBJは慎重に本草案の取り扱いを検討する必要があるのではないでしょうか。