銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

可処分所得の推移を見れば生活が改善しない理由が分かる

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いわゆるアベノミクスにより景気が回復し、賃金も上昇しているとの報道を目にしたことは誰しもあるのではないでしょうか。

一方で、個人としては所得の上昇を感じられないという意見が多いのではないでしょうか。

今回は「可処分所得」に注目して、景況感について考えてみたいと思います。

 

可処分所得という切り口

第2次安倍政権の発足(2012年12月)と同時期に開始した景気拡大は、長く続いてきました。そして、日本全体の賃金の総額である「雇用者報酬」は着実に増加してきました。これを政府は成果として誇っています。

しかし、景気拡大の恩恵を受けていると実感している個人は各種調査では少ないのが実情です。

この要因は何なのでしょうか。

筆者は、表面的な所得(≒賃金)よりも、所得から税金や社会保険料を控除した手取収入の動向がどのようになっているのかが重要なポイントであると考えています。

そのため、今回は「可処分所得」について焦点を当てます。

使う資料は厚生労働省の「所得再分配調査」です。

この調査は『社会保障制度における給付と負担、租税制度における負担が所得の分配に与える影響を所得階層別、世帯及び世帯員の属性別に明らかにし、社会保障制度の浸透状況、影響度を把握することによって、今後における有効な施策立案の基礎資料を得ることを目的としている』と説明されています。この調査は、実際の世帯に対して調査を行っていますので各世帯の可処分所得が分かるという点で非常に貴重です。

尚、今回の記事で使用する「可処分所得」とは、給料等の所得から、税金と社会保険料を控除し、社会保障による現金給付額を加えたものをいいます。


可処分所得の動向

では、「所得再分配調査」の調査を時系列に追ってみましょう。

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(出所 厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成)

当該調査は調査対象世帯の状況によっては偏りが発生する可能性はあります(標本数が少ないため)が、全体的な動向を見る上での参考となるでしょう。

上記グラフは世帯主が29歳以下である世帯の可処分所得の推移です。

ピークだった1996年の29歳以下世帯と、ボトムの2014年の29歳以下世帯とでは、可処分所得で大きな差があることが分かります。

2014年と1996年には18年の差があります。少し大げさかもしれませんが、今の29歳以下の世帯主がいる世帯と比べて「親の世代」は可処分所得が年間で数十万円違っているのです。これでは、消費が盛り上がらないでしょう。

それでも2017年の調査では可処分所得が増加しています。この要因は様々でしょうが、新卒の初任給が上昇している等、若手の給料が上昇していることが一部分は関係しているかもしれません。 

次に時系列として比較可能な他の年代の可処分所得についても見ていきましょう。以下は可処分所得の推移です。

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(出所 厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成)

いずれの世代も2002年と比べると可処分所得は減少しています。

それでも、2017年にほとんどの世代が上昇に転じていますが、これは「給与が上昇した」からでしょうか。

以下のグラフを見てください。

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(出所 厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成)

これは厚生労働省の調査において、各世帯の「有業者数」すなわち「各世帯で何人が仕事をしているか」のグラフです。

特に2017年に有業者数が増加しているのが見て取れるでしょう。

厚生労働省の所得再配分調査は「世帯」の調査です。世帯で働いている人の数が増えれば、当然収入も、可処分所得も増加するでしょう。

以下のグラフは有業者数を反映した可処分所得の推移です。但し、データの試算方法としては粗く、前掲の可処分所得推移のデータを有業者数で除算(割り算)しています。これにより世帯当たりではなく「一人当たりの可処分所得」の推移を出そうとしています。(但し、留意すべきはこの計算方法では世帯の有業者は誰もが同じ所得を得ていることになります)

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(出所 厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成)

このグラフを見れば可処分所得の推移が随分と違って見えるでしょう。

一人当たりの可処分所得は全般的には右肩下がりの傾向なのです。

これは社会保険料の増加=可処分所得の減少要因が大きいと思われます。

また、今回は触れませんが、実際には専業主婦であった妻がパートや正社員として働くのみならず、「夫婦とも正社員」の共働きが当たり前になってきた時期です。いわゆる「女性の働き方」が変わってきた時代なのです。そうすると、世帯の構成員である女性の可処分所得は増加してきているはずですが、一人当たり可処分所得の増加は「弱い」のです。やはり、社会保険料の増加要因が大きいのでしょう。

 

所見

以上、厚生労働省の「所得再分配調査」のデータを基に世代ごとの可処分所得について確認してきました。

所得再分配調査は、本来であれば社会の格差がどれだけ政策(社会保険、税金)によって是正されているかを見る調査ですので、使い方としては間違っているかもしれませんが、可処分所得の推移を見るには貴重な資料でもあります。

今回、筆者が主張したいことは一つだけです。

景気が良くなった、給料が上がったとされていますが、我々個人がそれを実感しないのは、実際に一人あたりの可処分所得は下がってきているからです。

可処分所得が上昇に転じなければ本当の意味で個人の「景気・生活」は改善しないのではないでしょうか。

尚、今後は働き方改革(特に労働時間・残業削減)の効果が如実に表れるはずです。すなわち、一人当たりの残業代(所定外給与)は減少し、労働者の一人当たり賃金は低下する可能性が高いでしょう。働き方改革は、マクロ的に見れば、消費増税と共に景気を冷やす効果となります。個人にとっては景気が改善しない時期が続きそうです。