銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

三菱UFJ信託銀行の転勤手当新設は転勤があるすべての人にとって良い流れ

三菱UFJ信託銀行が、引っ越しを伴う転勤者に一律で50万円を一時金として支給する新制度を導入すると報道されています。この背景については、新聞報道では、「近年は辞令による転居に抵抗感を持つ若手社員が増え、人手不足で採用の「売り手市場」も強まっている。離職を防ぐためにも手当の拡充が必要と判断した。(読売新聞)」との解説がなされています。今回は、この転勤手当について少し考察したいと思います

 

三菱UFJ信託銀行が導入する転勤手当

報道では、三菱UFJ信託銀行は、転居時の住環境を整えるために支給してきた手当とは別に異動後の賞与に50万円(課税対象)を上乗せするという大盤振る舞いの制度を導入す るとのことです。更に、子育てや介護などの事情を抱える社員にも配慮し、単身赴任者の家族宅(自宅)への交通費補助も半年に24回分と従来の2倍に増やす施策も併せて導入されます。総合職は全国転勤が当然という銀行において、ここまでの手厚い手当を導入する銀行は異例中の異例でしょう。この背景には何があるのでしょうか。

 

転勤手当及び今の転勤事情

そもそも転勤に際して世の中ではどの程度の手当が出ているものでしょうか。また、転勤をする従業員に三菱UFJ信託銀行がなぜここまでするのでしょうか。一つ参考になるデータとして、アート引越センターが発表している「転勤実態アンケート2023」があります。このアンケートでは、以下の調査結果が出ています。

  • 赴任手当の支給平均額 単身世帯は約9.3万円、家族世帯は約13.1万円。
  • 転勤者を選定する際に 「本人の希望や意思を反映している」と計44.8%の担当者が回答。
  • 「転勤をきっかけに退職した社員がいた」と回答した担当者が56.8%
  • また「転勤制度の有無は自社の採用活動に影響がある」と51.5%が感じていると回答。

このアンケートはインターネットで実施され、東京、大阪、名古屋、福岡に本社または支店、営業所を持つ、従業員300人以上の企業で、社員の転勤に関わる業務に従事する総務・人事担当者322名が調査対象者となっています。従業員300人以上ですから、かなり大きな企業が調査対象になっていることが分かります。

このアート引越センターの調査では、赴任手当(転勤手当と同じ)は、単身世帯は約9.3万円、家族世帯は約13.1万円です。報道の内容を見ると、三菱UFJ信託銀行の50万円は今までも存在していた赴任手当の更なる上乗せと思われますので、非常に優遇された制度ということになります。

そして、その背景には、「近年は辞令による転居に抵抗感を持つ若手社員が増え、人手不足で採用の『売り手市場』も強まっている。離職を防ぐためにも手当の拡充が必要と判断した。(読売新聞)」 とされています。アート引越センターの調査でも、「転勤をきっかけに退職した社員がいた」と回答した担当者が56.8%、また「転勤制度の有無は自社の採用活動に影響がある」と51.5%が感じていると回答したとされています。

まさに人材の引き留めのため、そして採用自体を円滑に行うために、このような制度を三菱UFJ信託銀行は導入したものと思われます。

 

転勤廃止という流れ

NTT、富士通、JTB等の大手企業では、従業員が望まない転勤の廃止に動いています。転勤は、従業員の結婚・妊娠・出産・子育て・子供の教育というような人生設計に大きな影響を与えます。そのような意味では、昭和の時代から従業員個人にとって良い制度ではありませんでした。

しかしながら、企業にとって転勤は、人材の成長や組織の活性化、全国営業網の維持などのメリットがあるとされてきました。特に大手企業は、終身雇用を前提としていましたから、問題のある従業員を転勤させることで解決を図る、地方で経験を積ませて本社で活躍できるように育成する等、人事ローテーションには転勤が欠かせないものだったと言えます。また、企業は強気に出ることができる要素もありました。それは、団塊の世代のように大量の若者が存在し、転勤を断った従業員が存在したとしても、代わりはいくらでもいたからです。採用は買い手(企業)市場でした。(戦後の人手不足の時代は、集団就職として地方の若者を首都圏の企業が大量に採用していました。)更に、裁判所は転勤の合法性を認めた判決を出していました。転勤が嫌ならば従業員は会社を辞めざるを得ませんでした。

ところが、現在は企業にとって前提条件が変わりました。

まず、少子高齢化、団塊世代の退職等によって、企業は人手不足に転じました。そして、所得の伸びが無い中で、共働き世帯が一般化してきました。専業主婦という言葉は、既に死語と化しつつあります。その共働き世帯は、核家族化の背景もあり、夫婦で育児をすることが当たり前です。 共働き世帯での単身赴任は、家庭を破壊してしまう可能性が高いでしょう。妻も夫も働いているの ですから、片親が存在しなくなってしまえば、片親だけのワンオペでは潰れてしまいかねません。

若者が転勤を嫌うのは「甘え」のためではありません。むしろ、家庭を維持するための苦肉の策であると考えても間違いはありません。更に人手不足で転職が容易になったからこそ、若者は声を上げることができるようになったのです。

 

今後はどうなるのか

転勤廃止はある程度までは普及する可能性が高いと筆者は考えています。共働き世帯が一般化していて、人手不足が続く中では、当然と言えます。

また、若者は日本という国の先行きに不安を抱えている人も多いと思われます。そうすると、永く働き、企業に左右されないように、手に職を付けたり人脈を構築したいという思いが強くなります。転勤のビジネス上の問題は特に人脈を破壊してしまうことがあります。また手に職がつくと一般的に思われているような外資系コンサル等は、ほぼ東京にしか拠点はありません。日本における経済の中心は東京であることは間違いなく、東京に居続けるメリットは存在します。

このようなことを考えると、転勤を忌避する従業員はこれからも増加していくでしょうし、企業も対応を迫られるでしょう。もちろん、転勤が完全に廃止されることはありません(世界の企業でも当然に存在します。但し、日本のように多数の従業員が対象になっているのは珍しいですし、転勤自体も強制的ではありません)。

三菱UFJ信託銀行の今回の転勤手当制度の創設は、このような流れの中の一環であり、大手企業といえども転勤があることで従業員から忌避される可能性があることを示しているのです。

銀行で転勤を嫌というほど経験してきた筆者個人としては、転勤(特に単身赴任)は非常に人間的ではない制度だと考えています。この企業にとって都合が良過ぎる転勤という制度は、あまり他の方々には経験して欲しくないと考えてしまいます。

但し、筆者自身のキャリアとしては、新たな出会い・経験、話のネタ獲得等、悪いことばかりではなかったことも付言はしておきます。

転勤という制度の今後について、筆者は注目していきたいと思います。