銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

三菱UFJ信託の融資撤退は興味深いがリスクも

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MUFG傘下の三菱UFJ信託銀行が融資から撤退するとの報道がなされました。

法人向け貸出は2018年4月に三菱UFJ銀行に統合されましたが、今回は個人向けローン(アパートローン)についても移管するとされています。

この動き自体は全く違和感がありません。

MUFG内で役割分担を明確にするということでしょう。

しかし、筆者が若干気になっているのは預金業務は三菱UFJ信託に残るということです。

銀行業務全てを三菱UFJ銀行に移すのではなく、融資業務だけを移すのです。

この影響について今回は簡単に考察してみたいと思います。

 

報道内容 

まずは報道内容を確認しましょう。日経新聞の記事を以下で引用します。

三菱UFJ信託、融資から撤退 米国型の信託銀に転換
2018/08/02  日経新聞

 三菱UFJ信託銀行が融資業務から撤退する。まず10月にアパートローンなどの個人向け新規融資を停止。資産運用や不動産、相続など主力の信託事業に特化するため、1年後に同じグループの三菱UFJ銀行に資産も移す。銀行融資は長引く低金利で採算が取りにくくなっている。他の信託銀行でも事業を選別する動きが広がりそうだ。
 個人向け融資は10月から、グループの三菱UFJ銀の代理店として取り次ぐ。来年10月をメドに、今年3月末時点で約1600億円ある個人向け融資の残高を三菱UFJ銀に移す。融資契約をしている3400人の顧客は、三菱UFJ銀に契約を引き継ぐ。
 4月には法人融資を三菱UFJ銀に移管している。今回、個人向けを同行に移管すると、ファンド向けなどの特殊な融資を除けば全面撤退となる。
 今春に新規融資をやめた住宅ローンの残高(1.2兆円)は移さず、信託銀に残す。銀行免許も返上せず、預金も引き続き受け入れる。
 日本の信託銀行は、1943年に成立した兼営法に基づき、融資などの銀行業務と資産運用を柱とした信託業務を兼ねてきた。世界的には融資の比重が高い日本の信託銀行は特殊な業態で、金融庁も数年前から銀行業務に偏った事業モデルに疑問を投げかけていた。
 三菱UFJ信託は融資をやめ、今後成長が見込まれる年金や不動産などの分野に経営資源を向ける。米ステート・ストリートや米バンク・オブ・ニューヨーク・メロンなど米国勢は資産運用と資産管理などに特化しており、「米国型の信託銀行」を目指す。

(以下略)

この記事のポイントは以下の点だと筆者は考えています。

  • 信託銀行のアパートローンはわずか1,600億円
  • 住宅ローンは信託銀行に残し、その残高は12,000億円
  • 銀行免許は返上せず、預金も受け入れる
  • 金融庁は銀行業務に偏った信託銀行のビジネスモデルに疑問を投げかけていた

以上のポイントを前提に以下さらに詳しくみていきましょう。

 

融資撤退の背景

三菱UFJ信託の融資撤退の背景は、融資業務の収益性が低下したからであると上記の新聞記事は解説しています。

しかし、本当にそれだけの理由でしょうか。

筆者は、若干異なる考えを持っています。

それは「信託銀行の利益相反問題」です。

 

信託銀行は広範な業務を行っています。

そのビジネスモデルは、企業取引の場合、銀行業務、特に貸出業務を中心として顧客とのリレーションを築きながら、様々な信託等のサービスをクロスセルするというものでしょう。

確かに、貸出を行ってくれる銀行が不動産情報も紹介してくれて、財務内容を良く分かっているから年金制度についてもしっかりと良い提案をしてくれる、とすれば顧客から見た場合には非常に便利で使い勝手が良いと感じるでしょう。

しかし、ちょっと考えてみれば、このビジネスモデルには根本的に問題があります。

それは利益相反問題です。優越的地位の濫用といっても良いかもしれません。

信託銀行のビジネスモデルは見方を変えると顧客にとっては非常に不利なものになるのです。
まず、債権者としての地位を活かして、信託銀行が取り扱う収益不動産を買ってくれと要請してくるかもしれません。断ると融資を引き揚げると言われるかもしれないと顧客側は心配になるかもしれません。

同様に債権者としての地位を活かして、運用実績があまり良くないファンドを年金資産として買って欲しいと要請してくるかもしれません。

このような営業は(実際に実施しているか否かは別として)、一般のサービス企業(不動産仲介業者や資産運用会社)にはできません。

不動産の仲介や年金の受託業務は、顧客のために最善を尽くす必要があります。

ところが、債権者としての地位があると顧客はサービス提供業者として使いづらくなってしまうのではないでしょうか。断ったら、融資を打ち切られるかもしれないのです。

そして、信託銀行も当然に営利企業です。自分達の収益を上げることを目標として活動するの可能性も当然にあるのです。

要するに、信託銀行は債権者としての地位、ローンパーワーを使って違う商品(受託者として他社の利益を図るはずの商品)を売り込むビジネスモデルなのです。
すなわち、信託銀行は「利益相反のかたまり」なのです。

所轄官庁である金融庁は、信託銀行についてどのように考えているのでしょうか。

この問いには、金融庁が2016年11月に発表した事務局説明資料が役に立ちます。

この資料で金融庁は利益相反のおそれのある典型的な取引例を挙げています。

販売会社が商品提供会社から手数料を受け取るケース

販売会社が、顧客の利益に関わらず、商品提供会社から支払われる手数料の高い商品を推奨する場合

→これはどの銀行にとっても問題となるケースでしょう。単純に収益欲しさにお客様にはフィットしない商品を売り付ける事例です。

投資信託の販売・運用が同一グループで行われているケース

販売会社が、顧客の利益に関わらず、グループの利益を優先して同一グループ内の運用会社の商品を推奨する場合

→グループに資産運用会社(例 三井住友トラスト・アセットマネジメント)を信託銀行は抱えており普通銀行よりも問題となるかもしれません。

法人営業を行う親会社等と運用会社が同一グループに存在するケース

運用会社が、投資先の企業の議決権行使にあたって、顧客の利益に関わらず、親会社等の意向優先して行動する場合

→要は、ある企業とお付き合いがあるんだから、資金を預かっている(付き合いの薄い)お客様のために行動するのではなく、目の前の親密な企業を大事にしよう(議決権行使で手加減しよう)ということです。これも信託銀行が懸念されるケースにあてはまります。

同一主体内に法人事業部門と運用部門を有しているケース

運用部門が、投資先の選定や議決権の行使に当たって、年金基金の利益に関わらず、融資や証券代行、法人営業などを行う法人事業部門の意向を優先して行動する場合

→上記同様、お付き合いがあるから資金の出し手(委託者)よりも自行の利益(自行の他業務で親密なお客様)を優先することが考えられるということです。これも、信託銀行がしっかりと当てはまります。

 

すなわち、金融庁は信託銀行のビジネスモデルにも相当に懸念を持っているということです。

これが、三菱UFJ信託が融資業務からの撤退を決めた要因の一つになっているのではないかと筆者は考えます。

 

融資撤退に伴うリスク

筆者は三菱UFJ信託の融資撤退はMUFGに属している以上必然であり、興味深い取り組みだと考えています。

収益モデルを金利収入から手数料に変えていこうとしており、他行に比べて一歩進んだビジネスモデルを目指していこうとしているからです(もちろん、成功するかは分かりませんが)。

しかし、ここで気になることがあります。

それは預金業務を残すということです。

この経営判断だけは若干懸念を持ちます。

預金を残すということは、預かった資金(=預金)を何らかの形で「運用」しなければなりません。

この運用が上手くいかないから、銀行ビジネスは厳しいと言われているのです。

融資は低金利で収益が上がりません。しかし、低金利環境では債券投資もやはり収益が上がらないのです。これは地銀の業績が苦しいことからも分かるでしょう。

ここで三菱UFJ信託銀行の決算を簡単に確認してみましょう。

<三菱UFJ信託銀行 2018年3月期連結決算>

  • 信託報酬 1,094億円 
  • 資金利益 1,347億円
  • 役務取引等利益 2,044億円
  • 特定取引利益 200億円
  • その他業務利益 ▲73億円
  • 業務純益 1,751億円(一般企業の営業利益に相当)
  • 貸出金残高 14.5兆円(当該数値は単体)
  • 有価証券 12.9兆円(当該数値は単体)
  • 預金残高 15.3兆円(当該数値は単体、譲渡性預金除く)
  • うち法人預金 6.0兆円

この決算数値でみれば分かるように、連結ベースでは同行の収益のほとんどを信託報酬+役務取引等利益=手数料収益が占めています。

そのため、融資業務が無くなっても大きな影響はないとも考えられます。

そこで簡単にポイントをみてみましょう。 

  • 2018年3月期(単体)は、貸出金利回は0.44%であるのに対して有価証券利回は▲0.28%(=損失)となっています。
  • 預金残高15.3兆円に対して貸出残高+有価証券は27.4兆円となっており、差額は自己資本および外部からの調達となります。
  • すなわち、同行は預金残高に加えて外部からの調達を行い、貸出金運用のみならず有価証券運用を行ってきたといえます。
  • 融資業務を撤退したことにより法人預金が完全に無くなると仮定すると残りの預金は9.3兆円となります。
  • この預金の範囲内に有価証券運用をおさめるとしても(今までのようにレバレッジを効かさない)、2018年3月期のような運用結果となった場合は、9.3兆円×▲0.28%=▲260億円の損失が発生します。
  • 融資の資金利益は無くなりますので、15.3兆円×0.44%=673億円の資金利益も無くなります(厳密には住宅ローンは残るようですので若干計算は異なりますが、大勢には影響がないでしょう)。
  • すなわち同行は▲670億円程度の融資利益減に加え、有価証券での運用リスクを抱え込むことになります。
  • 同行の連結業務純益は1,751億円ですので、2018年3月期のように有価証券の運用が不芳となり、融資利息も無くなった場合には業務純益は半減します。
  • そして、大幅に金利上昇が発生した場合には、有価証券運用が上手くいかなくなり、更に利益が減少する可能性もあるのです。

融資の利息は、金利の低下に伴い低下してきましたが、それでも「安定」していました。また、貸出金はほとんど時価評価にさらされない資産でしたが、有価証券は時価評価の影響が大きい資産でもあります。

融資を撤退し、預金が残っている場合は、有価証券運用を行うしかありません。

この有価証券運用は、融資ほどには安定していないのです(もちろん融資以上に利益を獲得することもありますが)。

預金を預かりながら、貸出をせず有価証券運用だけに頼ることになる銀行は、世の中には無いのではないでしょうか。

低金利下にあり、金利上昇リスクの存在する現況下で、同行の運用の巧拙が試されるということです。  

もちろん、三菱UFJ信託銀行が、預金を市場で運用せず、全て三菱UFJ銀行に対して貸出するのであれば問題はないと思いますが、三菱UFJ銀行も預金は集まり過ぎており、資金ニーズはないでしょう。 

また、預金業務を続けるということは(預金者保護のために)金融庁からの様々な指導、圧力を受け続けるということです。行政対応コストは相応にしか下がらないのではないでしょうか。

三菱UFJ信託銀行については、今後の有価証券運用で利益を確保できるかに筆者は注目しています。