銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

外国人株主増加による地銀の株主還元増は悪いことか

f:id:naoto0211:20180901133755j:image

地方銀行(地銀)が投資ファンド、モノ言う外国人投資家等から配当増の株主還元を求められており、経営体力を奪うのではないかと金融当局が警戒しているとの報道がなされています。

今回は、地銀とモノ言う株主との関係について簡単に考察します。

 

報道内容

まずは全体像をつかむために日経新聞の記事を引用します。

地銀、増える外国人株主
2018/08/29 日経新聞

 株式を上場する地方銀行の経営を陰で支えてきた安定株主が消えつつある。代わりに存在感を高めているのが投資ファンドなどの海外勢だ。外国人が3分の1を保有する地銀も登場。配当増などの株主還元を求められ、経営改革が進むきっかけとなる半面、厳しい収益環境下での還元強化は経営体力を奪うと金融当局は警戒する。もの言う外国人株主の増加は、再編の呼び水となる可能性もはらむ。
 7月9日、英国の運用会社シルチェスター・インターナショナル・インベスターズが横浜銀行と東日本銀行を傘下に持つコンコルディア・フィナンシャルグループ(FG)株の大量保有報告書を提出した。すでに6.45%を保有する筆頭株主だったが、さらに株式の1%強を追加で取得した。
 7月13日には不適切融資で傘下の東日本銀行が金融庁から業務改善命令を受けたが、1カ月以上経ても売る気配はない。
 シルチェスターから見ればコンコルディアは優等生だからだ。シルチェスターは同社株の保有目的として「資本政策の変更を要求することがある」と明記し、株価を上げるため増配や自社株買いを求めてきた。これに対しコンコルディアは寺沢辰麿前社長時代から6期連続の増配で応えてきた。脱天下りのガバナンス(企業統治)改革を進める際にもシルチェスターに丁寧に意見を聞いた。
 こうした姿勢を海外勢は評価、コンコルディアの外国人株主比率は33%と地銀でトップだ。20年前の横浜銀行の比率は6.7%にすぎなかった。
 横浜銀関係者は「(00年代前半の)公的資金の返済時に、海外投資家に引き受けてもらった」のがきっかけと明かす。1990年代後半の金融危機が外国人株主の急増の遠因となった面もある。
 シルチェスターは7月初旬、岩手銀行の株も約1%買い増し保有比率は10.93%に上昇した。10年度に7%だった上場地銀の外国人株主比率は16年度に12%、18年8月時点では13.5%に達した。豪プラチナム・インベストメント・マネージメント、米ステート・ストリート・バンク・アンド・トラストなども、地銀の大株主に名を連ねる。
 日銀は7月末に金融機構局職員の論文「株主構成の変化が地域銀行の経営に与える影響」を公表した。2010~16年度の上場地銀データを使い「配当」の傾向を推計したところ、外国人投資家比率の上昇に伴い増配する傾向が強まる結果が出た。「配当支払いに引き上げ圧力がかかっている可能性」を指摘。「自社株買い」も「実施確率を高める方向。買い入れ規模も増大」と分析した。
 問題は配当原資だ。本来は本業の融資で稼いだ利益を還元するのが原則だが日銀は「近年、有価証券の益出しによって捻出する傾向もみられる」と懸念を示した。本業が苦しいのに株主還元を優先した結果、財務が悪化する構造を指摘する。
 象徴が2018年3月期決算で最終赤字に転落した福島銀行。外国人株主比率は24.5%で筆頭株主は約20%を握る米ファンド、プロスペクト・アセット・マネジメントだ。マイナス金利政策が始まった2016年3月期決算で3期ぶり最終減益だったにもかかわらず、増配を強行。17年3月期は減益幅が拡大したのに配当額を維持、利益の36%を株主に還元した。
 「地域銀行のストレス耐性に悪影響が及ぶ可能性がある」。日銀は4月の金融システムレポートで経営体力をそぎながら株主還元する地銀の姿に警告を発信。金融庁も7月、「経営計画に掲げた配当額や配当性向を維持するため、過大なリスクテイクを行っている」と初めて懸念を表明した。
 外国人投資家が経営の厳しくなった地銀に株主還元を求め続けるのには限界がある。その時に株を手放すのか、それとも経営の抜本的なテコ入れを求めるのか。いずれにせよ地銀への再編圧力が高まるのは間違いない。

これが直近の報道です。

 

金融当局の懸念

日本銀行、金融庁は、地銀の外国人株主増加に伴う株主還元強化の動きについて懸念を示してきました。

以下、日本銀行や金融庁がどのようなコメントを発表しているか、事例を確認しておきます。

<日本銀行>

「地域⾦融機関の中には、コア業務純益が減少するなかで、当期純利益の⽔準や⾼い配当性向を維持するために、有価証券の益出しを⾏う先も相応にみられる。 無理な益出しの継続は、有価証券の利息・配当収益を減少させるほか、有価証券の含み益は、経済価値ベースでは資本バッファーとして機能する⾯があることから、株主還元のあり⽅も含め、収益配分について検討を進めていくことが重要である。」 

「コア業務純益が減少しているなかでも、⾼い配当性向を維持するために、益出しを⾏っている先もみられる。特に、そうした傾向は、外国機関投資家の株主構成⽐が⾼い銀⾏においてみられる。

「⾦融機関 が従来の当期純利益や配当の⽔準を維持するために、有価証券の益出しを続けることには限界がある。また、運⽤計画に沿わない無理な益出しと配当の継続は、有価証券の利息・配当収益を減少させるほか、将来の損失吸収⼒の低下も招くことに留意する必要がある。⾦融機関は、先々の⼈⼝や企業数の減少も織り込んだ収益の中⻑期予測を踏まえたうえで、持続性の⾼い収益の確保に向けた取り組みを強化するとともに、株主還元のあり⽅も含め、望ましい収益配分について検討を進めていくことが重要である。」

「銀⾏のガバナンスの⾯では、組織体制のほかに、株主構成も変化している。地域銀⾏の株主構成をみると、近年、⾦融機関同⼠や取引先企業との株式持ち合いの解消が進む⼀⽅で、 外国機関投資家による株式の所有割合(外国機関投資家⽐率)が拡⼤しており、外国機関投資家⽐率の平均値は、2010年度の7%から2013年度には10%、2016年度には12%へと上昇している。株主は、議決権⾏使等による直接的な働きかけだけでなく、「経営に不満がある場合には株式を売却する」という市場⾏動による間接的な働きかけを通じて、 経営判断に影響を与え得る。外国機関投資家は、国内の株主に⽐べて、①投資先地域銀⾏とのビジネス上の直接的な利害関係が少ないうえ、②国際分散投資の規模が⼤きく、利回りの⾼い他国への再投資が⽐較的容易であることから、要求利回りが⾼く、経営陣への働きかけをより強く⾏う傾向があると考えられる。
こうしたガバナンスの変化は、これまでのところ、必ずしも地域銀⾏の収益⼒の変化を伴っている訳ではない。地域銀⾏を社外取締役⽐率や外国機関投資家⽐率の⾼低で2つのグループに分けたうえで、各グループの基礎的収益⼒の変化を⽐較すると、両者の間に有意な差はみられない。ガバナンスが変化してから⼗分な年数が経過していないため、 銀⾏の収益⼒への影響について結論付けるのは時期尚早であるが、⼀⽅で、ガバナンスの変化が銀⾏⾏動に影響を及ぼしている部分もある。例えば、外国機関投資家⽐率が相対的に⾼い地域銀⾏は、配当性向(配当総額/当期純利益)を引き上げる傾向がある。そうした銀⾏の中には、有価証券の益出しによって配当原資を捻出している先もみられる。また、外国機関投資家⽐率が⾼い地域銀⾏は、⾃⼰株買いも積極的に⾏い、株主への利益還元を⾏っている様⼦が窺われる。外国機関投資家⽐率が⾼い先ほど積極的に配当や⾃⼰株買いを⾏う傾向があることは、クロスセクション推計の結果からも確認 できる。

地域銀⾏は現状において充実した資本基盤を備えているが、基礎的収益⼒が向上しないまま、益出しに依存するかたちで無理な配当を継続していけば、有価証券の利息・配当収益が減少するうえ、経営体⼒のバッファーである有価証券評価益の減少を通じて、地域銀⾏のストレス耐性に悪影響を及ぼしかねない。地域銀⾏は、ガバナンス強化に向けた各種の取り組みが、持続性のある収益確保につながるよう、それらの実効性を⾼めていくとともに、中⻑期的な視点から株主還元のあり⽅について株主との間で建設的な対話を進めていくことが重要である。」 
(出典:⾦融システムレポート 2018年4月) 

 

「本稿では、2010 年度から 2016 年度の上場地域銀行を対象に、外国機関投資家の株主としてのプレゼンス拡大が銀行経営に及ぼす影響について、収益力と株主還元策(配当支払いおよび自己株買い)という二つの観点から分析する。分析結果によると、近年の外国機関投資家比率(株主に占める外国機関投資家の割合)の上昇は、収益力に対しては、これまでのところ明確な影響を及ぼしていることが確認できない。一方、株主還元策に対しては、具体的に以下の二つの方向で影響を及ぼしている可能性がある。第一に、外国機関投資家比率の上昇は、地域銀行に配当支払いの積極化を促す方向に作用している。第二に、外国機関投資家比率の上昇は、地域銀行に自己株買いの積極化を促す方向にも作用 している。このように、銀行株主における近年の外国機関投資家のプレゼンス拡大は、地域銀行に積極的な株主還元を促す方向に作用しているとみられる。」

「本稿では、2010 年度から 2016 年度の上場地域銀行のデータを用いて、外国機関投資家の株主としてのプレゼンス拡大が地域銀行の経営にどのような影響を及ぼしているか、実証分析を行った。分析結果は、以下の 2 点にまとめられる。
(1)地域銀行における近年の外国機関投資家比率の上昇は、地域銀行に配当支払いの積極化を促す方向に作用している。地域銀行の配当性向と配当比率の決定モデルの推計結果によると、配当原資を産み出す基礎的収益力が低下していくなかでも、外国機関投資家比率の上昇により、地域銀行の配当支払いには引き上げ圧力がかかっている可能性が窺われる。
(2)外国機関投資家比率の上昇は、地域銀行に自己株買いの積極化を促す方向にも作用している。ロジット・モデルの推計結果によると、外国機関投資家比率の上昇は、地域銀行の自己株買いの実施確率を高める方向に作用している。また、トービット・モデルの推計結果によると、外国機関投資家比率の上昇は、自己株買いにおける買入れの規模も増大させて いる。
このように、銀行株主における近年の外国機関投資家のプレゼンス拡大は、 地域銀行に積極的な株主還元を促す方向に作用しているとみられる。」

(出典:日本銀行ワーキングペーパーシリーズ 「株主構成の変化が地域銀行の経営に与える影響」 2018年7月) 

 

<金融庁> 

「地域銀行が将来に亘って必要な自己資本を維持するためには、取締役会等において、将来の収益見通しやリスクを勘案したうえで、配当水準の合理性・ 妥当性を検討・決定し、ステークホルダーに対して説明責任を果たしていくことが必要である。」

(出典:平成 29 事務年度 地域銀行モニタリング結果とりまとめ) 

「地域銀行においては、将来に亘って健全性を維持することを念頭に、まずもって有価証券運用に過度に依存しないビジネスモデルを構築する必要がある。そのうえで、有価証券運用に関しては、取締役会等において定めたリスクテイク領域やリスクテイク上限、許容できる含み損の範囲内でリスクテイクしていくことが必要であり、計画上の当期純利益、配当、配当性向を確保するために、その範囲を超えることがないよう留意すべきである。」

(出典:地域銀行有価証券運用モニタリング 中間とりまとめ)

 

以上が金融当局が懸念を示している事例となります。

 

所見

そもそも、企業の所有者は株主であって、経営陣(取締役)の所有ではありません。企業価値を向上させられない経営陣は退任するしかない、そのような仕組みが株式会社なのです。経営陣は株主から経営を委託されているのであって、経営陣が株主を選んでいるのではありません。

もちろん企業は従業員のものでもありません。雇用が失われるからといって事業の切り離しを行わないのは株主の価値とは相反するものかもしれません。

経営陣が行うべきはシンプルに考えれば、「中長期的な」株主価値の向上を図ることしかないのです。この、正論・原理原則を貫かなければ株主から経営陣は否定されることになる可能性が高くなってきているのです。

「正論は優しくない」ことが往々にしてあります。それでも、上場企業はその正論を考慮しなければなりません。

上場企業は「誰でも株式を買える」ように上場しているのです。上場企業は株主を選べないのです。モノ言う株主・アクティビストからの厳しい主張・提案を受けたくないのであれば、割高な企業になるしかないのです。割高な企業の株式をモノ言う株主・アクティビストは購入しません。隙のある割安な企業の株式を購入するのです。これは厳然たる事実です。

上場企業は、広く資金を集めるために上場した代わりに、厳しい株主からの主張にもさらされるのです。それが嫌ならば非上場化するしかないでしょう。

以上のことから、筆者は究極的にはモノ言う株主・アクティビストは悪だとは思っていません。日本においては「必要悪」といえるのかもしれませんが、株式市場にはむしろ必要な機能だと考えています。

株主は基本的には「中長期的な」利益成長、株主還元を求めていると言えます(もちろん、短期的な利益を求める株主も多数存在することは事実ですが)。しかし、ROEの向上を求めている通り、少ない資本で利益を中長期的に計上すること、余った資本は株主に還元することを株主は求めています。

一方、日銀・金融庁が求めているのは「中長期的な」金融システムの安定であり、銀行の安定的な存続です。そのためには、厚い資本が存在した方が安定性が増します。

もちろん、地銀は企業としての安定的な(中長期での)存続=利益成長を目指しています。

すなわち、これら三者間では利益相反があります。一方で、三者間に共通するのは「中長期的」というキーワードでは結ばれるしかありません。

中長期的に、利益を安定的に成長させることができれば、地銀は存続し、金融システムは安定すると共に、株主は投資リターンという形で満足することができます。

今回の金融当局の指摘は、この中長期的安定が、無理な株主還元(配当・自社株買い)圧力で難しくなっているのではないか、という懸念です。

地銀は、外国人株主だろうと、日本人株主だろうと、この企業の存続と株主還元とのバランスについて、株主へ説明を尽くすしかありません。これが地銀の経営者の責任であり、金融当局の懸念への対応なのではないでしょうか。

なお、株主が地銀に株主還元を迫るという事象について、筆者は理解できます。

PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る地銀が多い状況では、教科書的に言えば「地銀が会社を清算してしまった方が株主にとっては利益」となります。地銀の経営者は、株価を上げない限り、株主から預かっている資本を有効に活用して経営しているとは言えません。それならば、株主としては少しでも、自分が預けている資本を返してもらい、違う投資先に再投資したいと考えるでしょう。これが普通の考え方なのです。

暴論かもしれませんが、地銀の既存のビジネスモデルは終焉しつつあるのかもしれません。その場合、株主は何を考えるでしょうか。

現段階での会社清算を考えるか、できるだけ早くに株主還元でキャッシュを確保しておきたいと考えるのではないでしょうか。もしかしたら、今起きている状況はこのようなものなのかもしれません。