銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

黒田総裁退任会見にみる日銀金融政策の総括

黒田日本銀行(日銀)総裁が退任しました。10年間と歴代最長の就任期間を誇った黒田総裁の退任は一つの時代が終わったとも感じられます。

この黒田日銀総裁の退任記者会見の内容は報道もされていますが、実際のやり取りをみると日銀の大規模金融緩和に対する日銀の総括が分かりやすく示されており、非常に理解しやすいのではないかと思います。

今回は、黒田日銀総裁の退任記者会見の内容を抜粋し、皆さんと日銀の金融政策について確認していきたいと思います。

 

金融緩和の成果と課題

日銀が2023年4月10日に同年同月7日に行われた黒田総裁退任記者会見内容を文面にして公表しています。以下はその抜粋です。新聞等での報道では新聞社のスタンスや記者・解説者の考え等が反映された内容となることが多いため、実際のやり取りを確認してみることは有用化と思います。

 

(記者)

大規模な金融緩和を続けてきたことによる成果について、また、残った課題について、ご自身でどのように評価しているか教えて頂けますでしょうか。

(黒田総裁)

10 年前のわが国経済を振り返りますと、1998 年から2012 年までの約 15 年の長きにわたるデフレに直面しておりました。こうした状況を踏まえ、日本銀行は 2013 年に量的・質的金融緩和を導入しました。大規模な金融緩和は、政府の様々な施策とも相まって、経済・物価の押し上げ効果をしっかりと発揮しており、わが国は物価が持続的に下落するという意味でのデフレではなくなっております。また、経済の改善は、労働需給のタイト化をもたらし、女性や高齢者を中心に 400 万人を超える雇用の増加がみられたほか、若年層の雇用環境も改善しました。また、ベアが復活し、雇用者報酬も増加しました。この間、経済は様々なショックに直面し、特に 2020 年春以降は、感染症の影響への対応が大きな課題となりましたが、日本銀行は機動的な政策運営により企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めてまいりました。政策には常に効果と副作用があり、量的・質的金融緩和も例外ではありません。この点、日本銀行は 2016 年の総括的検証や 2021年の点検などを踏まえて、様々な工夫を凝らし、その時々の経済・物価・金融情勢に応じて、副作用に対処しつつ、効果的かつ持続的な金融緩和を継続してきたと考えております。長きにわたるデフレの経験から、賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行、いわゆるノルムが根強く残っていたことが影響し、2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現までは至らなかった点は残念であります。た
だ、ここにきて、女性や高齢者の労働参加率は相応に高くなり、追加的な労働供給が徐々に難しくなる中で、労働需給の面では、賃金が上がりやすい状況になりつつあります。また、賃金や物価が上がらないというノルムに関しても、物価上昇を賃金に反映させる動きが広がりをみせております。今年の春の労使交渉について、現時点の企業の回答状況をみますと、ベアが 2%を上回るなど、30 年ぶりの高水準となっております。物価安定の目標の持続的・安定的な実現に向けて着実に歩みを進めたということは言えると思います。このように、大規模な金融緩和は様々な効果を上げてきており、これまでの政策運営は適切なものであるというふうに考えております。

 

10年間の金融緩和の教訓

(記者)

先ほど総裁、金融政策は適切であったというお話でしたけれども、異例の金融政策を相次いで打ち出した日銀の 10年の歴史というのは、世界の金融政策の歴史の中でも異例の 10 年であったと思います。日銀の金融政策については、今後、更なる研究がされていくと思いますが、そうした観点から、現時点でご紹介頂ける 10 年の金融緩和の教訓がありましたらお聞かせください。 

(黒田総裁)

これは一般的に、日本銀行だけでなく実は欧米の中央銀行も、リーマンショック以降、いわゆる量的緩和、それからその場合も短期国債ではなく長期国債、更には市場の担保付証券とか様々な資産を購入するということを通じて、これまでのいわゆる政策金利とそれから短期証券のオペというかたちの、伝統的な金融政策ということでない政策を、欧米の中央銀行もいわば10年以上やってきましたし、日本銀行も10年以上やってきたわけでありまして、そういう意味で、いわゆる非伝統的金融政策というものについて、理論的・実証的な評価を行うということは、これから行われることだと思います。ただ二つ申し上げられるのは、一つは、要するに経済が停滞しあるいは日本の場合は 15 年続きのデフレというもとで、いわばゼロ金利制約、政策金利をどんどん大きく下げていくということはできないと。マイナス金利を入れましたけどもマイナス 0.1%ですし、欧州の場合もマイナス 0.5[%]から 0.75[%]ぐらいまではしましたけども、到底それでは足らなくて量的緩和もしたわけでして、つまりこの非伝統的金融政策というものは、伝統的金融政策ではもう対応できなくなった、そういった不況というか、あるいは日本の場合はデフレ、そういうものに対して行ったと。その面では効果を発揮して、日本の場合はデフレでない状況になったし、欧米の場合も長く続いた、いわゆるグローバル・フィナンシャル・クライシスというものを克服したという面では、十分、非伝統的金融政策の効果はあったと。これは、ほとんどの世界中の経済学者が認めているところであり、そういう政策をやってきた欧米の中央銀行の総裁たちも認めていると。ただ、先ほど申し上げたように、伝統的な政策ができなくなった状況であったことであり、伝統的な政策についてのいろいろな分析というのはもういわば 100 年以上あるわけですけども、この非伝統的な金融政策というのは欧米の場合でも十数年、日本の場合は 2001 年に量的緩和を入れて以来 20 年ぐらいということですので、今後、十分理論的な分析は行われるであろうと思っております。 

 

物価目標実現の時期

(記者)

先ほど物価目標に関しまして、今回の春闘を受けて、実現に向けて着実に歩みを進めているとおっしゃいましたけれども、その春闘の結果で、その物価目標実現の時期、これが早まりそうな実感とかそういう期待とかこういうのを持てましたでしょうか。

(黒田総裁)

足元の春闘はずっと展開していますけど、全体の最終結果は夏までかからないと分かりませんが、これまでのところはきわめて順調であり、賃上げを合意した率も3%台、定期昇給分を除いたいわゆるベアでも 2%をかなり超えているということで、先ほど申し上げたように 30 年ぶりの賃金の上昇と。それからもちろん今年限りではなく、やはり来年も引き続き順調な賃上げ交渉が進むということが、やはり 2%の物価安定目標を持続的・安定的に達成するためには重要だと思っております。そういう意味で、そういった状況が近づいたというふうには評価しております。それは先ほど申し上げたように二つあって、一つはこれ以上の労働供給の余地が少なくなって、労働需給が非常にタイトになっていると。そのもとで景気回復が続いているわけですので、当然この賃金の上昇が起こりやすい状況になっていること。それからやはりいわゆるノルムが完全になくなったとまでは言いませんけども、明らかに変容しつつあると。この二つのことがありますので、今年の賃上げ、そして来年の賃上げということを通じて、賃金の上昇に支えられた 2%の安定的・持続的な物価上昇は考えられると思っております。ただ具体的なその時期等についてやはり欧米の金融[政策]当局も常にデータ・ディペンデントと言っていますけど、やっぱりよくデータをみていく必要があるだろうと思っております。

 

物価2%目標が達成できなかった理由

(記者)

この 10 年間の金融緩和で、お話ありましたように、雇用が伸びて株高にもつながっています。ただ一方では、物価 2%目標については、任期中の達成というのは道半ばになってしまい、潜在成長率も伸び悩んでいるといった状況があります。一点目は、なぜ物価安定目標が達成できず、更に成長が伸び悩んだのか、実際何が一番大きい要因だったとお考えでしょうか。

(黒田総裁)

先ほど来申し上げているように、15 年続きのデフレの中で、いわゆる物価・賃金が上がらないという慣行、考え方、ノルムというものが根強くあったということが非常に大きかったというふうに考えておりますが、今やそれも変容しつつあるということで、2%の物価安定目標を安定的・持続的に達成できる時期が近づいているというふうに思っております。潜在成長率については、ご承知のように、長期の潜在成長率というものは、基本的には人口の増加率と技術進歩率というもので普通は説明されるわけですね。人口の増加率はずっとマイナスで、これは続いていまして、潜在成長率が一時上がったものの、その後若干下がって 15年のデフレ期とそれほど変わってないってことは事実なんですけども、これは現在のような、この過去 10 年のような金融緩和を続けなければ、総括的検証その他でも示されているように、デフレが続いて、実際の成長率も更に低下し、そのもとで投資も十分行われず、当然技術進歩ももっと低かったということで、現在のような潜在成長率よりもっと下がっていたと思われますので、現在の金融政策が潜在成長率を上げられなかったということはなくて、むしろもっと下がるものが、より下がらなくて済んだということであると。ただ、いずれにせよ、長期的な潜在成長率というのは、短期的な金融政策による需要の支えというものとはちょっと違った次元で、さっき申し上げたような、長期的に設備投資とか技術投資がどのくらい行われるかということに関係し、それに金融政策も影響ありますけれども、直接的な影響というものはむしろそのときそのときの成長率には影響しますけど、中長期的な潜在成長率というのは、もうちょっと次元の違う話だと思っています。ただ、それにも影響があったことは事実で、むしろプラスの影響があったというふうにみております。 

 

2023年度の物価上昇率が低下する予測について

(記者)

物価の件で一点お伺いしたいんですけども、以前から 23 年度の半ばにかけて 2%を下回るという見方をずっとされていると思うんですけど、足元言われました、物価が上がって、それが賃金に影響して、今度、賃金が物価に影響するセカンドラウンド・エフェクトも期待できるかと思うんですけど、また、サービス価格も最近結構上がっているようなんですけど、想定したように物価が下がっていかないリスクを現状ではどのようにご覧になっているかお伺いしたいんです。 

(黒田総裁)

この点は、足元の様々なデータをみましても、考え方は変わっておりません。一時4.2%に達した物価上昇率も今、3.1[%]か何かになっていますし、更に下がっていくと思います。これは、そもそも 3~4%の物価上昇率になったのは、大半の原因が、輸入物価の上昇が価格転嫁で消費者物価の上昇になってきたわけですが、輸入物価の上昇率は、もうどんどん落ちていまして、その面からいって消費者物価の上昇率を引き下げる方向に向かうと。更に、政府が導入した大規模なエネルギー補助金というものが、消費者物価の引き下げに効いてくるということで、今年度、2023 年度の半ば頃までには 2%を割るという見込み、これは今も変わっておりません。その後、後半で若干リバウンドするのではないかとみているのは、この賃金の上昇率が、ベアだけでも 2%台、そして定昇も入れると 3%台という 30 年ぶりの上昇になっていますので、これは当然、賃金が上がったもののコスト転嫁というかたちで物価にも影響してまいりますので、今年度の後半からまたリバウンドしていくと。そしてその後については、先ほど申し上げたように 2024 年度の賃金上昇というものが、今のところは比較的順調に上昇するというふうにみていますけど、それはまだ来年の話ですので、来年の状況をみてみないとわからないと思いますけれども。そういう意味では、いったん 2%を割るということは、ほぼ確実だと思いますけれども、それが、恒常的に 2%を割るような状況にまた戻ってしまうというものではないというふうに考えております。

 

最後に

この記者会見のやり取りについて、今回、筆者は特にコメントを致しません。この記者会見は金融政策に関心がある方が、内容を見て、自身の考え方をまとめるべきだと考えているからです。

一つ言えることは、マスコミは黒田総裁の10年間を否定的に述べたがる傾向にありますが、雇用を増加させ、デフレを終わらせたことは、「物価の安定」を図ること、「金融システムの安定」に貢献することを目的とする日銀の役割を十分に果たしたとも言えるでしょう。

黒田総裁時代の日銀の政策について、将来の研究者がどのような評価を下すのか、早く見てみたいものです。