大相撲夏場所の開催予定日が迫ってきています。
発令された緊急事態宣言に伴い、2週間の延期が発表された大相撲夏場所は、現時点では、5月24日初日、6月7日を千秋楽として、東京・両国国技館で開催される予定です。
この大相撲夏場所も開催が厳しいのではないかと報道されていますが、日本相撲協会では、開催可否についてはまだ判断しないとしているようです。
プロ野球は5月中の開幕断念と報じられる等、他のプロスポーツ等が次々と延期されていく中、大相撲はまだ開催を模索しているようです。
大相撲は日本の国技なのですから、力士の安全と健康に万全を期して欲しいと考える方もいるでしょう。しかし、報道からみると日本相撲協会は、夏場所の開催を望んでいるように感じられます。
この要因について、日本相撲協会の決算を見ながら考察していくことにしましょう。
日本相撲協会の決算
「日本相撲協会の決算を見たことがあるか」と聞かれると、多くの方は戸惑うかもしれません。
日本の国技に決算は関係ないと感じるかもしれませんが、大相撲を運営するのは公益財団法人日本相撲協会です。そして法人である以上、日本相撲協会にも決算は存在します。
では、日本相撲協会の決算はどのようなものでしょうか。
簡単に確認してみましょう。
<令和元年12月期(2019年1~12月)決算>
【正味財産増減計算書(損益計算書)】
- 経常収益 124億円
- うち相撲収益 106億円
- うち受取寄付金 4億円
- 経常費用 120億円
- うち給料手当 40億円
- うち賞与 9億円
- うち退職給付費用 5億円
- うち法定福利費・福利厚生費 10億円
- うち力士等奨励金 4億円
- うち力士等養成費 14億円
- うち相撲協会の管理費(人件費等) 6億円
- 当期一般正味財産増減額(当期利益) 2億円
日本相撲協会は、収入124億円のうち106億円を大相撲の入場料や放映権で稼いでいます。大相撲と言えば寄付金が多いように感じますが、日本相撲協会に入る寄付金は4億円弱でしかありません。そして、その支出のほとんどは、力士の人件費・育成に関わるものです。最終的な利益は2億円ですので、そんなに余裕がある訳ではありません(少なくとも協会の決算上は)。
では、日本相撲協会は損益に余裕がないとしても、国技と言われるぐらいですから、資産はかなり保有しているのではないでしょうか。次に主な資産を見ていきます。
<令和元年12月期(2019年1~12月)決算>
【貸借対照表】
- 現金預金 34億円
- 土地 94億円
- 定期預金 1億円
- 退職給付引当資産 55億円
- 役員退職慰労引当資産 4億円
- 減価償却引当資産 122億円
- 国技館改修基金 37億円
- 公益目的事業用資産 30億円
- 管理目的用資産 20億円
- 建物 33億円
- 建設仮勘定 36億円
日本相撲協会の負債は合計94億円で借入はありません。資産に占める正味財産の比率(いわゆる自己資本比率)は8割であり、財務内容は非常に健全と言えます。
そして日本相撲協会全体で言えば、資産は473億円あり、特定資産も含めると現預金、金銭信託、社債等で303億円を保有しています(主に定期預金)。非常にキャッシュリッチな法人と言えるでしょう。
協会が大相撲夏場所を開催したい理由
上記のように日本相撲協会は収益はトントンのレベルでも、キャッシュリッチであり多額の資産を保有している法人です。
それでも大相撲夏場所の開催を強く模索している理由はどのようなものなのでしょうか。やはりファンのことを考えてくれているのでしょうか。
筆者は、ここに財務上のポイントがあるのではないかと考えています。
日本相撲協会は公益財団法人です。
決算上、ほとんどのキャッシュが蓄えられている特定資産(268億円)は、特定の目的のために使途、保有又は運用方法等に制約が存在する資産をいいます。そして、特定資産は、①目的、②積立ての方法、③目的取崩の要件、④目的外取崩の要件、⑤運用方法、が通常は定められています。
簡単に言えば、特定資産は簡単には目的外に使用できないのです。
一方で、日本相撲協会が(ある意味で)自由に使える現預金は34億円しかありません。
経常費用のうち、力士等の協会員に関する人件費、福利厚生費や相撲協会の管理費(これも人件費等)は88億円あります。
すなわち、少なくとも今のままだと年間に90億円程度は支出が必要なのです。日本相撲協会が保有し使える現預金は、人件費を削らなければ、年間で最低でも支出が必要となる費用の4ヵ月分しかないのです。
そのため、日本相撲協会は何とかして、収入を稼がなければなりません。
日本相撲協会には、無観客試合だろうと、大相撲の場所を開催すれば、NHKからは一場所で5億円程度の放送権料が入ってくると言われています。露出があり、盛り上がりがあれば寄付も期待できるかもしれません。
大相撲は年間六場所があり、NHKからの放送権料は年間30億円とされています(相撲関連収入の約1/4)。
この貴重な放送権料を獲得するために、日本相撲協会は最後まで無観客試合での場所開催を模索するのではないでしょうか。
筆者は、日本相撲協会は表面上はキャッシュリッチだが、このような想定外の事象では自由に使えるお金が足りないため、夏場所の開催を模索しているのではないかと考えています。 (もちろんファンのことも考えてくれているとは思いますが)