銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

口座維持手数料は愚策〜銀行離れを加速させる可能性も〜

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銀行の口座維持手数料導入の動きが出てきています。

各国が金融緩和に動く中、日本銀行もマイナス金利の深堀を行う可能性が出てきたことに起因するものでしょう。

今回は銀行の口座維持手数料について簡単に考察してみたいと思います。

 

直近の動き

直近では、三井住友信託銀行の社長がマイナス金利が拡大されるならば、口座維持手数料導入を検討するとの発言をしています。以下、産経新聞の記事を引用します。

マイナス金利拡大なら「口座維持手数料」を検討 三井住友信託銀社長
2019/9/18 産経新聞

 三井住友信託銀行の橋本勝社長は17日までに産経新聞と単独会見し、日本銀行が追加の金融緩和策として民間銀行からお金を預かる際に年0・1%の手数料を取る「マイナス金利」の拡大に踏み切った場合、口座の維持管理にかかる費用の一部を預金者から手数料として徴収する「口座維持手数料」の導入を検討する考えを明らかにした。

 日銀は18、19日に金融政策決定会合を開き、米中貿易摩擦の激化など海外経済の不透明性が増す中での対応を議論する。欧州中央銀行(ECB)が12日にマイナス金利の拡大を決めたことで、日銀も追随するとの観測が出ており、橋本氏の発言は銀行業界の危機感の表れとも言えそうだ。
 橋本氏は口座維持手数料について、「銀行業界全体で考えていく話」だとした上で、マイナス金利が拡大されるなら、三井住友信託銀としても「検討していく」とした。
 現実になれば、個人など預金者の反発も予想される。邦銀では、バブル崩壊後など過去にも口座維持手数料を検討する動きが出たが、理解を得られないとして広がらなかった経緯がある。
 ただ、銀行業界は日銀の金融緩和による超低金利環境の長期化で利ざや(貸出金利と預金金利の差)の縮小に苦しんでいる。橋本氏は、特に利益に占める貸し出し業務の比重が大きい地方銀行は「ここからもう一段の(マイナス金利)深掘りとなると相当厳しいのではないか」と述べ、口座維持手数料を検討する動きが全国で広がるとした。

このように口座維持手数料導入の話題が出ているのは、直近では日銀の審議委員の発言による影響もあるものと思います。以下は日銀のウェブサイトに掲載されている講演録の抜粋です。

わが国の経済・物価情勢と金融政策
熊本県金融経済懇談会における挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2019年8月29日

(中略)

3.金融政策運営
低金利環境下での金融緩和の効果と副作用
貸出金利が一段と低下した場合、収益の下押し圧力に耐え切れなくなった金融機関が預金に手数料等を賦課し、預金金利を実質的にマイナス化させることも考えられます。この場合、企業によっては預金削減のため借入金の返済が進むことで、銀行貸出の減少要因となる可能性があります。また、預金金利が実質的にマイナス化されることになれば、個人の消費マインドの冷え込みを通じて景気に悪影響を及ぼす惧れもあります。

以上が直近の動向です。

 

なぜ口座維持手数料が議論されるのか

マイナス金利が拡大(深堀)され、貸出金利がゼロにさらに近づいていくと、預金を増やしても貸出金利との差が小さくなり、銀行の収益が減少します。

一方で、人件費のみならず口座・通帳の管理費(本人確認、マネロン対策等)、印紙税等は引き続き1口座当たり一定額が必要になるため、特に少額の預金口座が多ければ、金融機関の収益にはマイナスの影響が大きい、という状況になってきました。

稼働していない銀行口座でも通帳を発行していれば、毎年200円の印紙税を銀行は納めなければなりません。

また、現在はマネロン・テロ防止のため、本人確認等、銀行口座の厳しい管理が国際的に要請されるようになってきています。

尚、海外では、例えば5,000ドル等、一定の残高を下回る預金口座に対して、月額20ドルといった手数料を徴収し、口座維持・管理にかかるコストを回収している金融機関が一般的です。

このような事情から銀行が口座維持手数料を徴収するという議論が出てきているのです。

 

所見

筆者は銀行口座に口座維持手数料を導入することは、可能な限り止めた方が良いと考えています。

まず、口座維持手数料を導入するとすれば、法人の預金口座からとなるでしょう。

この場合、口座維持手数料の手数料体系にもよりますが、○%のような「率」で徴収するならば、日銀の講演にもあるように、法人は銀行預金を少しでも減らすために借入を圧縮し、預金を減らすでしょう。そして、必要な時だけ銀行借入を行うようになります。これは、銀行の貸出残高を減らし収益を減少させると共に、細かな借入オペレーション発生による銀行の事務負荷を増大させます。

また、個人の預金口座に口座維持手数料を導入すると、口座維持手数料無料のネットバンクやフィンテック企業に預金が流出する可能性が高くなります。

金融庁も全銀行に一律で口座維持手数料の導入義務付けを行うことはしないでしょうから、口座維持手数料導入を見送る銀行は間違いなく出てきます。

日本では銀行口座は無料で開設出来ることが当たり前です。利用者・預金者の感覚は簡単には変わりません。東洋経済の調査でも口座維持手数料に対する否定的な結果が出ています(https://toyokeizai.net/articles/-/220427?page=3)。

そもそも個人が銀行の預金口座を持つ大きな理由が、給与の受取のためです。この給与振込口座に口座維持手数料を徴収することになれば、企業に勤める個人は「現金での給与支給」を求めることになるかもしれません。これは、企業に事務負荷を課すだけではなく、銀行の事務負荷(現金の配達)をも増加させるでしょう。

口座維持手数料導入のマイナス面は、特に地銀に影響します。キャッシュレス化が加速し(ATMが無意味化します)、インターネットバンキングのサービスが充実しているメガバンクに顧客が流出します。そして、預金の一部はフィンテック企業にも流れます。地銀で口座を持つ意味が一層無くなってくるのです。

筆者は、口座維持手数料を導入出来るのは、新たなサービスを銀行が提供した場合だと考えています(もちろん口座維持手数料とはしません)。

銀行は預金者に新たなサービスを提供しなければなりません。投資信託を購入した預金者には口座維持手数料を無料にするとか、そんな単純なサービスで良いかは分かりません。しかし、何らかの付加価値を提供しなければ、口座維持手数料導入は単に銀行からの顧客離れを誘発するだけで終わるものと考えます。