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不動産の両手仲介は「悪」なのか~今後の動向予想~

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ソニー不動産が「片手取引・仲介」を全面に押し出して一部で人気を集めているようです。

片手取引もしくは片手仲介という聞きなれない言葉は、不動産の売買を仲介する業者の取引形態の1つです。

不動産仲介業者は、不動産の売り手と買い手、両方の売買の橋渡しをします。そして売買成約の見返りとして、手数料をもらうのです。この手数料を、売り手か買い手、どちらか一方からしか受け取らない場合は「片手取引、片手仲介」となり、両方から受け取る場合には「両手取引、両手仲介」となります。
この両手取引、両手仲介は利益相反という問題を抱えていると言われてきました。

今回は、この両手取引について考察します。

ソニー不動産の事例

ソニー不動産は片手取引を「売り」にしています。

例えば、売り主のためだけの売却エージェント制度を採用しているのです。

ソニー不動産のホームページには、この制度のメリットとして以下のように記述があります。

ソニー不動産は売主様だけを担当する売却エージェント制度を採用しております。この制度によりソニー不動産では「囲い込み」(※)ができない仕組みになっています。ソニー不動産の売却エージェントは広く物件情報を公開し、売主さまの希望に沿った買主さまを発掘する方式を採用しており、売主さまの物件を高く、早く売ることを追求します。
※:不動産仲介会社が自社にとって、より収益の多い「両手仲介」(売主様、買主様の双方を一つの会社が担当すること)となるように他の不動産仲介会社に売主様の物件を取り扱わせない様にする行為のこと。これにより、売却の機会損失につながる可能性があります。

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出典 ソニー不動産ホームページ

ソニー不動産がホームページで掲載しているように、両手取引を狙うために他業者に情報を出し渋る不動産仲介業者は多いとされています(ただし、中小事業者では広範囲に顧客を探すのが困難であり片手取引となることも多いでしょう)。

片手取引だと売買金額の通常3%程度が不動産業者の収入となりますが、両手取引だと6%程度が収入となります。

この差は大きいと言えるでしょう。

1億円のマンションを仲介したならば、片手なら300万円ですが両手なら600万円の収入が入ります。この手数料を狙うために物件情報を囲いこみ売却主に不利な売却手法をとる不動産仲介業者もいるということです。

そのため両手取引は「悪い日本の商慣習」であり、不動産取引を不透明にしているともいわれてきました。

2009年には当時の民主党が「(不動産の)両手取引を原則禁止とします」と総選挙での政策に掲げたこともあります(民主党政策集インデックス2009)。

それだけ問題意識を感じている組織・個人もいるということです。

それでも両手取引は業界慣行として存続してきました。

そもそも両手取引は問題がないのでしょうか。

まずは法律面からみていきましょう。

両手取引に関する法律上の問題

まず、不動産の仲介における両手取引はそもそも民法で禁止されている双方代理に該当するのではないかと疑問を持たれる方もいるかもしれません。また、そのように主張なさる方もいらっしゃるようです。

民法108条には以下の規定がなされています(なお、下記民法の条項は2017年に成立した改正民法の条項です。2020年頃までに施行されます。

(自己契約及び双方代理等)

第百八条 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
2 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

この条項は当事者双方の代理(双方代理)は認められない(無権代理となる)としています。

これは双方代理をされることにより契約当事者本人の利益が阻害される怖れがあることから、本人の権利を保護するために代理人の代理権を制限した規定です。

この条項により双方代理は禁止されているのだから、不動産の両手取引は禁止されていると主張する方もいるのです。

しかし、不動産仲介業者は当事者の代理人ではありません。

双方代理と両手取引は根本的に異なります。

代理人は、本人に代わって意思表示を行い、意思決定も場合によっては行うのです。要は契約締結までしてしまうこともあるということです。

一方、媒介とは、本人に代わって意思表示を行うのではありません。あくまで契約の成立に向けて尽力する行為であり、いわば売主・買主の意思の「取り次ぎ」なのです。

よって、不動産仲介業者は売主・買主双方に対して公正な「媒介」業務を行うべく善管注意義務と報告義務などの受託者としての義務を負うに過ぎません。

以上の通り、不動産の両手取引には双方代理の問題点、すなわち法律違反はありません。

両手取引の問題点

では、法的に問題がないとしても、両手取引に実際に問題はないのでしょうか。

先ほど触れた事例のように不動産の両手取引には利益相反という問題があります。

一番分かりやすいのは、先述した通り「両手取引にして一つの不動産売却案件から獲得できる不動産手数料を最大化したい。そのためには売主のためにならなくとも売却情報を隠してしまいたい」という不動産業者の利益追求を許してしまう可能性があるということです。

そして、もう一つは「言うことを聞きそうな売主もしくは買主をコントロールして、相場よりも安い値段(もしくは高い値段等相場とかけ離れた値段)で売買を手っ取り早く成立させてしまう」ことが両手取引を行う業者にはインセンティブになるということです。

とにかく不動産業者にとってみれば両手取引の場合、自社が抱えている売主・買主を早く成約させることが最も自社の収益が上がることなのです。

買主もしくは売主のために売買価格を適正な価格で成立させようとすることは手間も時間もかかります。これを回避したいと考えてしまうことは営利を目的としている企業としては自然なことかもしれません。

これが両手取引の分かりやすい問題点です。

では両手取引はやはり悪なのでしょうか。

以下、今度は片手取引の問題点についてみてみましょう。

片手取引の問題点

片手取引については利益相反は発生しません。
よって、非常に分かりやすく、あるべき姿のようにみえます。

しかし、片手取引にも問題はあるのです。

以下は先ほど挙げたソニー不動産のホームページで掲載されていたお客様の声です。

ここに片手取引の問題の一端が見えます。

以前利用していた仲介業者さんは毎日の様に連絡が入り、それはそれで対応が大変でしたが、ソニーさんは必要最低限のメール連絡が主なので、誰にでも利用しやすいとは言えないので、知人に勧めるかはわからない。
片手買いで、たくさんお客さんを呼ぶという点は良いと思った。経営方針でその分、たくさんの物件を1人で担当しているのかもしれないが、、、、。内見の連絡が上手くまとめられてなかったり、返答が遅かったりで、手厚い感じは、以前の業者さんと比べるとないが、希望していた値段で売却できたので、結果的にうちは良かったと思う。

如何でしょうか。

日本においては買主もしくは売主からの不動産仲介手数料は上限が3%+6万円と決められています。

ソニー不動産の事例では片手取引しか見込めないため、担当者一人あたりが担当する案件数を増やしていることが想定されます。

ソニー不動産が革新的なビジネスモデル、システムを持っていれば別ですが、現状ではそのような状況にはないでしょう。単純に担当者一人当たりが担当する案件数が多ければ、これは顧客サービスの低下につながるだけです。

また、ソニー不動産は、両手取引の禁止を会社のセールスポイントに置いています。

これは一見するとソニー不動産に物件売却や物件購入を依頼する側からみるとメリットに感じるでしょう。

ところが、ソニー不動産が売主側の仲介にたっている物件だと、買主側からみれば「ソニー不動産が仲介する売却物件は値段が高いはず」と考えるでしょう。
同様に、買主側にソニー不動産がついている場合、ソニー不動産が売主側に接触してきても、売主側からすれば「ソニー不動産の購入希望額は安いに違いない」となるのです。
どちらの場合も不動産のすみやかな売買という目的を遠ざけてしまう可能性があるのです。
よって、両手取引は悪で、片手取引こそが顧客のためだという論調には単純には賛同できません。

今後想定される流れ

以上のように両手取引にも片手取引にも、メリットもあればデメリットもあります。

ただし、世の流れは利益相反を問題視する方向に傾いています。

今後の日本で両手取引が禁止されていくかは分かりませんが、片手取引を良しとするようになる可能性は高いでしょう。

その場合には、片手取引でも不動産業者が仲介手数料で業務を続けていけるような配慮(少額の仲介の場合の手数料額の引き上げ等)も必要でしょうし、現在はプロしか利用できない不動産情報システム(レインズ、REAL ESTATE INFORMATION NETWORK)の改革、中古住宅のマーケット価格の見直し(住宅ローンにかかる評価額の見直し含む)と流通促進策(=不動産流通の増加による不動産業者の手数料増)等、様々な政策を組み合わせることが必要となるでしょう。

筆者は両手取引を残した方が本来的には顧客のためになるとは思いますので、両手取引が禁止されないように願っています。