銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

物価の状況と日本銀行の動向

総務省が発表した2022年5月の消費者物価指数(CPI)は、総合指数が前年同月比+2.5%となりました。そして、生鮮食品を除いた消費者物価指数は前年同月比+2.1%となり9ヵ月連続で上昇し、日本銀行が目指している+2%の水準を2ヵ月連続で上回りました。

様々な媒体で物価については取り上げられていますが、消費者物価指数の詳細な内容を見る機会は少ないのではないでしょうか。今回は、2022年5月の消費者物価指数の中身について、少し見ていきたいと思います。

 

消費者物価指数の概要

では、まずは2022年5月の消費者物価指数の概要について確認しましょう。

消費者物価指数は、(1)総合指数、(2)生鮮食品を除く総合指数、(3)生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数が発表されています。これは、生鮮食品やエネルギーの価格変動が大きいからです。

消費者物価指数は結局以下の通りでした。

(1) 総合指数は2020年を100として101.8
前年同月比は2.5%の上昇。前月比(季節調整値)は0.2%の上昇。

(2) 生鮮食品を除く総合指数は101.6
前年同月比は2.1%の上昇。前月比(季節調整値)は0.1%の上昇。

(3) 生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は100.1
前年同月比は0.8%の上昇。前月比(季節調整値)は0.1%の上昇。

すなわち前年同期比では、2.5%の物価(総合の場合)が上昇していることになります。これは、近年では非常に珍しいことです。消費者物価指数の1年前からの推移は以下の図表の通りです。

<総合,生鮮食品を除く総合,生鮮食品及びエネルギーを除く総合の指数及び前年同月比>

(出所 総務省「2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)5月分」)

2022年4、5月から物価上昇が加速していることが分かるでしょう。

グラフで見た方が更に分かりやすいかもしれません。以下は2020年からの消費者物価指数の動きをグラフにしたものです。2022年に入ってからの動きが総合指数、生鮮食品を除く総合指数において目立つことが分かると思います。

(出所 総務省「2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)5月分」)

一方で、このグラフでは、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数が2020年比で決して上昇していないことも示しています。

 

消費者物価指数の内訳

次に消費者物価指数の内訳を確認していきましょう。どのような費目の物価が上昇しているのかの概観を掴みたいと思います。

以下は消費者物価指数の10大費目指数です。

(出所 総務省「2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)5月分」)

少し文字が小さくて見づらいかもしれませんが、食料は+4.1%、住居は+0.5%、光熱・水道は+14.4%、家具・家事用品は+3.6%、被服及び履物+0.9%、保険医療▲0.8%、交通・通信▲0.8%、教育+0.8%、教養娯楽+1.7%、諸雑費+1.1%となっています。すなわち、物価の上昇幅が大きいのは食料、光熱・水道、家具・家事用品です。

我々の生活に直結している食料は、大きく物価が上昇しているだけではなく、日々において値段を見ることで我々に物価高の感覚を植え付けることになります。その食料では更に細かい内訳として以下のような価格動向となっています。

  • 生鮮野菜 +13.1% ・・・・・ たまねぎ +125.4%など
  • 生鮮魚介 +12.2% ・・・・・ まぐろ +16.6%など
  • 調理食品 +3.4% ・・・・・ 調理カレー +11.4%など
  • 生鮮果物 +11.0% ・・・・・ りんご +34.0%など
  • 外食 +2.2% ・・・・・ ハンバーガー(外食)+7.6%など
  • 菓子類 +3.2% ・・・・・ ポテトチップス +9.0%など
  • 油脂・調味料 +6.3% ・・・・・ 食用油 +36.2%など

これで見ると野菜・魚介の値段が高くなっていることを実感するのではないでしょうか。またカレーが1割以上上昇したり、ポテトチップが9%上昇、食用油が4割弱上昇となっており、生活に大きな影響が出そうです。

そして、最も物価が上昇しているのは光熱・水道です。その内訳をみると、以下のようになっています。

  • 電気代 +18.6%
  • ガス代 +17.0% ・・・・・ 都市ガス代 +22.3%など
  • 灯油 +25.1%

近時、電気代等の請求額が大きく上昇しているように感じている方は多いと思いますが、これは自らの家庭だけではなく、全体の物価にも当然に表れていることになります。

また、家具・家事用品では、ルームエアコン +11.0%など家庭用耐久財の上昇が大きく影響を与えています。

また、費目としては下落している交通・通信ですが、内容を見るとガソリンは+13.1%となっている一方で、通信料(携帯電話)が▲22.5%となっています。

 

円安について、所見

このような物価の上昇については、「円安悪玉」論が近時拡大してきているように筆者には思われます。

確かに、物価が上昇している食料、光熱・水道、家具・家事用品(輸入品が多いため)は為替が円安になると価格上昇するように思われます。

この点、日本銀行は2022年4月27~28日に開催された金融政策決定会合において、各委員が以下のように述べたと公表しています。

物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、携帯電話通信料の引き下げの影響がみられるものの、エネルギー価格などの上昇を反映して、0%台後半となっているとの見方で一致した。
一人の委員は、食料品を中心に、輸入物価上昇の価格転嫁の動きが拡がっているとの見方を示した。別の一人の委員は、そうした価格転嫁の拡がりは、資源価格上昇という外生的な要因をきっかけとしたものではあるが、デフレ期にはみられなかった動きであると述べた。ある委員は、食料品に加えて家電などの分野でも、高付加価値化による販売単価の引き上げを図る動きが拡がっているとの認識を示した。もっとも、多くの委員は、エネルギーなどを除いた基調的な物価上昇率は、なお低めであるとの認識を示した。このうちの一人の委員は、わが国でも、エネルギー価格上昇に伴う物価の上振れが生じているが、欧米のような内需の増加を伴った高インフレの状況ではないと述べた。別の一人の委員は、現在のわが国では、低インフレと資源価格上昇が共存しているが、負の需給ギャップが存在し、GDPや雇用も感染症拡大前の水準に戻っておらず、物価の基調は上がっていないとの認識を示した。ある委員は、価格転嫁の難しさや感染症下での消費回復の遅れなどが、国内企業物価との対比でみた消費者物価の上昇抑制に繋がっているとの見方を示した。 
予想物価上昇率について、委員は、短期を中心に上昇しているとの見方で一致した。一人の委員は、賃金への影響力が相対的に強いとみられる中長期の予想物価上昇率への波及はなお鈍いとの認識を示した。 

(出所 日本銀行「政策委員会 金融政策決定会合議事要旨(2022年4月27、28日開催分)」)

まず、日本銀行は上記のように資源価格の上昇はあるものの、内需が弱く、エネルギーなどを除いた基調的な物価上昇率は低いという認識です。

そして、以下の委員の発言は日銀の姿勢を考える上でポイントになると筆者は考えています。

別の一人の委員は、最近の資源価格上昇は、交易条件の悪化や家計の購買力低下に繋がっているが、その主因は契約通貨建ての輸入価格上昇であり、これは為替円安による価格上昇とは異なることをしっかりと説明する必要があると述べた。

(出所 日本銀行「政策委員会 金融政策決定会合議事要旨(2022年4月27、28日開催分)」

なぜ、日銀が円安を容認しているように見えるかの答えがここにあります。誤解を恐れずに言えば、日銀は円安によって物価が上昇しているとは考えていないのです。あくまで、現地通貨建ての価格自体が上昇していて、円安による上昇影響は少ないということです。これ自体は事実です。物価上昇については、円安悪玉論は「現時点では」正しくはないのです。

日本において、目指すべき姿は円安の是正よりは、賃金の引上げによる内需の拡大の方が正しいのでしょう。それが出来ていないからこそ、生鮮食品及びエネルギーを除く物価は弱いのです。

しかし、これから円安悪玉論は拡大していく可能性があります。参院選挙に向けて政治問題化もしていくでしょう。その際に、政府としては日銀というスケープゴートがあった方が良いという判断もあるかもしれません。日銀も、金融緩和を縮小させていくために円安悪玉論と総裁交代タイミングを活用したいと考えているかもしれません。

我々の生活にも直結しますので、今後の消費者物価指数や日銀の動きは見逃せないのです。