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なぜ欧米でインフレが起きているのか、日銀の解説が分かりやすい

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インフレという言葉がここまで様々な媒体に掲載されることを3年前に想定していた人は極めて少ないでしょう。コロナ感染症拡大が始まった際にも、インフレを意識していた人は少なかったはずです。

ところが、今や先進国のインフレ率は、数十年ぶりの高い上昇率を記録しています。

あまり実感がわかないかもしれませんが、日本の国内企業物価も、第2次オイルショック時以来の約 40 年ぶりの上昇率を示しています。但し、日本は消費者物価が他国対比で上昇しません。

しかし、他国で起きていることが日本で起きないと考えるのは少し無理があるかもしれません。

今回は、日本銀行の発表文書から、物価動向について皆さんと見ていきたいと思います。

 

米欧のインフレ要因

今回の記事は、日本銀行の雨宮副総裁が行った『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』(公表文書)を用いて、物価動向について日銀の考え方を中心にご紹介していきます。

雨宮副総裁は、米欧のインフレ要因について、コロナ禍で顕在化した次の4つの要因が作用していると説明しています。

第1は、総需要の拡大です。2020年春の感染症の流行直後には、各国の経済活動は大きく落ち込みました。もっとも、その後、経済活動の再開が進むもとで、景気刺激的な財政金融政策の後押しもあって、総需要は急激かつ大幅に増加し、米国のGDPは、昨年春には感染症拡大前の水準をはっきりと上回りました。欧州のGDPも、昨年後半には感染症拡大前の水準を回復しています。とくに、個人消費は、行動制限によって消費の機会そのものが人為的に制限されたこともあって、感染の落ち着きとともに、ペントアップ需要が一気に顕在化しました。このことは、労働需要の増加を通じて、人手不足と賃金の上昇圧力につながっています。

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(出所 日本銀行 雨宮副総裁『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』)

このように米欧は需要が拡大していることがインフレの要因となっているということになります。一方の日本はコロナ前のGDPを回復出来ていません。

次のインフレ要因が供給力です。

第2は、労働面を中心とした供給力の低下です。コロナショック直後の米国では、失業率の急激な上昇と、労働参加率の低下により、労働投入量は大きく落ち込みました。その後の経済活動の再開に伴い、失業率は比較的順調に低下傾向をたどってきましたが、労働参加率の回復は遅れており、労働投入量は、GDPとは対照的に感染症拡大前の水準を取り戻せていません。これは、感染症への警戒感が強い高齢者等が、労働市場になかなか戻ろうとしないためであり、米国では「Great Retirement」ないし「Great Resignation」などと呼ばれています。こうした労働参加率の低下は、欧州や日本ではさほど明確ではありません。

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(出所 日本銀行 雨宮副総裁『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』)

この労働力という供給面での制約は、主に米国におけるインフレ要因です。

米国はコロナ感染症拡大期に一気に雇用を切りました。そのクビになった人々がまだ労働市場に戻ってきていないということでしょう。

一方で、日欧は雇用を、政府支援と一人当たりの労働時間を減らすことで等で守りました。

次のインフレ要因が需要の部門間シフトです。

第3に、需要の部門間シフトです。米国が典型ですが、感染拡大を契機に、サービスから財への大規模な需要のシフトが生じており、対面型サービスの供給超過と、車やデジタル関連財の需要超過が顕著となっています。この結果、個々の品目レベルでみた需給のミスマッチは深刻化しており、半導体の不足や物流の逼迫も生じています。理論的には、個々の需給のミスマッチは、相対価格の変化を引き起こすだけですが、現実には、価格の下方硬直性が存在するため、一般物価には上昇圧力がかかることになります。一方、日本では、こうした需要シフトの動きは限定的です。

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(出所 日本銀行 雨宮副総裁『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』)

まさにインフレ要因の一つが、需要の部門間シフトです。

コロナ感染拡大を契機に、サービスから財への大規模な需要のシフトが生じており、米国では対面型サービスの供給超過と、車やデジタル関連財の需要超過が顕著となっています。

これを違う言葉で表現すれば、コロナ前までは、物質を所有することに欲求を感じるのではなく、何かを体験する「コト」に、価値を見出す消費傾向である「コト消費」が優勢だったものが、コロナ禍において、旧来型の「物資を所有」する方向、すなわち「モノ消費」に消費がシフトしたということです。

それまで供給が絞られてきたモノ消費が需要超過となり、価格が上昇しているのです。

そしてインフレ要因の4つ目がエネルギー価格の高騰です。

最後は、エネルギー価格の高騰です。昨年来のエネルギー価格の上昇の内かなりの部分は、グローバルな経済活動再開に伴う資源需要の拡大によって内生的に生じているため、この間のインフレの「原因」というより「結果」という側面が強いのは事実です。もっとも、今次局面では、脱炭素化を見据えた化石燃料関連投資の手控えや、ウクライナ情勢を始めとする地政学的リスクの高まりといった外生的な供給要因も、エネルギー価格の上昇を増幅しています。

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(出所 日本銀行 雨宮副総裁『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』)

エネルギー価格の上昇については様々な要因が語られていますが、温暖化防止・脱炭素化の流れの中で化石燃料開発への投資が絞られてきた中で、コロナ禍からの経済活動再開による需要急拡大が起き、エネルギー価格の上昇が起きていると考えられます。そして、ウクライナへのロシアによる軍事侵攻で更なる価格上昇が懸念されています。

 

今後の動向

以上見てきたように、米欧のインフレ率の上昇には、様々な要因が複合的に影響しています。但し、これが「一過性」の現象なのか、あるいは「持続的」な現象なのかを巡っては、昨年来、著名な経済学者や中央銀行エコノミストの間で、激しい論争が巻き起こっています。

この論争に対して、雨宮副総裁は「これまでの実績を踏まえると、インフレの持続性は増してきているように窺われます。実際、米欧中央銀による物価見通しの修正状況をみると、感染症流行直後の 2020年こそ下方修正されましたが、2021年は時を追うごとに上方修正され、最終的には目標の2%をはっきりと上回って着地しました。2022年入り後も、上方修正が続いており、これまでのところ反転の兆しは窺われません。」と述べており、インフレは続くと見ていることが分かります。

以下が日米欧中央銀行の物価見通しです。

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(出所 日本銀行 雨宮副総裁『コロナショックと物価変動「コロナ禍における物価動向を巡る諸問題」に関するワークショップにおける開会挨拶』)

それでも、あえて疑問を持ちましょう。「インフレは今後も続くのでしょうか。」

コロナ感染症拡大前から指摘されてきた低インフレの要因は「グローバル化やデジタル化の進展を背景とした企業の価格支配力の低下」でした。

日銀も、「グローバル化やデジタル化の進展を背景とした企業の価格支配力の低下」については、基本的な変化はないとの見方にも一定の説得力がある、としています。

したがって、コロナ感染症の影響が和らぎ、供給制約や需要シフトの動きも収まっていけば、元の低インフレ体質に戻る可能性も十分にあるということも忘れてはいけないのでしょう。

以上が、欧米でインフレが起きている要因でした。