証券会社が株式売買手数料や投資信託の販売手数料の無料化に動き出しています。
この流れは個人投資家にとっては良い流れでしょう。
しかし、当事者である証券会社にとってはどうでしょうか。
今回は証券会社の手数料無料化の流れについて、その背景と今後の動向を簡単に考察しましょう。
報道記事
全体の流れについては日経新聞の記事が詳しいものと思います。以下引用します。
マネックスも信用や投信の手数料ゼロに、カブコム・松井も発表 ゼロ化の波本格化
2019/12/02 日経新聞マネックス証券は2日、年内にも信用取引の一部で売買手数料をゼロにし、2020年1月には投資信託の販売手数料も事実上撤廃することを決めた。同日、auカブコム証券(旧カブドットコム証券)と松井証券も信用取引や投資信託の手数料をゼロにすることを発表した。手数料ゼロ化の波が本格化してきた。
マネックスは12月中に上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(REIT)の信用取引にかかる売買手数料を撤廃する。20年1月からはマネックスが取り扱う約1200本の投信の販売手数料について、投資家に全額キャッシュバックすることで事実上ゼロにする。
これまでは手数料を下げることで売買を増やし、手数料収入の拡大につなげるビジネスモデルだったが、運用で資産がどれだけ増えたかを経営目標の重要指標にし、資産形成を後押しする。将来的には、ネット上で資産配分助言サービスを強化し、投資家の運用成果と自社の収益の方向が一致するように事業モデルの切り替えを進める。
auカブコムは16日約定分から株式の信用取引の手数料を撤廃する。同日会見した斎藤正勝社長は現物株取引の手数料も早ければ2020年度中にゼロにする方針を明らかにした。
信用取引を手始めに、無料化の対象を広げる。年明けには投資信託やETFの取引手数料をゼロにし、その後「現物取引の手数料をいったん注文あたり100円などに下げ、1年から1年半で手数料無料化を目指す」(斎藤社長)方針を示した。
ネット証券最大手のSBI証券は3年後の無料化方針を掲げる。斎藤社長は「彼らより早くやらないといけない危機感でやっている」と話した。
auカブコムはKDDIがTOB(株式公開買い付け)で49%を保有する大株主になったことを受け、12月1日付で社名変更した。
引き下げの原資は信用売りする投資家に貸し出す株式の手数料を充てる。さらに「KDDIと連携しデータを活用するデジタルマーケティング事業を始めるほか、自社開発する証券システムの販売も強化する」(斎藤社長)ことで収入源を増やす。非上場化によって株主が2社になり、「株主還元以上にお客様還元を積極化する」方針だ。
投信では松井証券も同日、9日から同社が取り扱う1183本の投信の販売手数料を撤廃すると発表した。このうち795本はすでに無料だが、対象を全投信に広げる。フィデリティ証券やLINE証券も原則として全商品で手数料をゼロにした。投信の販売手数料ゼロは運用会社の間で抵抗感が強かったものの「既成事実化」(ネット証券幹部)が進む。
この記事にある通り、主にネット証券で手数料無料化が動き出しています。
なぜ手数料無料化に動くのか
個人投資家にとっては証券会社が手数料を無料とすれば、取引コストが下がるため有利となります。
しかし、手数料収入を得ることが出来なくなる証券会社への影響は大きくないのでしょうか。
例えば、2019年4〜9月(上半期)の場合、SBI証券の株式売買委託手数料収益は134億円(営業収益全体は578億円)マネックスグループの株式・ETF売買委託手数料収益は51億円(営業収益全体は260億円)となっており、無視できる水準ではありません。
それでもインターネットの普及、新たなフィンテック企業の台頭、システム構築の費用低下等で株式売買手数料無料化の流れは止まらないでしょう。誰もが出来ることでは、過当競争が発生するのです。
一方で、信用取引は手数料以外に収益源があります。そして、証券会社が相応の規模でなければ対応が出来ません。同期間におけるSBI証券の金融収益(=信用取引にかかる収益)は145億円、マネックスグループの金融収益は99億円です。
証券会社にとっては、現物株式の売買手数料が無くなるのは看過出来ないほどのインパクトがあることは間違いありませんが、それでもインターネット証券会社は信用取引で金利収入もしくは貸株収入を得ており重要な収益源となってきています。
信用取引とは、現金や株式を担保として証券会社に預けて、証券会社からお金を借りて株式を買ったり、株券を借りてそれを売ったりする取引のことです。
信用取引では買いの場合には約3%程度の金利、売りの場合には約1%強の貸株料を投資家が負担しています。銀行の貸出金利に比べれば随分と高いレートと言えるかもしれません。これがインターネット証券会社の重要な収益源となっているのです。
信用取引は簡単に言えば「取引の頻度よりは証券会社が預かっている資産規模」に比例して証券会社は収益を獲得します。上記の金利や貸株料は預かっている資産残高に対して徴収するのです。すなわち、信用取引を重視すればするほど「預かり資産残高」に経営目標を置けば収益が獲得できるようになります。誤解を恐れずに言えば、顧客を集めることが重要なのです。
売買手数料に依存した証券会社は、少数の顧客でも何度も売買をしてくれれば取引の度に手数料収入を得られていました。顧客の売買頻度が重要だったのです。
一方で、現在はインターネットの普及等により売買手数料では稼げなくなってきました。その際に重要なのは残高に応じて収益が発生する信用取引のような「ストック商売」です。顧客規模が重要になってきているのです。
証券会社各社は「顧客規模、預かり資産規模」を拡大するために、売買手数料を無くして顧客を呼び込もうとしていると言えます。
証券会社の今後
対面営業を得意とする証券会社の業績が悪化していくことは間違いありません。
既存顧客は高齢となり、顧客が死亡すると相続人はコストが高く取引が面倒な既存の証券会社よりもインターネット証券を選ぶ傾向が強くなっています。
一方でインターネット証券会社も厳しい環境にあります。
今回の手数料無料化を打ち出しているのはインターネット証券会社です。基本的には株式の売買手数料や投資信託の販売手数料はゼロになるでしょう。
証券会社が収益を得るためには、売買手数料を得るブローカーから資産管理業へ転換していくことが求められます。そのためには顧客規模を拡大するしかありません。信用取引の平均残高を増やし金利収入もしくは貸株料を獲得し、投資信託の残高に応じて信託報酬を獲得する、といった「顧客からの預かり資産に依拠した収益構造」への転換が目指すところになります。
しかし、預かり資産の残高に応じた手数料は、今までの手数料体系よりは手数料率が低いのが通常です。そのために顧客規模、顧客預かり資産残高を大きく伸ばす必要が出てくるのです。
対面式営業の証券会社は地方銀行等との連携で生き残りを目指していく可能性が高い(但し、生き残りは非常に難しい)と思いますが、コストが低く若い顧客層をも抱えるインターネット証券であったとしても同業同士の統合によって規模拡大を目指す道を選択していく可能性が高いものと思います。
規模が大きければ、ダークプールの運営や、証券取引システムの外販、取り扱い商品の拡大(外国株式の拡充等)、投資信託の商品組成(資産運用会社をグループ内で内製)等、戦略を立てることも可能となるでしょう。
しかし、少なくとも一般的な売れ筋の商品では差異化が図りづらくなり、結局は手数料勝負(信用取引等も同様)に行き着きます。規模を次々と拡大し、コストを削減すると共に、少しでも差異化を図ることが出来るような取扱商品・サービスを拡充し続けるしか、証券会社に生き残り策は無いのかもしれません。