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毎日新聞社が「減資によって中小企業になる」ということの意味

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毎日新聞社が2021年3月に資本金を現在の41.5億円から1億円に減資すると報道されています。

毎日新聞社は、継続している購読者の減少に加え、コロナ禍による広告費収入の減少によって厳しい経営環境にあることが想定されます。

毎日新聞社が資本金を1億円に減資することは、毎日新聞社にとってどのような意味があるのでしょうか。

今回は毎日新聞社の1億円への減資について確認してみたいと思います。

 

報道内容

まずは今回の毎日新聞の動きを確認しましょう。以下日経新聞の記事を引用します。

毎日新聞社、資本金1億円に減資 節税目的
2021/01/19 日経新聞

 毎日新聞社が3月に資本金を現在の41億5000万円から1億円に減資することが19日、分かった。取り崩した資本金は純資産の「その他の資本剰余金」に充てるが、用途は明らかにしていない。資本金を、税制上は中小企業の扱いとなる1億円以下にすることで節税する。
 15日に開いた臨時株主総会で承認された。純資産の総額は変わらず、発行済の株式総数にも変更はないという。毎日新聞社は減資の目的について「グループ全体への適切な税制の適用を通じて財務内容の健全性を維持するとともに、今後の資本政策の柔軟性および機動性の確保を図るため」と説明する。
 毎日新聞社の2020年3月期の単独売上高は前の期比10%減の880億6200万円。最終損失は69億6800万円の赤字(前の期は5億3700万円の赤字)と赤字幅が拡大している。20年3月末の自己資本比率は3%だった。 

この記事にある通り、毎日新聞社が減資を行う目的は、税制上で中小企業という扱いを手に入れるためでしょう。

毎日新聞社はかなりの赤字を計上し、債務超過寸前です。コスト削減を少しでも図りたいという動きは理解できます。

 

減資とは

最初に「減資」とは何かを確認しておきましょう。 

「資本減少」の略で企業が資本金の額を減少させること。減資は、会社財産の一部を株主に返還して、会社の事業規模を縮小する「実質上の減資」と株主に対して払い戻しを行わず、額だけを減らす「形式上の減資」の二つに大別される。株式会社が減資をする場合は、株主の利益を守るため、原則として株主総会の特別決議を必要とする。

(出所 野村證券/証券用語集)

今回の毎日新聞の減資は、上述の「形式上の減資」に該当するものと思われます。

簡単に言えば、会計上の操作でしかありません。イメージとしては以下の無償減資(=形式上の減資)の事例を見ると分かりやすいでしょう。 

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(出所 Globis 知見録)

この事例だと資本金が2,000ある一方で、過去の決算における損失の結果として▲1,500の繰越欠損金が存在します。この時、資本金2,000を減資して500とし、残り1,500で繰越欠損金の赤字を埋めるというようなことを企業はすることがあります。

今回の記事では、その理由までは触れませんが、あくまで会計上の操作でしかないと認識しておけば良いでしょう。

形式上の減資を行っても、資本金の額は変わりますが、純資産(もしくは自己資本)の額は変わりません。言い方を変えれば、自己資本比率は変わらないということになります。

 

資本金を1億円とするメリット

では、なぜ毎日新聞は「資本金を1億円にしよう」と考えたのでしょうか。

この理由は、前述の日経新聞の記事で触れられていた「節税」にあると考えて間違いないでしょう。

毎日新聞社のような大企業が資本金を1億円以下まで減少させることは確かに珍しいため、ニュースになるのも分かります。

資本金を1億円にする節税策で有名なのはシャープの事例でしょう(あと吉本興業の事例も知られています)。

シャープが経営再建策の一環として発表した資本金1億円への大幅減資は、当時大きな批判を浴びました。まさに毎日新聞社と同じように資本金を中小企業並みの1億円にする予定でしたので「マスコミなどからは税金逃れとの批判が集中」しました。これを受けてシャープは急遽、資本金を5億円までの減資に留め、大企業としてのステータスを維持しました。

今回の毎日新聞社は、この時のシャープと同じことを、今度は自らがやろうとしていることになります。

では、資本金を1億円とし、中小企業の扱いを受けるとはどのようなことなのでしょうか。

日本の税法上は、資本金が1億円超か1億円以下かで税金負担が大きく変わります。

税法では資本金1億円超の企業を大企業、1億円以下の企業を中小企業と区別しており、税法上の中小企業になることで大企業であっても節税が可能な領域があります。

 

資本金1億円の具体的メリット

毎日新聞社のような大企業が資本金を1億円以下にすることには相応のメリットがあります。但し、あまりにも多大なメリットがあるというほどではありません。

<メリット>

  • 法人税の税率が所得金額800万円までは、軽減税率15%が適用される(資本金が1億円を超える企業は800万円までの所得も23.2%の税率が適用)
  • 年間800万円まで無条件に交際費を損金に算入可(資本金1億円超の法人の場合には、取引先との飲食代などの交際費の50%が損金算入可)
  • 過去10年以内に発生した繰越欠損金のうち、その事業年度の所得金額までを控除可(資本金1億円超の法人の場合、過去10年以内に発生した繰越欠損金のうち、その事業年度の所得金額の100分の50までを当期の所得金額から控除可)※要は所得額をゼロに出来るか、2分の1に留まるかという違い
  • 30万円未満の小額減価償却資産を年間300万円まで全額損金に算入可
  • 法人事業税の外形標準課税の対象外
  • 法人住民税の均等割額が少額に

上記は資本1億円になる主なメリットですが、この中では外形標準課税の対象外となることが最も影響が大きいかもしれません(毎日新聞社が黒字回復できるのであれば、所得金額の控除の方がメリットあると思いますが)。

今までの法人事業税では所得に対して課税するため、大企業であったとしても所得が赤字であれば納税を免れることになっていました。外形標準課税は、行政サービスを享受している企業がそれに見合った税を負担するという応益負担の原則を根拠としているものです。要は黒字でも赤字でも行政サービスの負担をしろ、ということです。

ただし、この外形標準課税は資本金が1億円以下の企業にはそもそも課税されません。

大企業であっても合法的に節税することが可能になります。毎日新聞社の場合はデータが分かりませんが、数億円程度の節税になる可能性は十分にあるでしょう。

 

減資によるデメリット

では逆に、毎日新聞社が資本金を1億円まで減資することについてのデメリットはないのでしょうか。

強いて言うなら「経営が苦しい」ということが話題となってしまうということでしょう。資本金を減資して他の科目に振り替えようと、純資産という同じくくりであることに違いはありません(外部流出しなければ)。財務内容に影響がある訳ではないのです。そのため、信用力に本質的に悪影響を及ぼすことはありません。

そのように考えると毎日新聞社の減資による最大のデメリットは、このような手法を取ろうとする大企業が他に出てきた時に、マスコミとして批判しづらくなるというのがあるでしょう。

シャープの時には、マスコミが批判して1億円への減資を撤回させました。そのような動きが今後はさすがにやりにくくなるのではないでしょうか。

 

まとめ

税制上は事業規模とは関係なく資本金の額だけで「大企業」「中小企業」が分類されます。毎日新聞社のように、減資することによって実態が大企業であっても、中小企業向けの優遇税制を利用できてしまうことの是非については今回の記事では触れません。

しかし、毎日新聞社のような資本金1億円以下への移行という節税策は、デメリットがほとんどなく、非常に有効な策です。次々と大企業が後を追えば、政治としても何らかの対応策を見せるでしょう。

そして、毎日新聞社は自らの生き残りをかけてコスト削減にまい進する中で、合法ではあるものの、道義的には社会から批判されかねない策を採用することになりました。他のマスコミがこのニュースをどのように採り上げるのかについては筆者も興味があります。また、次に同様の節税スキームを採用した企業が出てきた時に、どのような報道をするかも興味深いところです。

やはり、マスコミはある程度は財務内容が健全で、収益を上げていなければ、中立的に報道ができないということなのかもしれません。