銀行員のための教科書

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なぜ企業はDCに移行したがるのか?〜従業員不在の退職給付制度の実情〜

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先日、長期的に退職金の水準が低下しているとの記事を掲載致しました。

その中で読者の方から、勤務する企業の退職給付制度が、退職時一括現金払いから企業型確定拠出年金制度へ切り替わったが、日本企業では同じような動きがあるのか、現金払いから確定拠出年金制度に移行すると何が変わるのか、についてご質問がありました。

今回は、このご質問について簡単に確認してみたいと思います。

 

日本における退職給付制度の現状

まずは日本における退職給付制度(退職一時金、企業年金等)の現状について見ていきましょう。

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(出所 りそな年金研究所 企業年金ノート 2019.3 NO611)

 

<退職給付制度について>

退職給付とは、一定の期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基き、退職以後に支給される給付の事を言います。この退職給付の支払いのために定められた仕組みや決まりごとが退職給付制度です。

退職給付制度には、退職一時金制度、企業年金である確定給付企業年金(DB)制度、確定拠出年金(DC)制度等、目的や用途、給付の支払方法によって様々な退職給付制度が存在します。

退職一時金とは、退職にあたって勤務していた企業等から一時的に支払われるお金を指す用語です。よく一般的に言われる退職金とは、この退職一時金を意味して使用されることが多いでしょう。しかし、厳密には退職金とは、退職一時金と企業年金とを包含しており、上記の退職給付のことを言います。退職金が「その一部や全部を年金として受給することも可能」としている企業があるのはそのためです。

次に、企業年金の確定給付企業年金(DB)と確定拠出年金(DC)について少し触れておきます。

確定給付企業年金(DB)はあらかじめ確定した給付額を賄うのに必要な掛金を企業が拠出します。掛金払込・受給の状況、運用成果に左右されるため企業の拠出額は変動しますが、従業員が将来受け取ることのできる年金額は約束されています。

一方で、確定拠出年金(DC)は企業や加入者が一定額を拠出して、加入者自らが運用を行い、運用実績により加入者毎に年金額が変動します。

これらが全体となって退職給付制度なのです。

 

<大企業>
大企業は、退職給付制度のうち企業年金制度を導入している企業が9割以上を占めます。

大企業に限れば、確定給付企業年金(DB)および確定拠出年金(DC)は、制度創設以降順調に普及しており、その中でも確定拠出年金(DC)は採用割合が6割を超えるまでになりました。

大企業は、まず確定給付企業年金があり、そのうえで確定拠出年金 (DC)も併用されている事例が多い状況にあります。

 

<中堅・中小企業>
中堅・中小企業は、退職給付制度自体の導入率が大企業に比べて低い状況にあります。そして、その導入率は低下傾向にあります。

退職給付制度を導入している中堅・中小企業では、基本的には退職一時金制度のみとしている企業が多く、年金制度がある企業では、厚生年金基金から脱退し、確定給付企業年金(DB)、確定拠出年金(DC)等へ移行していることが分かります。

以上のように日本の企業では、 やはり大企業の方が従業員の老後に備えた退職給付制度の面でも手厚いことが分かります。

そして、大企業では、退職時一時金ではなく企業年金を導入することで計画的に外部への積み立てがなされています。外部に積み立てられた企業年金の積立金は、 企業の破綻リスクからは基本的に切り離されていますので、従業員にとっては老後に備えた退職給付制度という観点でも「大企業は安心」となります。 

尚、 中堅・中小企業に多いのですが、退職時一時金の将来の支払いに備えて外部積立を行っていない企業は、その企業が破綻した場合に退職金部分の資産が保全されません(単に預金で積み立てていても破綻したら意味はありません)。 

 

なぜ確定拠出年金が導入されるのか

では、なぜ特に大企業は確定拠出年金(DC)への移行が増加しているのでしょうか。

この要因は様々ですが、 主に以下の要因が考えられます。

  • 確定給付企業年金(DB)の一部を切り出し、確定拠出年金(DC)へ移行することで企業の年金運用リスクを低減するため
  • 確定給付企業年金(DB)を廃止し、企業の運用リスクを完全に排除するために確定拠出年金(DC)へ移行
  • 確定拠出年金(DC)を既存の退職給付制度に追加し、結果として人件費の低下を見込む

このように、第一に、マイナス金利政策が導入されて以降の超低金利時代において、年金の運用リスクを会社が背負うのを避けたいという企業の考えが反映されています。

確定拠出年金(DC)は運用リスクを完全に従業員に転嫁することが可能です。

年金の運用が想定を下回ると、簡単に言えば人件費の増加要因(退職給付費用という人件費を構成する項目の増加要因)となります。

人件費の増加は、本業の利益である営業利益の低下要因となりますので、運用リスクを転嫁出来る確定拠出年金(DC)は、特に外部の目にさらされる上場企業にとっては魅力的と言えます。

また、確定拠出年金(DC)の選択制での拠出のように、従業員個人の意思で確定拠出年金(DC)を追加拠出(掛金の上乗せ)した場合には、個人の課税所得が拠出分だけ低下します(掛金全額が所得控除となる)。この場合、個人としての所得税も低下しますが、企業にとっても社会保険料の削減となります。

すなわち、確定拠出年金(DC)へ個人が追加拠出すると、社会保険料の算定基礎となる従業員への給与支払額が計算上は減少します。そうすると、給与支払額に割合をかけて算出し企業が支払っている、厚生年金保険料や健康保険料が減少するのです。

筆者が経営者だったら、選択型の確定拠出年金(DC)の導入を問違いなく実施します。企業のためには有用だからです(個人にとっても節税になりますが)。

以上が、確定拠出年金(DC)の導入が増加している背景となります。

 

従業員個人にとっての退職給付制度

企業年金制度は、低金利環境下において、企業の実施割合が減少したり、企業に運用リスクがない確定拠出年金(DC)や運用リスクが限定的なリスク分担型企業年金への移行がさらに進んでいく可能性は高いものと想定します。

また、一部の大企業に導入されている終身年金は有期に切り替えられていく可能性も高いでしょう。

現代では企業存続の不確実性が高まってきています。どのような大企業だろうと、突然業績不振に陥ったり、赤字となってしまう事例は増加していくでしょう。企業は賃金の後払いである退職給付制度を重荷と感じる可能性は十分にあります。また、従業員にとっては、企業の破綻によって貰えるはずだった退職一時金が貰えなくリスクも高まるでしょう。

では、個人としてはどのような退職給付制度を会社に求めれば良いのでしょうか(求めることが出来るならばですが)。

退職一時金制度しかなく、企業存続に懸念があるような企業に勤める従業員ならば、確定拠出年金 (DC) のようにポータビリティがあり外部で資産が保全されているような制度へ、退職一時金を移行するように企業に求めるのが良いでしょう。少なくとも確定拠出年金 (DC) であれば、従業員個人の取り分(年金資産)はきちんと確保出来ます。そして確定給付企業年金(DB)と異なり転職先にも持って行くことが出来ます。そういう意味では、個人にとっても確定拠出年金 (DC) は役に立ちます。

尚、企業の存続が不安だからといって、退職一時金や企業年金を廃止して、従業員が全て前倒しで貰うこと(例:月々の給料に上乗せ)はオススメしません(企業経営者に求めてはいけません)。

日本の税制は退職金として受け取ると有利な税制となっています。

月々の給料として退職一時金や企業年金相当分を受け取ると税金がかかってしまい、退職一時金等として受け取った時と比べて、実際の手取りが減少します。これは「もったいない」のです。

退職給付制度は、給料やボーナスに比べて注目される度合いが低いと思います。しかし、退職給付制度も給料の一部であり、大事な老後の備えです。個人にとっては、就職する企業を選ぶ際に重要なファクターとした方が良いでしょう。