銀行員のための教科書

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企業年金におけるオルタナティブ投資の現状

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企業年金のオルタナティブ投資が拡大しているようです。そして、代わりに債券や株式の割合が減少しています。

今回は、この投資の変遷について確認していくことにしましょう。

 

報道記事

まずは以下の記事をご確認下さい。 

企業年金 株・債券離れ 不動産・インフラ関連拡大
2018/06/26  日経新聞

 企業年金の資産運用で株式と債券の比率が低下している。JPモルガン・アセット・マネジメントが実施した2018年の企業年金調査によると運用の目安とする平均予定利率は3年連続で低下し2.3%になった。マイナス金利で国内債券による運用が難しくなり、予定利率の低下につながっているようだ。債券と比べて相対的に高い利回りを期待できる不動産関連に資金を振り向けている。
 3~6月にかけて国内の確定拠出型の年金基金などを対象に調査し、123の年金から回答を得た。3月末時点の予定利率の平均は2.3%で、アベノミクスが始まった2013年に比べて0.4ポイント低下した。予定利率が1%台の年金も全体の13%を占めた。
 回答企業の資産配分では国内債券の減少が目立った。全体に占める比率は21.7%と前年調査から2ポイントほど低下し、09年の調査開始以来、最低となった。マイナス金利を背景に長期金利はほぼゼロ%に張り付いており、債券比率の低下につながっている。
 国内外の株式は合計で20.9%とわずかながら減った。株式相場は国内外で堅調な値動きになっているが、積極的にリスクを取りにいく動きが乏しくなっている。
 代わりに増えているのが債券や株式以外に投資するオルタナティブ(代替)投資だ。09年には5%未満だったが、今年は17.1%と3倍以上に増えた。特に需要が高まっているのが私募不動産投資信託(REIT)やインフラ関連への投資だ。
 これらの資産は債券に比べて利回りが高く、株式に比べれば運用期間中の価格変動が小さい。キユーピーは年金資産の運用方針を見直し、私募REITなどを中心とする資産の比率を、現在の10%程度から3年ほどかけて15%程度まで高める方針だ。
 調査では59%の年金が今後オルタナティブ投資を増やすと回答した。人気なのが「インフラ投資」(8.3%)や実物不動産(7.5%)、私募REIT(5.8%)だ。このペースで投資が増えていけば、今後数年でオルタナティブ投資が国内外の債券や株式の比率を上回る可能性がある。
 ただ、オルタナティブ投資は株式などに比べて流動性が低い。リーマン・ショックのような金融危機が起きると機動的な売買が難しくなる可能性がある。アジア地域で中国が積極的にインフラ投資を進めているため、インフラ関連の金融商品が従来に比べ割高になっているとの指摘もあり、年金には適切なリスク管理が求められている。

これが記事内容です。

この記事で取り上げられている調査は、123の回答数となっています。

この調査ではサンプル数が若干少なく、JPモルガン・アセットマネジメントの取引先と想定されることから、対象が偏っている可能性があります。

そのため、異なる調査で実状について確認してみましょう。

 

企業年金実態調査結果

2018年1月に企業年金連合会が発表している企業年金実態調査結果の内容を確認していきましょう。

当該調査は調査対象が多く(回答数1,715)より実態に即しているものと思われるためです。ただし、調査時点は2016年度であるためデータの速報性では、JPモルガン・アセットマネジメントの調査に劣ります。

2016年度の企業年金(厚生年金基金、確定給付企業年金)における資産の構成割合は以下の通りです。

 

国内債券 24.5%
国内株式 11.7%
外国債券 15.2%
外国株式 13.9%
一般勘定 17.5%(※生保が提供する利回保証型商品)
ヘッジファンド 5.3%
その他 6.5%
短期資産 5.4%

 

JPモルガン・アセットマネジメントが集計した水準とは若干異なることが分かると思います。

企業年金の運用動向を見ていくには時系列での比較が有効です。次に、時系列で資産割合を見ていくことにしましょう。

2004年度の厚生年金基金と確定給付企業年金基金の資産構成割合

国内債券 22.1%
国内株式 26.8%
外国債券 12.0%
外国株式 16.5%
一般勘定 8.5%
その他7.1% (※ヘッジファンド含む)
短期資産 7.1%

 

2008年度の厚生年金基金と確定給付企業年金基金の資産構成割合

国内債券 27.0%
国内株式 20.3%
外国債券 13.3%
外国株式 13.3%
一般勘定 12.6%
その他9.0% (※ヘッジファンド含む)
短期資産 4.4%

 

2012年度の厚生年金基金と確定給付企業年金基金の資産構成割合

国内債券 28.5%
国内株式 15.8%
外国債券 12.2%
外国株式 16.0%
一般勘定 13.3%
その他 9.6%(※ヘッジファンド含む)
短期資産 4.6%

 

2016年度の厚生年金基金と確定給付企業年金基金の資産構成割合

国内債券 24.5%
国内株式 11.7%
外国債券 15.2%
外国株式 13.9%
一般勘定 17.5%
その他11.9%(※ヘッジファンド含む)
短期資産 5.4%

 

この推移をみていくと国内株式は一貫して減少してきていることが分かります。

2004年度から比べると2016年度は半分以下の割合となっているのです。

そして外国株式も割合としては低下してきています。

この減少分を埋めてきているが外国債券、その他(ヘッジファンド等)、のみならず一般勘定なのです。

一般勘定は利回りが保証された保険商品です。

年金の設立母体である企業は、自社の業績への影響を抑制するために、一貫して年金のリスクを低下させてきました。

アベノミクスが始まっても国内株式の割合は低下させているのです。

国内外の株式比率を合計した株式比率は2005年度がピークであり(49.1%)、2016年度には25.6%と半減となりました。

その代わりに最も増加したのが、生保の一般勘定です。

上記の「その他」にはオルタナティブ投資、転換社債、貸付金等が含まれています。

この「その他」の割合は確かに上昇していますが、一般勘定ほどの増加ではありません。

企業年金はリスク抑制が基本方針としているのです。

確かに、上記の記事の通り、オルタナティブ投資は増加しています。私募REITやインフラ関連投資も人気です。

この背景には、国内債券の魅力が低下していることは確かにあるでしょう。そして、国内外の株式のリスクを更に落としたいという考えもあるのでしょう。

しかし、忘れてならないファクターは、安定運用をしたいニーズを満たしてきた生保の一般勘定が、新規受入(一部には継続も)に慎重であるという状況の方ではないでしょうか。

生保も低金利環境下では資金を集めても運用が出来ないため、一般勘定を「やめたい」というのが本音でしょう。

このため、債券運用の低迷とあいまって消去法的にオリタナティブ投資が選択されることになってきている要因もあるのです。

ちなみに政策アセットミックスはどのような状況にあるのかについても以下確認しましょう。

政策アセットミックスとは中長期ベースで策定される制度全体の資産配分計画です。

 

<2016年度政策アセットミックスの状況>
国内債券 33.5%
国内株式 13.4%
外国債券 10.5%
外国株式 13.1%
一般勘定 16.1%
その他 11.0% (※ヘッジファンド含む)
短期資産 1.8%

これを見る限りは、外国債券を売り、国内債券と国内株式を購入することになるのが自然でしょう。

しかし、国内では債券に投資するのは意味がありません。マイナス金利政策が導入されており金利収入が見込めないからです。国内株式も上昇が続いていたため、投資しづらいと考える企業年金も存在するでしょう。

その中でオルタナティブ投資を含む「その他」は11.0%程度が一つのメルクマールなのです。JPモルガン・アセットマネジメントが発表しているようなオルタナティブ投資の割合が17%という水準はイレギュラーなのです。

これは認識しておいた方が良いでしょう。

なお、オルタナティブ投資を実施している企業年金は2016年度に62.7%となっています。

2004年度は34.2%でしたので2倍近くまで増加しています。

オルタナティブ投資への配分割合では、確定給付企業年金の加重平均で15.0%となっています。これは424制度からの回答となっているため、JPモルガン・アセットマネジメントのアンケートよりも母数が大きいのが特徴です。

よって、JPモルガン・アセットマネジメントの年金調査にはそこまでの偏りは無いものと思われます。

 

まとめ

企業年金が利回りを確保するためにオルタナティブ投資を拡大する流れは止まらないと思われます。

しかし、上記の通り政策アセットミックスではその他投資は11%となっています。

国内債券で相応の利回りが確保できるのであれば、オルタナティブ投資の人気は下火になる可能性もあります。

また、上記の記事にもある通り、オルタナティブ投資には流動性に欠けることが多いという特徴があります。

(ご参考記事/私募リートについて)

運用会社にとってはオルタナティブ投資商品の販売は収益性が高いのが現状です。よって、JPモルガン・アセットマネジメントの発表のようにオルタナティブ投資へのムーブメントを作りたいと考える運用会社はこれからも出てくるでしょう。

しかし、オルタナティブ投資への傾斜は新たなリスクを生じさせる可能性があります。 

流動性リスクです。

この点には留意が必要なのです。

何事もバランスが大事なのかもしれません。