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SBIに対抗して新生銀行が導入決議した買収防衛策についての考察

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新生銀行は9月17日に取締役会を開催し、SBIホールディングスによる株式公開買付け(TOB)に対抗するため、買収防衛策の導入を決定しました。

買収防衛策は、買収しようとする特定の株主だけの議決権を低下させる「ポイズンピル」と呼ばれる種類のものです。

この買収防衛策については、SBIホールディングスを含めた株主の判断を仰ぐ必要があることから、臨時株主総会にて導入の是非が決議されることになります。

今回は新生銀行 vs SBIホールディングスで話題となっている買収防衛策について、簡単に確認していきたいと思います。

 

買収防衛策とは

そもそも買収防衛策とは何を指すのでしょうか。

国が2005年に作成した定義は以下の通りです。

<買収防衛策とは>

株式会社が資金調達などの事業目的を主要な目的とせずに新株又は新株予約権の発行を行うこと等により自己に対する買収の実現を困難にする方策のうち、経営者にとって好ましくない者による買収が開始される前に導入されるものをいう。 

(出所 経産省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」)

敵対的買収に対する防衛策は、適正に用いられれば企業価値、株主共同の利益の向上に役に立つものになる一方で、慎重に設計しなければ経営者の保身に使われ非効率な経営が温存される可能性も高いものです。

上場企業が守るべき企業統治の行動規範であるコーポレートガバナンス・コードにおいて、買収防衛策については、以下のように記載されています。

【原則1-5.いわゆる買収防衛策】 
買収防衛の効果をもたらすことを企図してとられる方策は、経営陣・取締役会の保身を目的とするものであってはならない。その導入・運用については、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきである。 
<補充原則> 
1-5① 上場会社は、自社の株式が公開買付けに付された場合には、取締役会として
の考え方(対抗提案があればその内容を含む)を明確に説明すべきであり、また、株主が公開買付けに応じて株式を手放す権利を不当に妨げる措置を講じるべきではない。 

(出所 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」)

機関投資家の議決権行使の考え方も同様です。

【議案に対する考え方】
買収防衛策は、取締役会の保身を目的とするものであってはならず、中長期的な株主価値の向上に資するものであるべきと考えます。
買収防衛策を導入する企業は、導入の目的や内容を開示し、十分な説明責任を果たさなければならず、当該防衛策は、買収者・被買収者の双方にとって中立で公平な制度となるように設計され、その発動時における意思決定の透明性・妥当性が確保されるとともに、株主の同意に基づき導入・更新されるべきと考えます。

(出所 三井住友トラスト・アセットマネジメント「責任ある機関投資家としての議決権行使(国内株式)の考え方」)

では、買収防衛策として不適切な事例はどのようなものでしょうか。

 

買収防衛策を導入しても良い敵対的買収の類型とは

敵対的な買収者が株式を買い集め、多数派株主として自己の利益のみを目的として濫用的な会社運営を行うことは、その株式会社の企業価値を損ない、株主共同の利益を害することになります。

また、買収の態様によっては、既存株主が株式を売却することを事実上強要され、又は、真実の企業価値を反映しない廉価で株式を売却せざるをえない状況に置かれることとなり、株主に財産上の損害を生じさせることとなるとされています。

そのため、株式会社が、特定の株主による支配権の取得について制限を加えることにより、株主共同の利益を確保し、向上させることを内容とする買収防衛策を導入することは、株式会社の存立目的に照らし適法かつ合理的であるとされています。 

その事例としては以下が挙げられます。

  • 株式を買い占め、その株式について会社側に対して高値で買取りを要求する行為 
  • 会社を一時的に支配して、会社の重要な資産等を廉価に取得する等会社の犠牲の下に買収者の利益を実現する経営を行うような行為 
  • 会社の資産を買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する行為 
  • 会社経営を一時的に支配して会社の事業に当面関係していない高額資産等を処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるか、一時的高配当による株価の急上昇の機会をねらって高値で売り抜ける行為 

今回のSBIホールディングスのTOBは、新生銀行の業績を改善し企業価値を回復・向上することを目的としていると同社は発表しています。新生銀行を子会社することが、地域金融機関の収益力強化とそれに伴う企業価値向上を図る「第四のメガバンク構想」に有用だということでもあるでしょう。

現時点ではSBIホールディングスの動きに、上記のような不適切な買収の類型に該当するようなところは認められないのではないかと筆者は考えています。

 

現段階の買収防衛の動きは?

買収防衛策が話題となるのは、多くの投資家が買収防衛策を経営者の保身手段と考えているからです。

投資家の視点から買収防衛策が正当化されるのは、企業の本質的価値を下回る金額で企業を買収しようとする買収提案者が現れた場合、取締役会が提案者と有利に交渉を行う手段として買収防衛策を用いる場合ぐらいです。

例えば、コロナ禍における業績悪化等で企業評価が一時的に下がり、本質的価値を下回る金額で株式が取引されているときに敵対的買収に対する脆弱性が高まり、買収防衛策による一時的な保護が必要とされる場合が該当すると考えられます。

買収防衛策は特別な状況に対応するための、あくまでも一時的な手段であるというのが一般的な考え方と言えます。

少し言い方を変えると、買収防衛策を導入するということは、自社の株価が割安に放置されており、それを現経営陣は修正出来ていないということを意味するはずです。

筆者は、買収防衛策とは、あくまで、敵対的買収者との交渉時間を稼ぎ「株主にとって」有利な策は何かを議論・検討するためには有用だと考えています。

近年、日本でも根付いてきたのは、株式会社は「株主の所有物」であり、主権は株主であるという原理原則です。

株式会社において経営陣(取締役)は、従業員からの出世すごろくの「上がり・ゴール」ではありません。株主から経営のプロとして、経営を請け負う存在なのです。株式会社は社長のものではなく、株主のものです。

新生銀行は、PBRが「長らく」1倍を下回っています(他の銀行も軒並み同様ですが)。少なくとも新生銀行の株価が割安に放置されており、現経営陣はそれを修正出来ていません。

SBIホールディングスは、「2016年3月期以降ほとんどの事業年度において対象者公表の計画値が未達であり、実質業務純益及び親会社株主に帰属する当期純利益においては減少傾向が続いているものの、対象者の経営陣はかかる状況に対し抜本的な対応策を講じていないと考えております」(出所 株式会社新生銀行株式(証券コード:8303)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ)としています。そのため、TOBの目的の一つは、新生銀行の「役員の全部又は一部を変更し、最適な役員体制を実現することを可能にする議決権を確保すること」と説明されています。

要は、今の経営陣では業績改善出来なかったし、これからも期待できないので、経営陣を変えたいとSBIホールディングスは意思表示していることになります。

それに対して、新生銀行はあくまで株主が判断するための時間を確保するために、買収防衛策を導入しようとしています。SBIホールディングスのTOBに対する賛否も現時点では留保しています。すなわち、新生銀行は、経営陣の保身に見えるようには対応していません(現時点で)。

本件については、SBIホールディングスの言い分にはもっともなところはあり、一方で、新生銀行の経営陣も株主の代理人として適切に対応しているように筆者には思われます。

今後、株主総会に向けて、両社の動きがさらに活発化していくでしょう。まずは新生銀行がSBIホールディングスのTOBへどのような意思表示(賛否)を行うのか、ホワイトナイトを連れてくることが出来るのか等について注目していきたいと思います。