銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日銀の金融システムレポートに見るコロナ禍での企業資金繰り

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日本銀行(日銀)が金融システムレポートを発表しました。

このレポートは、⾦融システムの安定性を評価するとともに、安定確保に向けた課題について関係者とのコミュニケーションを深めることを⽬的として、年 2 回公表されているものです。

今回(2020年10月)公表分は、まさに新型コロナウィルス感染症拡大に焦点の当たった内容となっています。その中で取り上げられているコロナが企業の資金繰りに与える影響について、今回は確認してみたいと思います。

 

コロナの影響を受ける中小企業の手元資金

では、日銀の金融システムレポートの一部内容を確認していきましょう。

日銀は金融システムの安定を役割としていますので、銀行の貸出先である企業の業績動向をかなり注視しています。

まずは企業の手元資金です。

以下の図は企業の手元資金が販管費に比べて何か月分あるかを示したものです。

<手元資金販管費比率の分布(2018年度)>

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(出所 日銀「金融システムレポート2020年10月」)

新型コロナウィルス感染症拡大以前をみると、大企業では、中小企業よりも潤沢に手元資金を確保している企業の割合が高いことは一目瞭然です。

中⼩企業を業種別にみると、感染症の影響を強く受けている飲⾷・宿泊・対個⼈サービスでは、⼿元資⾦が3か⽉分の販管費を下回る先が全体の8割程度に上り、他の業種と⽐べてその割合が⾼いことが分かります。

 

売上減少率のシミュレーション

次に規模別、産業別の売上減少率を日銀はシミュレーションしています。

2020年度の売上減少率について、大企業は上場企業の個社別予測、中小企業は実質GDP成長率の民間予想で補正した短観の業種別見通しを用いて(企業毎のバラつきは勘案できていない)日銀は上記シミュレーションを行っています。

その結果が以下となります。

<売上高変動率の想定>

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(出所 日銀「金融システムレポート2020年10月」)
この結果は分かりやすく、①中小企業に、より厳しいショックが加わっていること、②中小企業の中では、影響を強く受けた飲食・宿泊・対個人サービスを中心に大幅な落ち込みが見込まれている、という2点がポイントとなります。

 

利益・資金繰りシミュレーション

以上の売上シミュレーション等を前提にすると利益と資金繰りは以下のように想定されます。

<経常利益赤字先割合と短期資金不足先割合>

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(出所 日銀「金融システムレポート2020年10月」)

経常利益をみると、2020年度の⾚字先企業の割合は、⼤企業では5%ポイント程度の上昇にとどまる⼀⽅、中⼩企業では40%ポイント以上上昇し、中⼩企業全体の約3/4が⾚字に陥る結果となっています。

この結果は、特に中⼩企業に対し利益や営業キャッシュフロー(営業 CF)の⾯でコロナが影響を与えていることを⽰しています。

企業の資金繰りの観点から、各企業の⼿元資⾦の⽔準と、想定される営業CF のマイナス幅を⽐較すると、2020年度中に営業CFのマイナスを⼿元資⾦でカバーできなくなる短期資⾦不⾜先の割合は、⼤企業ではほぼ不変にとどまる⼀⽅、中⼩企業では昨年度の8%程度から20%程度まで上昇する結果となっています。

リーマンショック時は、急速な円⾼と輸出の急激な落ち込みに伴い、製造・⼤企業への影響が相対的に強かったのに対して、今回のコロナショックは中⼩企業に対する影響の強さが顕著と言えます。

<業種別にみた短期資金不足先割合>

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(出所 日銀「金融システムレポート2020年10月」)

中⼩企業について業種別にみると、もともと⼿元資⾦が他業種対⽐少なめで、かつ営業CFの落ち込み幅が⼤きいとみられる飲⾷・宿泊・対個⼈サービスで、短期資⾦不⾜先割合が特に⼤きく上昇することが想定されています。

 

まとめ

新型コロナウィルス感染症の拡⼤に伴う売上の減少により、中⼩企業の流動性等には、リーマンショック時よりも強いストレスが加わっているとみられると日銀は結論付けています。但し、このような環境下であっても中⼩企業全体では流動性や⾃⼰資本を⼿厚く確保する先が趨勢的に増えていたため、国等による企業⾦融⽀援策が⼀切⾏われなかったと仮定した場合でも、⼿元資⾦が枯渇したり、債務超過に陥ったりしたであろう先の割合は、⾚字先割合ほど⼤幅に上昇しないとのシミュレーション結果となったと、日銀は説明しています。

今回のコロナショックは、リーマンショック時とは異なり、大企業ではなく中小企業に大きな影響を及ぼしています。そして、その中小企業の中でも、飲食・宿泊・対個人サービスに特に悪影響を与えています。

これらの業種は手元資金が相対的に薄いため、資金繰り面では厳しい環境に立たされる可能性が高かったものと思われます。

但し、企業倒産が急激に上昇している訳ではありません。

その理由は、持続化給付金、実質無利子融資、納税猶予等の公的⽀援策によって企業の資金繰りが支えられているからです。

コロナショックに対する公的支援策は、迅速かつ相応の規模で実施されました。足元では間違いなく、公的支援策が企業の倒産を防止し、雇用の急激な悪化を回避させているのです。

しかし、このままの状況が続けば、公的支援策で助かっていた企業も維持が難しくなっていくでしょう。コロナへの対応は時間との闘いなのです。