少し前ではありますが2017年12月26日付日経新聞に三菱UFJ信託が「取引所破綻リスクに備え仮想通貨を保全」という記事が掲載されていました。
筆者は、最初はあまり興味を持たなかったのですが、よくよく考えるとMUFGはなかなか面白いところに目をつけたのではないかと考えています。
今回の記事ではこの信託による仮想通貨の保全について考察していきます。
記事の内容
上記日経新聞の記事の概要は以下となります。
-
仮想通貨の取引所が破綻した場合に、利用者の通貨を保全する仕組みを信託銀行が開発
-
三菱UFJ信託銀行は2018年4月からスタートする計画
-
三菱UFJ信託銀行は仮想通貨を委託者の財産と別勘定で扱う世界初の手法を開発し、2017年12月に特許を出願
-
取引所の経営が破綻したり取引所の関係者が不正を働いたりした場合には、同行の記録に基づき利用者の保有する仮想通貨を保障
-
仮想通貨取引所の運営会社はベンチャー企業が多く、必ずしも知名度や信頼度が高いとはいえない
-
信託を利用すれば手数料負担が生じる
以上が記事の概要です。
ではそもそも仮想通貨取引所は顧客の資産をどのように管理・保全しているのでしょうか。
まずはこの点について確認しておきましょう。
仮想通貨取引所の法的義務とその効果
仮想通貨取引所は顧客資産の保護のため、法的にどのような義務を負っているのかを確認していきましょう。
「仮想通貨交換業」は、内閣総理大臣の登録を受けた者でなければ行うことは許されません(資金決済法63条の2)。
仮想通貨交換業者は、利用者の金銭または仮想通貨を自己の金銭または仮想通貨と分別して管理しなければならないとされています(資金決済法63条の11第1項)。
具体的な分別管理の方法については、内閣府令において、仮想通貨交換業者の仮想通貨と利用者の仮想通貨を明確に区分できるように管理し、かつ利用者ごとに区分管理する必要があります(内閣府令20条2項1号)。
【仮想通貨交換業者に関する内閣府令20条2項1号】
(利用者財産の管理)
第二十条 第2項
仮想通貨交換業者は、法第六十三条の十一第一項の規定に基づき利用者の仮想通貨を管理するときは、次の各号に掲げる仮想通貨の区分に応じ、当該各号に定める方法により、当該仮想通貨を管理しなければならない。
一 仮想通貨交換業者が自己で管理する仮想通貨
利用者の仮想通貨と自己の固有財産である仮想通貨とを明確に区分し、かつ、当該利用者の仮想通貨についてどの利用者の仮想通貨であるかが直ちに判別できる状態(当該利用者の仮想通貨に係る各利用者の数量が自己の帳簿により直ちに判別できる状態を含む。次号において同じ。)で管理する方法
仮想通貨交換業者に対しては、前述の分別管理のみが求められており、仮想通貨の分別管理の方法として、利用者から預かった仮想通貨を保全するための供託義務、銀行との保全契約等は必ずしも求められていません(資金決済法63条の11第1項、内閣府令20条2)。
そのため、取引所が破産した場合、利用者から預かった仮想通貨を分別管理していたとしても、それだけでは当該仮想通貨は破産財団に帰属し、利用者は破産債権者となるにすぎないため、 必ずしも利用者財産の保護(倒産隔離)は実現できないということになります。
この点がポイントです。
信託ではこの倒産隔離が可能であり、一義的にはMUFGはこの点で安心を提供しようとしているのです。
なお、証券会社やFXの事業者は信託での保全が義務付けられていますので証券会社やFX事業者から倒産隔離がなされていますが、仮想通貨の取引所を運営する仮想通貨交換業者には現時点では信託保全の義務化がなされていません。
以上が仮想通貨交換業者が負う法的義務です。
これは最低限の水準というべきであり、仮想通貨交換業者によってはさらに顧客資産の保全スキームを導入しています。
以下でこの保全スキームについても確認していきましょう。
その他の保全スキーム
例えば、ビットポイントでは日証金信託を使って顧客の払込資金についての保全スキームを導入しています。
しかし、このスキームは現金部分のみであり、仮想通貨部分については適用されていないようです。
BITPoint | ビットポイント 日証金信託銀行との信託保全スキームを導入
他には、bitflyerでは同社ユーザーがメールアドレス・パスワード等を盗取され、不正に日本円で出金された場合の補償金支払いサービスを提供しています。
メールアドレス・パスワード等の盗取による不正な日本円出金に伴う損害補てん規約【bitFlyer】
このサービスは最大で500万円を補償していますが、仮想通貨の盗難については対象外となっているようです。
またcoincheckは「不正ログインにかかる損失補償」により最大100万円を補償しています。
国内初、ユーザーアカウントへの「不正ログインにかかる損失」を最大100万円まで補償。取引所Coincheckにおける「なりすまし」補償を開始 | コインチェック株式会社
現時点では、このような第三者を使った保全措置や、保険会社と組んだ補償サービスが提供されていますが、仮想通貨そのものを保全するということはなされていないようです。
この理由は、様々に想定されますが、仮想通貨の保全についてはシステムで対応しているということでしょう。
コールドウォレット(インターネットから隔離して秘密鍵を管理)による対応はその一つの事例です。
これが今の現状です。
上記では信託についての倒産隔離に触れてきましたので、ここで信託について簡単に確認しておきましょう。
信託とは
信託という仕組みについてこの項目では簡単に確認します。
以下は信託協会からの引用です。
信託とは、委託者が信託行為(例えば、信託契約、遺言)によってその信頼できる人(受託者)に対して、金銭や土地などの財産を移転し、受託者は委託者が設定した信託目的に従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理·処分などをする制度です。
信託財産とは、受託者が信託目的に従って受益者のために管理·処分などをする財産です。
信託設定時の信託財産は、委託者から受託者へ移転されます。委託者が受託者に信託することができる財産の種類には制限がありません。
具体的には、例えば次のような財産があります。
- 金銭
- 有価証券(株式、国債など)
- 金銭債権(貸付債権、リース·クレジット債権など)
- 動産
- 土地、建物
- 知的財産権(特許権、著作権など)
信託された財産は、委託者の名義ではなく、受託者の名義となることから委託者の倒産の影響を受けません。
また、信託財産は、受託者の相続財産にはならず、さらに受託者の債権者による強制執行が禁じられているため、受託者の倒産の影響を受けません。
信託にはこのような性質があるため企業等の年金資産の保全、REITの保有不動産の保全等に幅広く利用されています。
それでは今回のMUFGの信託保全スキームについてさらに考察していきましょう。
MUFG信託保全スキームの内容
日経新聞の報道だけをみても信託スキームの詳細は判然としません。
ただし、他信託スキームから類推すると以下のサービスとなるものと推察します。
- 契約相手(委託者)は仮想通貨取引所運営事業者
- 仕組みとしては事業者が信託銀行に仮想通貨をデータとして預け入れ(信託)、信託銀行は秘密鍵を含めた仮想通貨情報を管理
- なお、当然に事業者側もデータは保持
- 顧客(ユーザー)が仮想通貨を取引したいと望んだ場合は、事業者を通じて信託銀行に仮想通貨の利用(第三者への譲渡)を指図
- 信託銀行は顧客(ユーザー)からの指示の正確性を確認した上で、仮想通貨を送金・移転
- この顧客(ユーザー)からの指示を確認するところに何らかの技術的なポイントあり(仮想通貨の移転について事業者と信託銀行の双方が確認してはじめて移転が可能になる等)
- 特に事業者内部のからの不正を防止するための仕組みを構築
- 信託銀行は当該保全信託について事業者から信託報酬を徴収
- 信託報酬のイメージは仮想通貨を円貨換算した信託残高に対して0.1%から0.5%程度か(この水準は勝手な想定です。特許の先進性やシステム開発費用次第では変動するものと思います)
- なお、信託報酬では「ユーザー一人当たりいくら」で徴収する方式も想定可能
- 記事には「保障」とあるが、それが損害額を補てんするものになるかは不明(筆者は補てんしないものと想定)
以上が筆者が想定する信託保全スキームです。
基本的には一般に普及している信託と仕組みはあまり変わらないのではないでしょうか。
仮想通貨の管理、移転のところだけがポイントです。
ユーザーにとっての信託保全スキームのメリット、デメリット
信託保全スキームのメリットは何よりも仮想通貨取引所の運営事業者の破綻リスクを遮断できることです。
これは資本力に乏しい可能性のある事業者が運営する仮想通貨取引所を利用するユーザーにとっては安心感をもたらすでしょう。
また、信託保全スキームは信託銀行という第三者が関与します。
そのため、事業者内部の従業員等がユーザーの仮想通貨を不正に奪うことを防止できる可能性があります。
一方で、デメリットもあります。
まずは、コストです。
信託保全スキームをユーザーが選べるのかどうかはわかりません。事業者が一律に導入し、その信託費用の一部を仮想通貨の取引手数料等で、ユーザーに負担してもらうというのが想定される動きでしょう。
もう一つのデメリットは、ユーザーが仮想通貨を譲渡、移転したい時に、信託銀行の認証に時間がかかって機動的な仮想通貨取引ができなくなる可能性があるということです。
安心感をえるために費用とスピードを犠牲にするかどうかということです。
MUFGの狙い
この信託保全スキームのみではMUFGにとって大きな収益には繋がりません。
例えば10兆円の0.1%は100億円です。
日本における全て(信託法制は日本でしか有効でないため)の仮想通貨取引所運営事業者と契約をしたとしても、事業者の費用負担能力を勘案すれば、大きなビジネスにはなりません。
しかし、有望だと思われる派生ビジネスがあります。
それはMUFGがこの仮想通貨取引の保全を特許により独占し、仮想通貨取引の清算機関、日本でいうところの証券保管振替機構(ほふり)のような役割を目指すということです。
この事業を独占できれば、取引所が統合されていない日本において、仮想通貨取引の全体情報を押さえる唯一の機関になれる可能性があるのです。
仮想通貨の取引データもビッグデータです。うまく活用すれば様々なビジネスを派生させることができるのではないでしょうか。
また、仕組みによっては信託された仮想通貨を混在管理(これが許されるならばですが)し、一部をレンディングに回すビジネスを展開することもありえるかもしれません。
このような派生ビジネスへの展開がMUFGの狙いなのではないでしょうか。
筆者としては非常に興味をもって今後の展開に注目したいところです。