銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

コロナショックの影響で資金繰りが厳しいのは本当に中小企業なのか?

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新型コロナウイルスの感染拡大で、企業の資金繰り悪化が懸念されています。

政府は、資金繰りの悪化が懸念される中小企業に対し、地方銀行や信用金庫など民間金融機関経由でも無利子・無担保融資を実施することを決め、事業継続に向けた給付金措置の創設も固まったと報道されています。

現在、中小企業の事業継続、資金繰り対策に焦点が当たっているように思われますが、日本全体で見た場合、企業の現預金保有状況はどのような状況なのでしょうか。中小企業だけが資金繰りが厳しい状況なのでしょうか。

今回は、日本全体における企業の現預金保有状況・資金繰り状況について、簡単に確認してみましょう。

 

調査の元データ(法人企業統計調査)

日本で新型コロナウィルスの感染が確認されたのは2020年1月中旬です。

そして、内閣官房に設置された専門家会議が2月24日に「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と見解を示し、安倍首相が2月26日にイベントの自粛を、そして27日に小中高校の全校休校を要請しました。

消費が急激に落ち込んできたのは2月下旬以降でしょう。3月に入ると更に状況は悪化しているものと思われます。

そのような中で、売上が無くなった企業はどの程度の期間を持ちこたえることが出来るのでしょうか。

今回は、企業の現預金が売上高(月商)の何ヵ月分あるかを確認します。当然ですが、企業は売上で全ての経費を賄っているはずです。実際には売上高よりは少ない額が経費としてキャッシュアウトしているはずではありますが、一つの参考にはなるでしょう。

元データは法人企業統計調査を用います。この統計には、業種別・規模別の企業の平均的な財務状況、売上高・損益等が集計されています。今回は、この統計から「企業の現預金」「有価証券(換価性が高いため)」「売上高」をピックアップし、企業の手元流動性(≒すぐに使えるおカネ)が月商の何ヵ月分あるかを推計します。尚、売掛金・受取手形等の流動資産は比較的短期間でキャッシュ化出来ますが、一方で買掛金・支払手形等の流動負債もあるため、今回の資金繰りを考える上では考慮外とします。

 

法人企業統計のデータ

それでは早速にデータを確認していきましょう。

2018年度法人企業統計(出所 法人企業統計調査 時系列データ https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003060791)より、金融業・保険業を除く企業のデータを抜粋したものが以下です。

 

全規模(除く金融保険業)>

  • 2,815,711社
  • 現預金 223兆円
  • 有価証券 9兆円
  • 売上高 1,535兆円(年度)、128兆円(平均月商)
  • 手元流動性=(現預金+有価証券)÷平均月商=1.8ヵ月

<資本金「10億円以上」(除く金融保険業)>

  • 5,026社
  • 現預金 67兆円
  • 有価証券 7兆円
  • 売上高 590兆円(年度)、49兆円(平均月商)
  • 手元流動性=1.5ヵ月

<資本金「1億円以上10億円未満」(除く金融保険業)>

  • 24,961社
  • 現預金 30兆円
  • 有価証券 0兆円
  • 売上高 298兆円(年度)、25兆円(平均月商)
  • 手元流動性=1.2ヵ月
<資本金「5千万円以上1億円未満」(除く金融保険業)>
  • 62,847社
  • 現預金 25兆円
  • 有価証券 0兆円
  • 売上高 167兆円(年度)、14兆円(平均月商)
  • 手元流動性=1.8ヵ月 

 <資本金「5千万円以上1億円未満」(除く金融保険業)>

  • 926,820社
  • 現預金 101兆円
  • 有価証券 1兆円
  • 売上高 514兆円(年度)、43兆円(平均月商)
  • 手元流動性=1.8ヵ月 
<資本金「1千万円以上5千万円未満」(除く金融保険業)>
  • 863,973社
  • 現預金 76兆円
  • 有価証券 1兆円
  • 売上高 347兆円(年度)、29兆円(平均月商)
  • 手元流動性=2.7ヵ月

<資本金「1千万円未満」(除く金融保険業)>

  • 1,858,904社
  • 現預金 26兆円
  • 有価証券 0兆円
  • 売上高 134兆円(年度)、11兆円(平均月商)
  • 手元流動性=2.4ヵ月

この法人統計を見れば分かるように、資本金が大きい大企業よりも、一般に規模が小さい資本金5千万円未満の企業の方が手元の流動性は高くなっています(あくまで平均としての話です)。

通常のイメージは、中小企業は資金繰りが苦しい一方で、大企業は多くの現預金を抱え、資金繰りには問題がないというものでしょう。

しかし、イメージと異なり、手元流動性という切り口だけであれば、中小企業よりも大企業の方が、売上が止まってしまった場合の資金繰りは厳しくなる可能性があるのです。

信用力という点では、中小企業の方が大企業よりも低い傾向にあり、 銀行からの借り入れ余力は中小企業の方が大企業よりも低いことは間違いないでしょう。

中小企業の現預金比率が高いという特徴は、中小企業と大企業の借り入れ余力の差異を反映している可能性が高いと思われます。1990年代のバブル崩壊とその後の金融危機、2008年のリーマンショック等では、銀行からの貸し渋り等にあった企業は少なくないでしょう。また、大企業は社債等の金融市場での調達も可能であるのに対して、中小企業は銀行からの借り入れに頼るしかありません。銀行に依存し過ぎないためには現預金を残しておくしかないのです。

簡単に言えば、中小企業は銀行を信用できないので、自己防衛に努めているということであり、その差が手元流動性の差になって表れているものと思います。

 

所見

現在の外出自粛の環境下では、消費は大幅に減少するしかありません。

そのような中では、現預金等の手元流動性の水準からいって、資金繰りが苦しくなるのは先に大企業・中堅企業、その後に中小企業です。

そのため、現在は大企業・中堅企業が取引銀行に借入の打診を行い、実際に借入を実施ているところもあるでしょう。

一方で、中小企業は月商対比2.4~2.7ヵ月程度の手元流動性がありますので、3ヵ月近くは売上が立たなくても乗り切ることは出来ます。しかし、インバウンド消費等をターゲットとする企業のように2月初旬から売上が減少していたりすると、 4月中には資金繰り危険な状況に陥る可能性もあります。

そのため、中小企業は資金調達に動きだしています。

政府系金融機関では、緊急融資についての相談が、2月末までの累計相談件数は約7,000件だったものが、4月1日時点には計約30万件に跳ね上がったと報道されています。3月以降は飲食、小売業からの相談が急増しているとしています。

無利子・無担保融資は、3月から政府系金融機関が始めていますが、申し込みが殺到し、貸出の実行までに時間がかかっているとの報道がなされています。

ここからは企業が存続できるか時間との勝負です。

3月から売上が急減したとすると、タイムリミットは5月のゴールデンウィーク開け、もしくは5月末頃です。

そこまでに中小企業では借入調達が出来なければ倒産が続く可能性があります。

一部報道では、中小企業融資の現場では2~3ヵ月待ちの状況とされています。特に国の信用保証を得ようとすると2ヵ月待ちの場合もあると報道されています。

それでは間に合いません。

世帯に給付金を出すにしろ、ここからはスピードが求められます。

政府の支援策のみならず、銀行も独自の方針に基づいた対応が求められます。取引先が破綻したならば被害を被るのは銀行自身です。一斉に倒産が起きたならば、不動産担保があったとしても担保処分も一斉になされるので価値は減少するでしょう。

各当事者の迅速な対応が求められます。