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スルガ銀行の借金棒引きでもシェアハウス所有者が完全には救われないおそれも

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スルガ銀行が、シェアハウス物件の物納(スルガ銀行へ引き渡すこと)と引き換えに所有者の借入返済を免除する方針と報道されています。

これはシェアハウスの所有者にとって借金地獄から逃れることが出来る喜ばしいニュースでしょう。

しかし、本当にシェアハウスの所有者は問題から開放されるのでしょうか。

今回はスルガ銀行の借金棒引き事案について考察しましょう。

 

報道記事

日経新聞に以下の記事が出ています。まずは当該記事を引用します。

シェアハウス借金、物件手放せば帳消しへ スルガ銀が対策
2019/11/20 日経新聞

 スルガ銀行による不正な融資で過大な借り入れをしたシェアハウスの所有者が、物件を手放せば借金の返済を免除されることで調整が進むことが20日、分かった。同行のシェアハウス融資を巡っては返済に行き詰まる所有者との係争が続く。同行は創業家との資本関係を解消したのに続き、不正融資問題を解決して不祥事に区切りを付ける。
 関係者によると、スルガ銀はシェアハウス向けの債権を第三者に売却するための入札手続きを始めたもようだ。投資ファンドなどが、転売可能な価格を見積もって応札する見通し。シェアハウスの所有者が土地と建物を物納すれば、借金の返済をなくすことを債権売却の条件としている。

 借り入れには自己責任が伴うものの、スルガ銀による書類の改ざんなどで身の丈を超える借り入れをした人は多い。スルガ銀は被害者補償の観点で物納を受け入れるようだ。ハウスの運営を続けたい所有者は対象外だ。

 スルガ銀による不正融資で借り入れをした所有者は会社員が多く、返済に行き詰まっている。

 スルガ銀の融資トラブルを巡っては、所有者に家賃保証をする転貸業者(サブリース業者)が昨年1月に突然、賃料の支払いを止めて経営破綻した。介在していた不動産販売業者は周辺相場を大幅に上回る価格で立地条件の悪い物件を販売していた。

 スルガ銀のシェアハウス向け融資の残高は2019年9月末時点で1992億円で、所有者数は1200人強にのぼる。債権売却に伴いスルガ銀には損失が出るが、すでに19年3月期に多額の貸倒引当金を計上しているため追加的な財務負担は限られる見通し。

(以下略)

このように、シェアハウスの所有者が土地と建物を物納すれば、借金の返済をなくすことが検討されています。

 

債務免除益という問題

今回の借金棒引き(借入金の返済免除)は、債権者であるスルガ銀行にとっては経済的に損失となる取引です。

一方で、シェアハウスの運営業者が破綻してしまい、所有者にとっては賃料が入って来ず、シェアハウスの賃料だけでは借金の返済が出来ない状況にありますので、借金が棒引きは「経済的に楽になる」ことになります。

すなわち、借入人(債務者)にとっては借金の返済を免れるわけですから、経済的には利益となります。

これは「債務免除益」と言われています。

債務免除益とは債務免除(借入返済義務の免除)等によって債務(借入)が消滅し、債務者が利益を受けることを言います。債務免除益は、利益ですので、所得として課税されることが原則です。

(なお、法人であるスルガ銀行から、個人の債務者が債務免除を受けることになるため、債務免除益ですが、個人の債権者から債務免除を受ける場合にはみなし贈与となるものと思われます。)

すなわち、シェアハウスの所有者は、スルガ銀行こら借金の棒引きを受けても、その利益を所得として認定され、課税される可能性があるのです。

しかし、借金返済に行き詰まっているシェアハウスの所有者から税金を取るというのは、おかしいと感じる方もいらっしゃるでしょう。債務免除を受けても一円も手元にはお金が入って来るわけではないからです。

実は、所得税には「債務免除益の特例」というものがあります。限定的に適用される特例ですが、「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である」と認められれば、課税はされません。

この「著しく困難」という解釈が非常に難しく、税務上のトラブルも起きています。

過去の判例等を勘案すると「債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合で、誰の目から見ても資力を喪失し経済的破綻状態にあることが客観的に明らかなケース」であれば債務免除益の特例は認められるでしょう。

【ご参考】

(「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合の意義)
44の2-1 法第44条の2第1項(免責許可の決定等により債務免除を受けた場合の経済的利益の総収入金額不算入)に規定する「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは、破産法(平成16年法律第75号)の規定による破産手続開始の申立て又は民事再生法(平成11年法律第225号)の規定による再生手続開始の申立てをしたならば、破産法の規定による免責許可の決定又は民事再生法の規定による再生計画認可の決定がされると認められるような場合をいうことに留意する。(平26課個2-9、課審5-14追加) 

(出所 国税庁 法令解釈通達 http://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/06/01.htm#a-04-2

このような特例に該当する場合とは、既往の債務を弁済できなくなった個人の債務者であって法的整理の要件に該当することとなった債務者について、法的整理によらず、債権者と債務者の合意に基づき、債務の全部又は一部を免除される場合があります。

具体的には、例えば、東日本大震災の被災者が「個人債務者の私的整理に関するガイドライン(平成 23 年7月:個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会)」に基づき債務免除を受けた場合等が該当します。

では、スルガ銀行から借入を行ったシェアハウス所有者が全員このような要件に該当するでしょうか。

シェアハウスの所有者には様々な属性の個人が存在するでしょう。シェアハウスからの賃料収入での借金返済は厳しくても、本業の収入から返済が可能な個人も存在するものと思われます。

このような本業の収入で返済が可能な個人にも債務免除の特例を適用し課税しないということは、筆者は「あり得ない」のではないかと考えます。

シェアハウスの問題は社会問題化(もしくは単に話題)となりましたが、不動産投資で失敗した個人は過去にも存在していたでしょう。失敗した個人の中には他に収入があり、その収入で借金の返済を行った方も存在したはずです。自己責任で投資していた、他に収入のある個人が銀行から債務免除を受けたならば、債務免除益に課税されていた可能性は高いと言えます。(実際に判例も存在します)。

今回のシェアハウスの所有者は、詐欺にあったようなものではありますが、その所有者だけが救済されることはないのではないでしょうか。

 

所見

以上の通り、シェアハウスの所有者がスルガ銀行から借金の棒引きを受けても、課税という観点で費用負担が発生する可能性は否定出来ません。

もちろん、いつまでも借入返済が残り苦しい生活が続くよりは、債務免除益として課税される方が良いこともあるでしょう。

しかし、借金が棒引きになるから完全に救われるとシェアハウス所有者が考えることは、一部の所有者にとっては時期尚早なのかもしれません。