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仮想通貨「MUFGコイン」についての疑問・論点と考察

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画像引用 ITmedia http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1710/02/news105.html

 

MUFGが仮想通貨「MUFGコイン」の発行を計画しています。

先日の記事ではMUFGコインの発行にかかる法的問題点について考察しました。

www.financepensionrealestate.work

今回の記事では、MUFGコインについての実務的な疑問を挙げ、MUFGコインは普及していくのか等について考察してみたいと思います。

ユーザーからみたMUFGコインの論点

まずはMUFGコインを実際に利用するユーザーの視点からMUFGコインにかかる問題点を整理していきます。

MUFGコインの発行体・運営に関する問題

仮想通貨は、中央集権ではない運営・管理がなされ、国家の信用を背景にしていないことが少なくとも一部のユーザーから支持されてきた理由です。

しかし、MUFGコインは一企業が発行し、1MUFGコイン=1円に可能な限り固定しようとする仮想通貨です。 

上述の思想的な背景、および法定通貨の下落ヘッジ(各国の金融政策の影響からの回避等)等の観点から仮想通貨に魅力を感じている個人にとってはMUFGコインは面白みがないかもしれません。

一方で、既存の仮想通貨の中には中央集権的な運営がなされているものもありMUFGコインのような運営でも問題ない、既存の仮想通貨は価格の変動が激しすぎて実用に耐えられないので価格が安定している方が良い、と考える個人も出現することは容易に想像されます。 

よって、MUFGコインが普及するに際して、発行者・運営・管理の点から問題となる可能性は低いものと想定されます。

トレーサビリティ

MUFGコインはその作り込み方によるのかもしれませんが、トレーサビリティ(システム運営者以外からの取引確認等)の観点からは公平性・透明性が高いとして支持される可能性が高いと想定します。

現在の決済・送金取引は銀行間のシステム(全銀システム、日銀ネット含む)を経由しているため外部からは約定がみえません。

しかし、ブロックチェーンならば取引の履歴がシステム運営者以外からも確認できる可能性があるためです。

この点では既存の送金システムよりも優位となるでしょう。

送金手数料

この点が最もユーザーから支持される可能性のある項目です。

既存の銀行の送金手数料(内国為替、外国為替)は高額であると感じているユーザーが多いことは間違いありません。

MUFGとしてはかなり安い費用体系を設定するでしょう。

筆者としては、個人間の送金は手数料ゼロ、企業の送金手数料は後述、利用できる店舗の手数料はカード決済手数料よりも大幅に減少させた手数料率とし、広範囲に利用されることを目指すものと想定しています。

これについては手数料が安く、「ユーザーが使いやすい」のものであれば当然に支持をうけるでしょう。 

ただし、今でもMUFGの本支店間のみであれば個人の送金手数料は発生していません。 よって中途半端な手数料水準では普及しないでしょう。

仮想通貨の課税問題

MUFGコインは1コイン=1円とされていますが、法的問題をクリアするため1コイン=1円とならないように「取引所を作り」価格を誘導するとされています。

(以下参考記事:毎日新聞)

https/mainichi.jp/articles/20180114/k00/00m/020/098000c

この場合、 仮想通貨のZenのように対応することが想定されます。

Zenの実証実験について以下引用します。

Zenは昨年7月にBCCCが社会実験として発行を開始した。現在はテックビューロ(大阪市)が運営する仮想通貨取引所「Zaif」に上場している。現時点の発行総額(時価総額)は8億5000万円程度で、協会に加盟する企業間ではサービスの支払いなどで利用実績があるようだ。
「企業が使いやすい仮想通貨」をコンセプトとしており、円に対する安定的な相場形成を目的としている点が最大の特徴だ。上場すれば不特定多数の参加者に売買されるため、価格は需給で決まる。Zenはその特性を踏まえ、市中流通分と同額のZenの買い注文を常に出すことで「1Zen=1円」の実現を目指している。

BCCCが昨年11月末まで実施した実証実験「フェーズ1」では、瞬間的に1Zen=1万円と瞬間的に想定レートから大きく外れることがあったものの、その後は顧客への周知活動もあっておよそ1.0円から1.1円の範囲で推移したという。テックビューロの朝山貴生社長は昨年末の報告書で「為替の安定を維持することが可能」との見解を示した。


仮想通貨Zen、価格変動リスク小さく企業利用に前進
2018/01/19 14:30 日経速報ニュース

このニュースのポイントは1Zen=1円としようとした実証実験でも価格は1.0円から1.1円の範囲で変動したということです。

これは特に個人においてMUFGコイン利用・普及の障害となる可能性があります。

すなわち、MUFGコインで決済を続けると確定申告を行う必要が出てくるということです。

以下、国税庁の仮想通貨に関するQ&Aから一部抜粋します。

ビットコインをはじめとする仮想通貨を売却又は使用することにより生じる利益については、事業所得等の各種所得の基因となる行為に付随して生じる場合を除き、原則として、雑所得に区分され、所得税の確定申告が必要となります。

例えば、年末調整済みの給与所得を有する方で、仮想通貨の売却又は使用による所得が20万円以下の方については、その他に所得がない場合、確定申告は不要です。

出典 国税庁ホームページ

https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/171127/01.pdf

(参考:確定申告が必要な個人)

確定申告が必要な方|確定申告に関する手引き等|国税庁

ケースとしては多くないと考える方もいるかもしれませんが、MUFGコインを最初にMUFGコイン=1円で取得した個人が、MUFGコイン=1.1円となっている時に利用した場合には、個人は確定申告を行う必要が出てくる可能性があります。

給与所得者は、このMUFGコインでの決済関連での所得が20万円を超えていなくとも、他の所得も含めて20万円を超えていれば確定申告をする必要があり、そのために提出しなければならない書類は膨大になってしまう可能性があります(MUFGが準備してくれるのでしょうか)。

また、確定申告を行っている方も同様に雑所得としてMUFGコインの変動分を申告しなければなりません。

この「手間」は特に個人においてMUFGコインの利用を忌避する要因となる可能性があるでしょう。

他仮想通貨との交換性

MUFGコイン発行においてMUFGが仮想通貨の取引所を運営するとの報道がなされていますが、この仮想通貨取引所がどのようなものになるかも、MUFGコインの使いやすさを左右します。

MUFGコインが目指すのは法定通貨である円との実質的なペッグ制です。

MUFGが開設する取引所で他仮想通貨も取り扱いが可能な場合は、他仮想通貨への投資への待機資金として利用されることもあり得ます。

また、MUFGコインが世界の他の仮想通貨取引所で取り扱いされるかもポイントになってきます。

価格をコントロールしたいMUFGからすると他取引所では取り扱いができないようにするでしょうが、それでは「通貨」とは呼べないものになってしまうのかもしれません。

もちろん将来的にはクロスチェーン・インターオペラビリティ(誤解を恐れずにいえば他ブロックチェーンとつながること)も課題として出てくるでしょう。

発行者リスク(MUFGのカウンターパーティーリスク)

MUFGコインは仮想通貨として取引所で交換されるとしても、最終的にはMUFGがどのような形であれば面倒を見てくれるという期待をして利用者はMUFGコインを利用することになります。

よって、MUFGコイン利用者はMUFGのクレジット(信用)リスクをとることになります。

また、MUFGコインがショート(売り)の取引から入ることが可能な仮想通貨となった場合には、MUFGのカウンタパーティーリスクが更に重要になってきます。

ここでポイントになるのはアジア通貨危機の教訓です。以下で三井住友アセットマネジメントの解説文を引用します。

<アジア通貨危機>

1997年7⽉、タイを初めとし、インドネシア、韓国などのアジア各国の通貨下落によって引き起こされた⾦融危機です。

1990年代には多くのアジアの国々が国通貨とドルの為替レートを固定するドルペッグ制を採していました。

当時、急成⻑を遂げていたアジア各国に、先進国からの資本流⼊や⽶ドル安による輸出の好調が加わり、アジア各国のさらなる成⻑を後押ししていました。

しかし、1995年以降、⽶国が「強いドル政策」に転じたことに連動して、アジア各国の通貨は上昇し始め、輸出は伸び悩み、多くの国で経常収⽀は⾚字基調で推移しました。そうした中、アジア各国の持続的な成⻑に対する疑問に着⽬したヘッジファンドなどが、通貨の下落を⾒込み、「通貨の空売り」を仕掛けました。通貨の⼤幅な下落に⾒舞われたアジア各国は、ドルペッグ制を維持できるほどの外貨準備⾼を持っていなかったため、通貨はさらに下落し、ドルペッグ制の放棄を余儀なくされました。また、外国資本が急速に流出したこともあり、アジア各国は深刻な経済危機に陥りました。「通貨の空売り」は、まずタイ・バーツが標的にされ、その後、アジア各国に広がっていきました。

http://www.smam-jp.com/documents/www/market/naruhodo/naruhodo_Vol.27.pdf

MUFGコインの発行量がどの程度となるかは不明ですが、急速に普及が進み、MUFGの資金量ではマーケットメイク(1MUFGコイン=1円への取引所での誘導)できるか疑問になるほど大量のMUFGコインが流通し、かつMUFGコインが先物取引等「売りから入る」取引が可能となっていた場合を考えてみましょう。

この場合、ヘッジファンドのような事業者は、MUFGコインを先物取引等で大量に売却し価格引き下げを仕掛けます。

そして価格が下がったところで反対にMUFGコインを大量に購入します。

MUFGコインはMUFGが1MUFGコイン=1円に誘導すると「約束」しているのです。 すなわち、MUFGの資金力が尽きない限りMUFGはMUFGコインを買ってくることになります。

買い手の価格が決まっている取引ほど狙い易いものはありません。

筆者がヘッジファンドの運営者だったら、流動性・ボラティリティ等様々勘案する必要はありますが、MUFGコインで一勝負したくなる可能性は十分にあります。MUFGの資金力が尽きない限りはこれで利益を出せる可能性があります。

変動するモノをペッグ制にすることは非常に難しいのです(究極には無理なのではないでしょうか)。

上記の事例の場合は、MUFGの資金量が尽きてしまいMUFGコインの価格を誘導できなくなったり、MUFGコインの先物売りに対抗するために(価格を維持するために)大量の買いを継続していても、売り崩されてしまい、大量の損失を出す可能性もあります。

よって、1MUFGコイン=1円に究極は誘導されないリスクがMUFGコインには存在します。これはMUFGという一企業体の限界というだけではなく、究極的にはペッグ制の問題点ということでしょう。

発行者・事業者からみたMUFGコイン

今まではユーザー側から仮想通貨であるMUFGコインのメリット・デメリットをみてきました。

以下では、発行者・事業者である「MUFGから見た場合」のメリット・デメリットを確認していきましょう。

筆者としてはこちらの方が、かなり気になっているところです。

MUFGが本当に決済手数料を捨てるのか

2017年9月中間時点でのMUFGの決済関係の受入手数料は以下の数値となっています。※以下の数値は半期実績のため年間では2倍となります

 

<三菱東京UFJ銀行単体>

為替手数料606億円(受入手数料772億円ー166億円)

<MUFG連結>

法人一般外為 391億円

法人国内決済 499億円

(出典 MUFG2017年度中間決算説明会 データブック 20P、43P)

http://www.mufg.jp/ir/presentation/backnumber/pdf/databook1709.pdf

<MUFG連結>

リテール事業本部手数料(振込・ATM) 284億円

(出典 MUFG2017年度中間決算説明会54P)

http://www.mufg.jp/ir/presentation/backnumber/pdf/slides1709.pdf

 

以上の数値をまとめるとMUFG連結では、国内外への送金・ATM手数料等で半期1,174億円(法人+リテール)、すなわち通年換算で2,344億円の収益を得ていると想定されます。

また、三菱東京UFJ銀行単体の数値でも半期の為替手数料606億円、通年1,200億円程度の収益が上がっています(上記連結と単体との差が大きすぎるため、MUFG連結には様々な手数料が含まれていると思われますが、当該項目では巨額の手数料収入があるということが分かれば十分でしょう)。

(当たり前ですが)上記からみて間違いないことがあります。

それは、MUFGは仮想通貨を導入し送金手数料を大幅に引き下げると大幅に収益が低下するということです。

普通に考えて、自社の収益が低下することを積極的に行うことはありません。

よって、MUFGには「フィンテックが不可逆的なものであり、送金手数料が将来的に一気に引き下がるため、自社で前もって送金・決済分野を押さえ、将来の競合が生まれる余地を少なくしたい」との考えがあるのかもしれません。

しかし、本当にそれだけでしょうか。銀行はそんなに甘いところでしょうか。

MUFGの狙い

MUFGは、普通に考えると、さらに一歩進んで、個人分野は既存手数料が元々少ないので手数料を無料にし、資金の流れを押さえることによる「情報」獲得によるビジネス創出を目指しているものと想定されます。

また、法人分野は決済手数料を減少させる代わりに、自社の決済システムを使ってもらうことにより、企業の決済分野を独占し、ファイナンス取引につなげることを目指しているのかもしれません。

念のために解説を加えておくと、個人の分野では個人の資金決済動向を情報としてストックしておければ、お金を貸すのみならず、小売企業に個人の属性情報と合わせて販売したりすることができます。ビッグテータ分析が可能な現代は、情報が金を生むようになってきているのです。(最も分かりやすいのはAmazonのデータでしょう。個人の購買履歴は情報に富んでいます。)

法人分野では商流のデータを完全に押さえられるのであれば、企業の資金繰りが把握できます。

そうすれば様々なファイナンスの提案が容易になりますし、決済システムに貸出機能を実装できれば他行を排除して貿易・決済(運転資金)等の貸出取引を独占することも可能でしょう。

(以下は一つの事例です)

www.financepensionrealestate.work

 

以上が巨額の手数料を捨てるリスクを冒して狙う取引なのではないでしょうか。

MUFGコインについての考察

MUFGには、今までは地銀や他銀行・信金・信組に分散していた送金手数料を独占すればある程度の収益が見込めるとの算段もあるのかもしれません。

MUFGコインの導入は短期的にはMUFGへ収益の低下をもたらす可能性が高いと思われます。

しかし、一度スタンダードになってしまえば、今以上の為替のトランザクションをMUFGは獲得でき、この手数料のみならずデータが次のビジネスを生む可能性があるのです。

ここまでMUFGの経営陣が「腹をくくり」長期的な視野に立って取り組むことができるのであればMUFGコインには将来があるかもしれません。

筆者はメガバンクが発行する仮想通貨は面白みがなく、失敗する可能性の方が高いと感覚的には考えていますが(偉そうで申し訳ありません)、様々な問題(特に銀行内部)をクリアしMUFGコインが社会の役に立つようなインフラになるのを期待したいとは思います。 

一方、個人にとってはMUFGコインは様々にある仮想通貨の一形態であり、実質的には他者に直接送金できる「ただの電子マネー」でしかありません。使い勝手がよければ利用すれば良いというだけのものです。

これは企業にとっても同様でしょう。しかし、企業の場合は、うまく立ち回らないとMUFGのような銀行に資金繰りの情報をすべて握られてしまうことになりかねません。この対応策というのは経済性・利便性との兼ね合いで冷静に考慮する必要があるでしょう。