第3の企業年金といわれるリスク分担型企業年金が徐々に広がる兆しが出てきました。
年金の用語は聞きなれないものが多く、制度も分かりにくいものが多いと思われます。
そこで、今回の記事ではリスク分担型企業年金がどのようなものであるのかについて確認していきます。
新聞報道
まずは、第3の年金といわれるリスク分担型企業年金についての最近の新聞報道をみておきましょう。
以下、日経新聞の記事を引用します。
第3の企業年金、導入じわり 第一生命が生保初受託
2018/03/16 日経新聞年金の運用リスクを労使で分かち合う「第3の企業年金」の導入がじわり広がり始めた。第一生命保険が生命保険会社で初めて案件を受託した。今後も積極的に導入先を広げ、2018年度中に10件程度の受託を見込む。第3の企業年金は支給水準低下が避けられない公的年金を補う存在としても注目を集めそうだ。
第3の企業年金は従業員と企業で運用リスクを分担する新しい制度として2017年1月に厚生労働省が創設。企業が拠出金をまとめて一定の利回りを目指して長期運用する。確定給付型に比べて多くの掛け金を企業が出すかわりに、もし運用が不調でも予定利率での運用に満たない分は補填しない。
第一生命は連結ベースで約1600人の従業員が働く新日本空調から案件を受託した。これまで確定給付型で運用していた分を第3の企業年金に切り替える。同社の企業年金全体の7割に相当するという。
確定給付型の場合には、企業は将来の支払いに備えて退職給付債務を会計上積む必要がある。第3の企業年金では債務の計上が不要なため財務面の負担を軽減できる。確定給付型に比べ従業員が負う変動リスクは増えるが、企業が運用で成果を出せば給付額もその分増える。
第3の企業年金は、昨年みずほ信託銀行が1例目を受託。厚生年金基金の解散に伴う後継制度として、学習机などを手掛ける小泉産業グループが導入した。
(以下略)
これが近時の動きです。
では、以下でリスク分担型企業年金についてみていきましょう。
リスク分担型企業年金とは
リスク分担型企業年金は、法改正により2017年1月に施行された新しい企業年金の仕組みです。
この年金制度は、企業が拠出する年金の掛金額を原則として固定とし、積立状況に応じて、年金受給者(個人)が受けとる年金の給付額が調整される制度です。
従来の確定給付企業年金(DB)は、事業主(=企業)が掛金の追加拠出という形で運用リスクを負っていました。
一方で確定拠出企業年金(DC)は、加入者(=従業員)が給付額の変動(減少)という形で運用リスクを負っていました。
すなわち、従来のDB、DCはいずれも、企業か従業員のどちらかに運用リスクを寄せていました。
そこで、第3の年金といわれているリスク分担型企業年金は、企業と従業員が運用リスクを分担し合う仕組みとして導入されたのです。
リスク分担型企業年金は、将来発生するリスクを「財政悪化リスク相当額」として見積もります。企業はこの「財政悪化リスク相当額」のうち一定額をリスク対応掛金として、従来の年金掛金に上乗せして拠出します。運用がうまくいかず積立不足が発生した際には、原則として追加の年金掛金拠出は行わず、従業員(年金受給者)への年金給付額で調整する仕組みです。
イメージとしては、「企業側が、いざというときに備えて、余分にお金を従業員のためにプールしておきます。ただし、想定以上のリスクが発生した際には、企業はすでに役割を果たしているから、従業員が「泣いてください」(=リスクを負担)という制度」なのです。
企業としては追加で年金掛金の拠出義務から免れる訳ですから、退職給付債務(将来の退職金・年金に備えた引当金のようなもの。見方を変えれば従業員からの負債)を負債として計上する必要はなくなり、運用リスクからも解放されます。
このリスク分担型企業年金は会計上は「確定拠出」年金、すなわちDCと同様の扱いとなります。
企業は決まった(固定の)年金掛金さえ払っていれば、運用リスクは負いません。
その代わり年金掛金は労使の合意で決められ、勝手には変えられません。
従業員は将来給付が減額されるリスクを負う代わりに給付が増額されるチャンスを得るという仕組みになっています。
リスクを「不確実性」(運用でみるとプラスにもマイナスにも変動)と捉えるならば、企業と従業員によるリスクの「分担」というよりも、企業から従業員へのリスクの「移転」といったほうが正確でしょう。そのため、退職給付債務の認識が不要になるということなのです。
以下は厚生労働省のホームページに掲載されているリスク分担型企業年金の概要です。
図表についてはリスク分担型企業年金を理解する上で参考となるものと思います。
出典 厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12500000-Nenkinkyoku/0000145279.pdf
確定拠出企業年金(DC)との違い
リスク分担型企業年金は会計上はDCと同じ扱いです。
しかし、DCとは異なる点があります。
以下ポイントを挙げます。
給付設計の柔軟性
DCの年金給付は運用結果のみであり、掛金の拠出額を決めることぐらいしか企業としてはできません。
一方で、リスク分担型企業年金の場合には、従来の確定給付企業年金(DB)と同様に様々な給付算定式(最終給与比例やポイント制、退職事由別の乗率等)を採用できます。
DCだと基本的には転職に中立です。掛金額が毎月・毎年積みあがっていくだけであり、本人のアカウントですから、企業がその積みあがった金額に影響を与えることはできません。
一方で、リスク分担型企業年金(DBも同様だが)は、若年時の退職(転職)を抑制するために、年金額の受給にかかる積立カーブを自由に設計できます。例えば、若年時では年金額は少なく、40歳以降になると急激に年金額が多くなっていくような設計が可能なのです(自己都合退職の場合に年金額を大幅に減額することも可能)。そうすれば、従業員が企業に長く在籍するインセンティブになります。
DCではそのようなインセンティブ性は基本的にありません。
年金給付の受取時期
DCは60歳まで年金の受け取りは基本的にできません。
一方で、リスク分担型企業年金(DBも同様)は、60歳到達前でも退職時に給付を受け取ることができます。
従業員への投資教育
DCは従業員への投資教育を企業が行う必要があります。これは、従業員側が運用リスクを負っているため、その支援が必要だからです。
一方で、リスク分担型企業年金(DBも同様)は制度全体でまとめて運用を行いますので、個々の従業員向け投資教育は不要です。
以上を見ていくと、リスク分担型企業年金は、DBとDCの間に位置するような制度ということができるでしょう。
企業にとっては、大きなメリットがあるように感じる方もいるかもしれません。
では、リスク分担型企業年金を導入するにあたっての留意点についてもみていくことにしましょう。
導入にあたっての留意点
リスク分担型企業年金を導入するにあたっては以下のポイントを勘案していく必要があります。
リスク分担型企業年金の計算前提
リスク分担型企業年金では、財政悪化リスク相当額(どの程度の運用リスクを見込むか=従業員側の受給減額リスク)を見積もることがポイントになります。
企業側と従業員側との公平性を重視しなければ、労使交渉が合意に達しません。
計算前提の設定次第では財政悪化リスク相当額は大きく変動します。
このリスクを見積もるためのポイントは以下の点となります。
<定常状態での見込>
定常状態とは、新規採用者(従業員)の年齢・人数を一定と仮定した場合に、この従業員の年齢構成が一定のまま推移した場合の「将来の姿」をいいます。
そのため、以下の要素を考慮する必要があります。
- 計算の前提としての従業員数の変動を決定
- 退職一時金の選択率(=年金を従業員が選択しない割合)の設定
<資産変動リスクの見込>
この変動リスクについては従業員に分かりやすいものにしなければ納得されないでしょう。基本的には
- 「資産区分毎の資産額 × リスク係数」により資産変動リスクを算出
- もしくはテールバリュー・アット・リスク(TVaR※)といわれる資産変動リスクを標準偏差に基づき算出
(TVaRについては以下の記事が分かりやすいと思います)
VaRの問題点を解決する新しいリスク指標 Tail VaR | ニッセイ基礎研究所
<負債変動リスクの見込>
負債変動リスクとして、標準的な算定方法では、予定利率(年金資産の運用利回りの見込)が1%低下した場合のリスクを織り込むこととされています。加えて、以下もポイントとなるでしょう。
- 予定利率の低下を織り込むか(=予定利率の低下は債務の増加)
- 将来の死亡率をどの水準として算定するか
リスク分担型企業年金の意思決定
リスク分担型企業年金は企業と従業員がリスクを分担し合う制度ですから、制度の開始時のみならず、継続的に、従業員がリスク負担に見合う形で資産運用の意思決定に参画できる仕組みとすることが求められます。
「運用の基本方針の作成、変更を行う際は、加入者(従業員)の意見を聴くことおよび加入者へ周知させること」が企業には義務付けられています。
積立・運用方針の利害相反
年金の積立・運用方針の利害は企業と従業員で完全に相反します。
年金の予定利率(企業年金制度における基礎率の一つで、現価を求める際の割引計算に用いる将来の運用利回り(金利)の仮定のこと)を高くするか、低く見積もるかは重要な問題となります。
予定利率を高く見積もれば、従業員側にとっては年金の給付減額リスクが高まります。高利回りでの運用ができることが前提となるため、運用がうまくいかないリスクも高まるためです。
もちろん、予定利率を低くすることができれば年金の給付減額リスクは減少します。予定利率が低い場合は、年金の運用もリスクを抑え、利回りは低くとも堅い運用ができるのです。
一方で、企業型にとってみれば、予定利率は高い方が良いのです。予定利率が高ければ、企業が払うべき年金掛金の額が減ります。キャッシュアウトが減るのです。企業としては低い予定利率は適用したくはないでしょう。
このような利害・利益の相反が見られます。
また、運用の方針自体も留意すべきポイントです。
企業年金では政策アセットミックス等の運用方針の作成が必要です。この運用方針は従業員の意見を踏まえたものにしなければなりません。
しかし、この運用方針を作成するためには、運用方針は従業員にとっても分かりやすいものにしなければ合意は得られないでしょう。
しかも、リスク分担型企業年金は、退職時期の違いにより年金給付増額を享受する従業員もいれば、給付減額を負う従業員も存在してしまう可能性がある制度です。
したがって、従業員個々人にとってもリスクは分散しています。
そのため、運用方針=運用リスクの取り方は、かなり保守的にしなければ従業員の納得は得られないものと思われます。
従業員の同意取得
従来型のDBからリスク分担型企業年金に移行する場合には、法令上は給付減額に該当します。すなわち、加入者および受給権者にとって不利となる可能性があるため、その同意取得が必要とされる可能性があるということです。
リスク分担型企業年金では、すべての場合に加入者および受給権者の同意取得が必要なわけではありません。
「積立金と掛金収入現価の合計」が「財政悪化リスク相当額の1/2と給付現価の合計」を超える水準か否かで、同意取得が必要かが判断されます。
いずれにしろ、リスク分担型企業年金を導入するには、同意の取得、説明等で企業側にはかなりの労力が必要となるのです。
リスク分担型企業年金は広がるのか
リスク分担型企業年金は企業年金の普及・推進等を目的として、柔軟な設計を実現するために導入された仕組みです。
しかし、柔軟であるがゆえに企業と従業員側の利害の調整が必要となります。
しかしながら、リスク分担型企業年金はDBとDCの良いところを併せ持った仕組みであるということもいえます。
企業年金の新たな選択肢としては十分に検討に値するのではないでしょうか。
企業は今後も公的年金の補完という観点から企業年金の拡充を政府もしくは従業員から迫られるものと思われます。
また、企業の株主から見た場合には、企業に過度にリスクが寄った年金制度は企業投資におけるリスクだと認識されることもあるでしょう。
様々なステークホルダーの利害を合意に導く一つの方策としては、このリスク分担型企業年金は活用できるのではないかと筆者は考えます。
ただし、今後拡大していくかは現時点では不透明です。
企業にとってみれば従業員側との交渉・調整がかなり面倒であること、財政悪化リスクの見積もり等次第では退職給付費用がむしろ増加すること等があるためです。
筆者としては、企業における年金制度をなくすぐらいであるならば、このような第3の企業年金に移行して残していって欲しいと思いますし、このような企業にとっての想定外のリスク(もしくは市場運用リスク=本業以外のリスク)を排除する仕組は、相応に導入意義があるものだと思いますので、ぜひとも拡大してほしいと考えています。