銀行員のための教科書

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新型コロナの逆風でANAの青い翼は折れないのか?

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新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません。

日本からの渡航制限や入国後の行動制限等がなされている国も多く、外務省は3月25日には日本国民に対して全世界への渡航自粛も要請しました。航空業界にとっては強い逆風となっています。

日本の航空大手である全日本空輸(ALL NIPPON AIRWAYS、以下ANA)は、3月末からの1カ月間、国際線の7割、国内線の2割を運休・減便し、客室乗務員は5000人を一時休業させる方針と報道されています。

オーストラリアの航空調査会社は、コロナの影響で「5 月末までに大半の航空会社が経営破綻する」可能性があるとの見方を示していると報道されています。もちろんANAも旅客が急減していることが想定されます。企業の資金繰り状況は問題ないのでしょうか。今回はANAの資金繰りについて簡単に考察します。

 

2020年3月期3Qの決算数値

では、ANAの資金繰りについて確認していきましょう。

まずは、ANAの2020年3月期 3Q (2019年4〜12 月、9カ月)決算で、営業費用について確認します。ANAの決算では、航空事業が売上と利益の大半を占めています。航空事業の営業費用の内訳は以下となります。

  • 燃油費・燃料税 2,462億円
  • 空港使用料 932億円
  • 航空機材賃借費 970億円
  • 減価償却費 1,244億円
  • 整備部品・外注費 1,285億円
  • 人件費 1,591億円
  • 販売費 818億円
  • 外部委託費 1,917億円
  • その他 1,609億円
  • 営業費用計 12,831億円
  • 12,831億円÷9カ月=1,426億円
すなわち、ひと月当たり1,426億円の会計上の費用がANAの航空事業で発生していることになります。これが前提として押さえておくべき数字です。
 

資金繰りの試算

一般的に航空会社は機材のリース料や人件費等の固定費が重い業態です。収入が落ち込むと途端に資金繰りが厳しくなります。これはANAだろうと、JALだろうと変わりません。
オーストラリアの航空調査会社CAPAは「5 月末までに大半の航空会社が経営破綻する」可能性があるとの見方を示していると報道されています。
ではANAの状況はどうでしょうか。
営業費用のうち運休・減便があったとしても費用として発生するであろうと思われる項目は以下の通りです。
  • 航空機材賃借費 970億円
  • 減価償却費 1,244億円
  • 人件費 1,591億円
  • その他 1,609億円
  • 「固定」営業費用計 5,414億円
  • ひと月当たり 602億円
加えて、以下の項目の営業費が変動費化されていると仮定し、55%の運航率(45%の減便※)で発生する費用を仮に以下とします。
(※ANAは国際線と国内線の売上高がほぼ同額。その上で、国際線7割、国内線2割の運休・減便は、全体の45%の減便と仮定) 
  • 燃油費・燃料税 2,462億円
  • 空港使用料 932億円
  • 整備部品・外注費 1,285億円
  • 販売費 818億円
  • 外部委託費 1,917億円
  • 「変動」営業費用計 7,414億円
  • 合計 7,414億円×55%÷9カ月=ひと月当たり453億円
すなわち、ANAは602億円+453億円=ひと月当たり1,055億円の費用が足元では発生する構造になっているものと想定します(非常に簡易な試算ですが)。このうち、減価償却費(ひと月138億円)は会計上の費用ではあるものの、実際にキャッシュが流出するものではありません。よって、55%の運航率の場合、ひと月当たり917億円(=1,055億円-138億円)のキャッシュベースの費用が発生しているのがANAの現状と想定されます。
ANAの2月は、旅客数が国内線で3,122,325人(前年同期比▲4.6%)、国際線569,460人(▲25.2%)でした。3月は不明ですが、報道ではANAの4月の国内線予約は前年同月比6割減と低迷している(2020年3月23日付日経新聞)とされています。
3月も旅客はゼロではないでしょうが、限りなく減少していることが想定されます。
そこで、ほとんど売上が無い状況でどの程度の間、会社が持ちこたえることが出来るかを試算してみます。
 
【2019年12月末時点の状況】
自己資本 11,659億円、同比率42.3%
現預金 1,268億円
有価証券(流動資産) 2,632億円
現預金+有価証券=3,900億円
一年内返済・償還予定の長期借入金・社債 1,032億円
投資有価証券(固定資産) 1,711億円
 
ANAの自己資本比率は約4割であり、自己資本の額は1兆円を超えています。赤字がしばらく続いたとしても相応に持ちこたえる体力はあります。
資金繰り面では、2019年12月末時点の現預金+有価証券は3,900億円ありますので、2020年3月期中の資金繰り破綻は考えられません。
仮に12月末時点の現預金等の残高がそのまま2月まで維持されていたとした場合(旅客数・搭乗率等から考えるとそんなにずれていないものと思います)、3月の収入がなかったとしても、2019年12月末の現預金等3,900億円−ひと月当たり支出917億円=2,983億円の現預金等残高となり2020年3月末を迎えます。
2,983億円÷917億円=3.25カ月となりますので、顧客からの売上がほとんどない状況が続いた場合には、5月末まではともかく6〜7月にはキャッシュが尽きる可能性が出てきます。
そういう意味では、オーストラリアの航空調査会社の想定はANAにも当てはまります。
尚、ANAの場合は、有利子負債が8,481億円あります。このうち1,032億円が1年以内に返済・償還期限を迎える借入金・社債です。もし、銀行が借入を渋ったり、社債が発行出来ない場合には、資金繰りの問題が発生することになる可能性はあります。但し、この借入金・社債については、いざとなれば投資有価証券1,711億円を売却すれば対応可能だと思われます。
余談ですが、JALは一度破綻しているため財務体質はANAよりも良くなっています。有利子負債は1,562億円しかなく、自己資本比率は約6割とANAの約4割を上回っています。 
 

所見

これから旅客需要が完全になくなると、ANAは半年程度で資金繰り面で大きな問題を抱える可能性はありますが、これは極端な想定でしょう。

ANAは、銀行との強固なリレーションを有し、社債マーケットでも調達実績のある企業です。暫くの間は銀行からの借入で資金繰りを手当することも十分に可能でしょう。現時点で過度に資金繰り破綻を心配する必要はありません。
それでもコロナの逆風が長引けば、公的な支援を仰がなければならなくなる状況はあまり遠くない未来(年内)には訪れるものと思われます。これはJALと状況はほとんど変わりません。
 
そうならないようにコロナウィルスの問題が一刻も早く収束することを祈るしかありません。
尚、原油価格が急落しています。燃料費が減少するので、ANAの業績にはプラスの要素があると考える方もいらっしゃるでしょう。確かに業績にはプラス(費用が減少する)に働きます。但し、ANAは燃油費に対してヘッジ取引をしており、急激な変動を抑制しています。年度別ヘッジ概況(2019年12月末時点)としては、以下の通りであり2020年度としては現時点で25%分をヘッジ済です。

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(出所 ANAホールディングス株式会社説明会 2020年3月期第3四半期決算説明会資料)

JALの同時期のヘッジ比率は40%ですので、JALよりは原油価格の急落が業績にプラスに働くことにはなります。

いずれにしろ、重要なのはANAが乗客および貨物を輸送再開できるようになることです。新型コロナウィルスの影響により世界のヒト・モノの流れが滞る期間が長くなれば、ANAには非常に重大な問題を引き起こします。早期の収束を祈ります。