銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

女性が育児で正規雇用を手放した場合の経済的な損失は1.5億円?

新卒採用の慣行が続く日本において、今年も新入社員が入社した姿が報道されています。新入社員が参加する入社式やまだまだ似合わないスーツを着用した新入社員の姿は、この時期の風物詩と言って良いでしょう。但し、この新入社員というのは通常は正規雇用の社員を指します。

正規・非正規という雇用形態の違いは、主に女性において大きな影響を及ぼしています。 女性は働き方が多様であるためです。日本において、女性が正規雇用の社員とならないことは、その本人にとってどの程度の影響があるのか、新入社員が入社したばかりのこのタイミングで確認していきたいと思います。

 

女性の働き方

日本においては、女性の就業率(女性労働率)はM字カーブと言われていました。M字カープとは、年齢階層別に見た女性労働率のグラフで特徴的な曲線のことです。結婚や出産を機にいったん離職し、育児が一段落したら再び働きだす女性が多いという日本の特徴を反映したM字型のグラフのことです。M字型になってしまう理由は、日本の女性が結婚や出産・育児期には離職をし、家事・育児に専念するというライフスタイルであったからです。ところが、女性活躍が成長戦略として推進されるようになってから、女性の仕事と家庭の両立が出来る環境整備は進み、30代を中心とした出産・育児期の女性の就業率が上昇し、M字カーブは解消されてきました。

(出所 ニッセイ基礎研究所「求められる将来世代の経済基盤の安定化-非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差」)

ところが、現在はL字カーブが問題視されるようになってきました。L字カーブとは、政府の有識者懇談会で問題提起されており、女性の正規雇用比率を年齢階層別に線グラフで示したとき、20代後半をピークに、その後は右肩下がりで低下していくグラフのことです。線グラフが「L」を寝かせたように見えることから、このように呼ばれています。すなわち、女性の就業率は改善されてきたものの、出産・育児を機に正規雇用から非正規雇用に女性の雇用形態が変わっていっていることが分かります。

(出所 男女共同参画局「女性の年齢階級別正規雇用比率 (L字カーブ)(令和3 (2021) 年)」)

 

女性における生涯賃金の格差

このL字カーブについて問題提起を行っているのが前述のグラフで引用したニッセイ基礎研究所のレポートです。

同レポートでは、「正規雇用と非正規雇用では賃金水準に差があるため、正規雇用の仕事を継続した女性と、出産や子育てなどを機に一旦離職し、パートタイムなどの非正規雇用の仕事で復職した女性とでは生涯賃金に大きな差が生じる」としています。 同レポートでは、以下のように記載されています。

大学卒の女性の生涯賃金を推計すると、大学卒業後に直ちに就職し(標準労働者で主に正規雇用者)、30代で2人の子どもを出産し、それぞれ産前産後休業と育児休業を合計1年間取得後(2人分で合計2年間)、時間短縮勤務制度を利用して復職し、60歳まで就業を継続した場合は2.1億~2.2億円となる。一方、第1子出産時に退職し、第2子就学時にパートタイムで復帰した場合は約6,500万円となり、2人の子どもを出産後も就業継続した場合と比べて1.5億円程度の差が生じる。また、大学卒業後に非正規雇用の仕事に就いた場合は、出産などで休職することなく働き続けても生涯賃金は1.2億円であり、正規雇用で2人の子どもを出産後も就業継続した場合の半分程度にとどまる。

(出所 ニッセイ基礎研究所「求められる将来世代の経済基盤の安定化-非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差」)

まさに、正規雇用と非正規雇用の処遇格差は個人や家庭のライフスタイルに大きな影響を与えることになります。

住居、自家用車、子供の教育費、健康的な日々の食事、外食、旅行、留学等、家族の生活には大きな差が生まれてくるでしょうし、子どもの経験にも大きな差が付くでしょう。良い教育と経験を積んだ子どもは、正規社員として雇用される可能性は高くなるでしょう。親の収入水準が子ども世代に影響し、格差が再生産・固定されていると言われるのはこのことです。いわゆる「親ガチャ」問題、すなわち親の年収や資産によって人生が変わってしまうとされている問題です。

女性には厳しい時代が続いていますが、それでも「夫婦共働き」が当たり前で可能な時代を作る、もしくは「女性が正規雇用を手放さない」 時代を作ることが、 格差の再生産・固定を回避していく大きな要因になるのでしょう。今回ご紹介したグラフ・レポートは、この問題を如実に示しています。