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朝日新聞社の新聞購読料補助廃止を題材に自爆営業について考えてみる

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朝日新聞社が、社員に対する自社の新聞購読料の補助を廃止することが、明らかになったと東洋経済が報じています。

自社新聞の購読料の廃止ぐらいは「何ら問題ないだろう」と考える方もいるとは思います。

一方で、自社新聞の購読を中止したいと意向を示した社員を、経営者がどのように扱うのだろうかという疑問が湧く方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、この朝日新聞社の事例から、企業が「自社製品を従業員に買わせる」ことについて、少し考えてみたいと思います。

 

朝日新聞社の状況

東洋経済によれば、朝日新聞社は、福利厚生の一環として社員が購読する自社の新聞代金を会社が負担してきていたようです。

しかし、業績の悪化に伴い、「朝日新聞の購読部数を支える」「有料で購読している一般読者の視点に立って朝日新聞の価値を考えるきっかけとする」ことを理由に廃止するべく会社と労働組合が協議することになりました。

朝日新聞社の業績状況については今回は触れませんが、少なくとも新聞事業の赤字を、不動産事業ではカバーできなくなってきています。(以下の記事をご参照ください)

この業績の悪化に伴い、「今後は社員の給与から新聞購読料を天引きする方向で労働組合と調整している。自腹での購読継続に強制性はないが、購読を停止する社員はその旨を、会社側に伝える必要がある。」(東洋経済)という施策が行われることになりました。

 

購読料補助廃止が引き起こす論点

前述の通り「朝日新聞の購読部数を支える」ために、従業員への補助を取り止めると会社側は主張しているようです。

これを聞けば、社員にとってみれば、会社から自社新聞を購読しろと求められていると解釈するでしょう。購読を停止する際には会社側に伝える必要もあるということですし、社員自身の人事評価にも影響すると考えてもおかしくありません。朝日新聞社は業績立て直しのためにリストラを推進しているのですから、ちょっとしたことで経営・人事から目をつけられたくないとも社員は考えるでしょう。

要は、新聞購読を止めるという選択肢が社員には「実体的に」用意されていないということになるのではないかということです。

この自社製品を購入(購読)するという事象は、俗に「自爆営業」と言われることがあります。

「自爆営業」に問題はないのでしょうか。

 

自爆営業の法的問題点

従業員に自社商品の購入を強制したり、代金相当額や売り上げ未達のペナルティを給与から差し引いたりすることを、従業員の側から見て、いわゆる「自爆営業」と言います。

これは、会社が従業員に厳しい売上ノルマを課し、ノルマを達成できない場合には商品を自腹で買い取るよう事実上強制する場合が、よくあるパターンです。

郵便局(年賀はがき等)、アパレル、コンビニ、保険業界で特に横行していると言われてきました。

まず、自爆営業の強制は、間違いなく違法です。

労働基準法二十四条一項によれば、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」とされています。いわゆる賃金全額払いの原則、そして現物給与の禁止です。

そして労働基準法十六条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」としています。

自腹での商品買い取りの強制やペナルティは、事実上は「給料の減額と効果は同じ」です。もちろん、強制的な「給与天引」も賃金「全額」払いに違反していると考えられるでしょう。そして、自社の新聞のような自社商品等の現物を給与として支給することも禁止されています。

今回の朝日新聞社の自社新聞購読料の補助廃止は、前述の通り「従業員による購読部数の下支え」を会社側が掲げているところが非常に微妙なところでしょう。購読部数の下支えということは、従業員に明確に「購読しろ」と要求しているに等しいからです。

もちろん顧問弁護士や法務部署と協議して対応しているでしょうから、基本的には問題ない制度運営としているものと思われます。

しかし、給与天引としなくても良いはずです。給与天引だと、会社側に購読の有無を知られたくない従業員に購読するようにプレッシャーをかける効果はあります。そこに上司からのアプローチが加わった場合には、実質的に労基法に違反している事例も出てくるかもしれません。

 

所見

朝日新聞社の自社新聞購読料にかかる補助廃止のような事例は、今までも多種多様な業界で見られてきたものです。

この廃止自体に問題はありません。

そして、自社の新聞売上によって給料をもらっている以上、自社の新聞という商品に興味を持って欲しい、購入して欲しいと経営者が考えるのも自然です。

しかし、この自社商品を購入することに対しての過度なプレッシャーが出てくるようになると、道義的ではなく法的に問題となります。

日本企業は組織として「同調圧力が強い」傾向にあります。空気・雰囲気として、自社新聞のような自社商品の購入を強制されるようになれば、それはさすがに問題があるでしょう。

朝日新聞社の自社新聞購読料に対する補助廃止は、他の日本企業もこれから直面する事態かもしれません。自爆営業は、基本的に経営者や上司の責任です。過度な目標を掲げている等が理由であることが多いからです。そして、転職が容易ではなく、同調圧力が強い日本企業では起こり得る問題です。コロナ禍において業績が厳しくなった企業において今後発生する可能性もあるのではないでしょうか。

朝日新聞社の自社新聞購読料補助廃止は、自爆営業というような問題をはらみ、そして日本企業の風土について考えさせられる事例なのです。