銀行員のための教科書

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日本では本当に労働所得格差が広がっているのかという素朴な疑問

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「日本は労働所得格差が広がっている」と聞いても大半の方は違和感を持たないのではないでしょうか。

非正規雇用者数が増えてきたことは誰もが知っています。

「生活が苦しい」というような話はニュースやネットに溢れています。以前は、NHKのニュースで取り上げられた20歳代の女性の毎月の食費が5万円だったことが「高いか安いか」という論争が起こり、話題になったこともありました。

しかし、このような話は読み物としては面白いかもしれませんが、日本全体の状況を必ずしも捉えているとは限りません。

今回は、日本の労働所得の現状について、少し確認していきたいと思います。

 

収入分布の動向

今回のテーマ「日本では本当に労働所得格差が広がっているのかという素朴な疑問」を解消するのには、ちょうど良い資料があります。「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて-令和4年2月」という内閣府が発表したものです。今回の記事では、日本の全体像を見る観点から、この「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて-令和4年2月」と題した内閣府政策統括官(経済財政分析担当)が発表した報告書から抜粋、引用し、更に加筆修正をしています。

 

非正規雇用者は、正規雇用者と比べて、平均してみれば時給が低く労働時間は短い傾向にあります。非正規雇用者が増加してきたと言われますが、労働所得(雇用者が仕事から得た年間収入)の分布にはどのような変化がみられるのでしょうか。 

まずは以下のグラフをご覧下さい。

<年間収入の分布>

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(出所 「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて」)

このグラフでは、実線が2019年、点線が2002年の値を表しています。

2019年の正規雇用者の年間収入の分布をみると、男性では200~1,000万円未満の所得層が大部分を占めており、300万円台と500~700万円未満の所得層でそれぞれピークがみられます。そして、女性の正規雇用者では200~700万円未満の所得層が大部分を占めており、200万円台でピークがみられます。

2002年と2019年を比較すると、男女ともに分布のピークは変わっていないものの、女性の正規雇用者については100~200万円未満の所得層の人数が減少する一方、300~700万円未満の所得層の人数が増加していることが分かります。 

次に非正規雇用者の年間収入の分布をみると、2019年のパート・アルバイトは男女ともに300万円未満の所得層が大部分を占めています。

2002年と2019年を比較すると、パート・アルバイトの男性の人数が少ない状況に変わりはない一方で、女性の人数は50~300万円未満の幅広い所得層で増加しています。ただし、女性のパート・アルバイトの年間収入のピークは50~100万円未満で変化はありません。

もう一つグラフを見ましょう。以下は契約・嘱託・派遣者のグラフです。人数が前掲のグラフとは異なることに注意が必要です。

<年間収入の分布>

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(出所 「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて」)

2019年の派遣や契約・嘱託の年間収入をみると、男女ともにピークは200~300万円未満の所得層となっており、2002年と比べてこの層の人数が大きく増加していることが分かります。

以上を確認すると、日本は、パート・アルバイトの非正規雇用者の増加等に伴い、収入分布の二極化が進行していることは間違いないと言えます。

 

労働所得の分配状況

2002年以降の労働所得の分布の変化をみると、前掲グラフで確認した女性のパート・アルバイトや男女の契約・嘱託、派遣労働者の増加等を背景に労働所得が300万円未満の所得層の割合が増加傾向にあります。一方で、500万円以上の所得層の割合は、1,500万円以上の層を除いて減少傾向となっています。それを示したのが以下のグラフです。

<労働所得の分布の変化>

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(出所 「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて」)

この労働所得の分布について、格差を示す代表的な経済指標であるジニ係数は、以下のグラフのように2002年から2007年にかけて緩やかに上昇した後、2017年にかけて緩やかに低下していることが分かります。

<労働所得のジニ係数の推移>

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(出所 「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて」)

ジニ係数とは、分布の集中度あるいは不平等度を示す係数で、0に近づくほど平等で1に近づくほど不平等となります。

すなわち、日本全体で見ると、上図のように労働所得の不平等度は低下しているのです。

この要因をもう少し探るために以下のグラフをご覧下さい。

<年齢階層別の労働所得のジニ係数の推移>

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(出所 「日本経済2021-2022-成長と分配の好循環実現に向けて」)

年齢階層別の労働所得のジニ係数の推移を見ると、25~34歳以外の年齢階層においてジニ係数が低下傾向にあります。そして、団塊の世代が労働市場から退出したことを背景に、ジニ係数の水準が高い55~59歳の割合が低下したことも日本全体の労働所得のジニ係数が低下していることに寄与しているものと考えられています。

尚、25~34歳の層でジニ係数が上昇していますが、2002年から2017年にかけて男性の非正規雇用比率が上昇し、労働時間が減少したことなどが背景にあると考えられています。

 

所見

以上、日本の労働所得格差について見てきました。

データから明らかであるのは、実は日本は全体で見ると労働所得の格差は縮小しているということです。

女性の正規雇用者が100~200万円未満の所得層の人数が減少する一方、300~700万円未満の所得層の人数が増加しているという良いデータもあります。

しかしながら、パート・アルバイトの女性の人数は50~300万円未満の幅広い所得層で増加していますし、派遣や契約・嘱託の200~300万円未満の所得層も増加しています。そして、500万円以上の所得層の割合は、1,500万円以上の層を除いて減少傾向にあることも事実です。

これらの要因を均すと、上図の<労働所得の分布の変化>グラフにて見て取れるように、低所得者数が増えており、一方で高所得者数が減少しているのです。結局のところ、全体がより貧しくなって(高所得者がより少なくなって)労働所得の格差は縮小しているということなのでしょう。

これが日本の現実です。

(尚、本件はあくまで労働収入を取り上げています。利子・配当等の資産収入については本記事では取り上げていませんが、社会の安定のためには労働収入がまずは大事だと筆者は考えています)