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住宅における残価設定型ローンを考える

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住宅における残価設定ローンという商品をお聞きになったことはありますでしょうか。

自動車ローンだったらご存知の方も多いでしょう。

住宅における残価設定ローンは、長年議論されてきましたが実際には普及していません。

日本における残価設定の住宅ローンは、新生銀行が2019年11月に発表した「新生パワーセレクト」しか存在していないものと思われます。

しかし、人生で最も高い買い物と言われる住宅において残価設定ローンが使えるのであれば住宅購入者個人にとっては非常に良いことではないでしょうか。

今回は、住宅における残価設定ローンについて簡単に考察しましょう。

 

報道記事 

まずは、国交省が官民で残価設定型の住宅ローンの開発に乗り出すという報道を確認しておきましょう。日経新聞からの引用です。 

住宅に残価設定ローン、返済負担を軽減 官民で開発
2020/10/12 日経新聞

 毎月の返済負担を軽くする新たな住宅ローンの開発に官民が乗り出す。国土交通省は住宅購入時の借入額と将来的な住宅価値の差額のみを返済する「残価設定型」のローンの普及に向け、2021年度にも民間の金融機関が参加するモデル事業を始める。
 残価設定ローンは借入額と将来の住宅価値の差額のみを返す仕組みだ。将来の残価をあらかじめ設定し、住宅価格から差し引いた額を分割して返済する。ローンが満期を迎えた際は(1)残価で住宅を買い取る(2)再度ローンを組む(3)家を売却する――といった複数の選択肢がある。家は残価で買い取ってもらえるため、売却すればローンは完済となる。
 借り手にとっては毎月の返済額を低く抑えられるのが最大のメリットだ。自動車では一般的な仕組みだが、住宅ローンでは昨年11月に新生銀行が取り扱いを始めた程度で普及していない。
 国交省は来年度に金融機関や業界団体などから提案を募り、残価設定ローンの推進に向けたモデル事業を実施する。試行的な取り組みだけではなく、市場への投入を前提としたプロジェクトの費用を助成して普及につなげる。
 残価設定ローンが広がらない背景には日本の特殊な住宅事情がある。日本の住宅は「建築から20~25年が経つと資産価値がほぼゼロになる」と言われてきた。風雨や湿気で住宅の劣化が進みやすいこともあるが、金融機関に建物の良質性を評価できる経験や知見が乏しい点も大きな理由だ。
 モデル事業では残価設定の肝になる将来的な住宅価値を評価する手法の研究費用や、建物の質に応じた融資額の設定方法などを特に重視して助成する方針だ。
 欧米では中古住宅の流通シェアが7~8割強に達する国もある中で、日本は10%台半ばの水準にとどまる。住宅の質に応じた市場での評価を測ることができないため、そもそも残価を設定することが難しい。
(以下略)

この記事に記載されているように残価設定型の住宅ローンは、「借入額と将来の住宅価値の差額のみを返す仕組み」です。将来の住宅価値の算定こそが最も重要なポイントとなります。日本では、20~25年もすれば住宅の建物部分の価値がゼロになると言われてきました。

日本の住宅の価値さえ落ちなければ、住宅の残価設定ローンは既に普及していたでしょう。

今までの商慣行(銀行の評価含む)と個人の認識を改めるのは簡単なことではありません。

 

残価設定型住宅ローンとは

では、まずは残価設定型の住宅ローンとはどのようなものかを確認しましょう。

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(出所 新生銀行『支払額軽減住宅ローン「新生パワーセレクト」の取扱開始について 』)

上図は残価設定ローンの説明図です。

残価設定型住宅ローンは、何よりも「毎月の元利払金が減少する」ということにメリットがあります。元本返済の金額が少ないから、同じ金利・借入期間の住宅ローンよりは月々の返済額(利息支払含む)が少なくなるのです。

しかし、上図を見れば分かるように、同じ期間で借入を行っている場合には、最終期日で残っている住宅ローン残高を一括返済することになっています。すなわち、一般の住宅ローンよりも返済を後ずれさせているだけ(先送り)という言い方も出来るでしょう。

 

新生銀行はなぜ商品を作ることができたのか

先ほど、日本の住宅は20~25年で建物価値が無くなると述べました。

では、新生銀行はどのようにして残価設定型の住宅ローンを開発できたのでしょうか。

ここで出てくるのが旭化成ホームズです。

新生銀行の残価設定型住宅ローンは、旭化成ホームズ、すなわち「ヘーベルハウスとの提携商品」であり、買取サービスがついているものです。

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(出所 新生銀行『支払額軽減住宅ローン「新生パワーセレクト」の取扱開始について 』)

新生銀行の残価設定ローンは、「最終回一括返済元本」の返済方法を上記にある通り4つの選択肢から選ぶことになります。

① 売却による完済(住み替えを希望の場合)
旭化成不動産レジデンスが、査定のうえ物件売却を支援。万一、買い手がつかなかった場合でも、同社が最終回一括返済元本金額同額での買い取りを保証しているため、物件売却後に住宅ローンが残ることは無い。

② 自己資金による完済(継続居住を希望の場合)
最終回一括返済元本を一括で支払。

③ 80 歳まで期間延長(継続居住を希望の場合)
最終回一括返済元本を 80 歳までの約定返済ローンに切り替え。

④ リバースモーゲージへ借り換え(継続居住を希望の場合)
自宅を担保としたリバースモーゲージへ借換えし、最終回一括返済元本を返済。

この上記選択肢①が、この商品のポイントです。

新生銀行の残価設定ローンは、旭化成グループの買取保証があるから成り立つのです。日本の住宅市場の慣行とでも言える「20~25年後に建物の価値が無くなる」問題を、旭化成が担保してくれるのです。

あえて言えば、新生銀行は20~25年後の住宅の価値を評価することができるようになったから住宅における残価設定ローンを作った訳ではないということです。

旭化成は、自社の住宅を売るために残価設定型のローンの買取保証を行ったのでしょう。住宅ローンの対象となるのは当然ながら「へーベルハウス」です。そして、対象地域を、東京都、神奈川県の一部エリアと限定し、日本では住宅の流動性が高い地域のみを対象として、少しでもリスクを減少させています。

 

残価設定型住宅ローンの意義

住宅購入者にとっては、残価設定型の住宅ローンはメリットもあるでしょう。買取保証があるために住宅ローンの残高が将来的に残るリスクが減少しますし、何よりも月々の返済額が少なくなるからです。

但し、これは住宅メーカーが自社の住宅販売促進のために将来のリスクを取っているだけに過ぎません。

日本の大きな問題は「家余り」です。

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(出所 総務省「平成 30 年住宅・土地統計調査」)

2018年10月1日現在における我が国の総住宅数は6,240万7千戸、総世帯数は5,400万1千世帯となっています。

総住宅数と総世帯数の推移を比較すると、1963年までは総世帯数が総住宅数を上回っ
ていましたが、1968年に逆転し、その後は総住宅数が総世帯数を上回って推移しています。

すなわち、日本は既に住宅が余っているのです。

日本の住宅は「フローからストックへの流れ」となっていくはずです。日本の住宅市場は新しい建物を建ててばかりでした。しかし、それにも限界が来ているでしょう。何といっても住宅が余っているのですから、安く空き家を借りた方が経済的となる可能性が高いのです。マクロ的に見れば、日本はフロー(新築)からストック(中古)の住宅マーケットに推移していくはずなのです。それは我々が貧しくなってきたことにもあります(ここで「貧しさ」については触れませんが、実感はあるかと思います)。

では、残価設定型の住宅ローンは、住宅市場にどのような影響を与えるのでしょうか。

筆者にとっては、家余りの中で更に家を建てるための施策としか思えません。

中古住宅に適用されるならば面白いとは思いますが、現時点では住宅メーカーの販促手段でしかないため、中古住宅への適用はまだまだ先でしょう。二次的に流通する住宅の残価までリスクを取るのは非常に難しいのではないでしょうか。

国交省が目指すものが残価設定型のローンだとして、これは中古住宅にまで適用可能になるのでしょうか。そして国交省は根本的な問題である「20~25年経つと住宅建物の価値が無くなる」問題を解決できるのでしょうか。この問題が解決できなければ、残価設定型ローンも本質的には成り立たず、日本の住宅マーケットも「新築偏重」のままになります。今後の議論について注視したいと思います。