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飛べないJALの資金繰りは大丈夫か?

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新型コロナウィルスの影響が拡大しています。 日本からの渡航制限や入国後の行動制限等がなされている国も多く、航空業界にとっては強い逆風となっています。

日本航空(JAL) は、2020年3月19日に羽田一上海線の運体期間を冬ダイヤ最終日の3月28日まで延長するなど、国際線57路線のうち43路線1678便を冬ダイヤ期間中に運休、減便すると発表しました。これにより、 3月22日から28日までの1週間は、 当初計画に対して45%を減便することになります。

オーストラリアの航空調査会社は、コロナの影響で「5 月末までに大半の航空会社が経営破綻する」可能性があるとの見方を示していると報道されています。もちろんJALも旅客が急減していることが想定されます。企業の資金繰り状況は問題ないのでしょうか。今回はJALの資金繰りについて簡単に考察します。

 

2020年3月期3Qの決算数値

では、JALの資金繰りについて確認していきましょう。

まずは、JALの2020年3月期 3Q (2019年4〜12 月、9カ月)決算で、営業費用について確認します。JALの決算では、営業費用の内訳として以下のように発表されています。

  • 燃油費 1,896億円
  • 運航施設利用費 652億円
  • 整備費 596億円
  • 航空販売手数料 139億円
  • 機材費 947 億円(機材費=航空機に関わる償却費−賃借料+保険料など)
  • サービス費 354億円(サービス費=機内・ラウンジ・貸物などのサービスに関わる費用)
  • 人件費 2,302億円
  • 旅行原価 651億円
  • その他 2,566億円
  • 営業費用計 10,107億円
  • 10,107億円÷9カ月=1,123億円

すなわち、ひと月当たり1,123億円の会計上の費用が発生していることになります。

これが押さえておくべき数字です。

 

資金繰りの試算

一般的に航空会社は機材のリース料や人件費等の固定費が重い業態です。収入が落ち込むと途端に資金繰りが厳しくなります。

オーストラリアの航空調査会社CAPAは「5 月末までに大半の航空会社が経営破綻する」可能性があるとの見方を示していると報道されています。

ではJALの状況はどうでしょうか。

営業費のうち運休・減便があったとしても費用として発生するであろうと思われる項目は以下の通りです。

  • 運航施設利用費 652億円
  • 整備費 596億円
  • 機材費 947億円
  • 人件費 2,302億円
  • その他 2,566億円
  • 合計 7,063億円
  • ひと月当たり785億円

加えて、以下の項目の営業費が変動費化されていると仮定し、55%の運航率(45%の減便)で発生する費用を仮に以下とします。

  • 燃油費 1,896億円
  • 航空販売手数料 139億円
  • サービス費 354億円
  • 旅行原価 651億円
  • 合計 3,040億円×55%÷9カ月=ひと月当たり186億円

すなわち、JALは785億円+186億円=ひと月当たり971億円の費用が足元では発生する構造になっているものと想定します(非常に簡易な試算であり減価償却費も勘案していません)。

すでに減便していたとしても、搭乗率はさらに落ちているものと思われます(JAL グループの搭乗率は2020年1月分までしか現時点では公表されていません)。

そこで、ほとんど売上が無い状況でどの程度の間、会社が持ちこたえることが出来るかを試算してみます。

【2019年12月末時点の状況】

  • 自己資本 11,825億円、同比率60.9%
  • 現預金 3,264億円
  • 投資キャッシュフロー=▲1,914億円→2020年3月通期見込▲2,320億円→2020年1〜3月で▲406億円の支出が見込まれる。
  • 約400億円の資金調達を実施予定
  • 受取手形及び営業未収入金 1,552億円、営業未払金1,754億円
  • 営業関連では未収入金と未払金のネットで▲200億円のキャッシュ流出が予定されているものの、上記ひと月当たりの営業費の支払いでカバーされると想定
  • 2020年2月はあくまでキャッシュは減少せず、3月だけで搭乗率が急激に落ち込んだものと想定

JALの財務体質は自己資本比率が6割となっており、問題ない水準です。

資金繰り面では上記を前提とすると、2019年12月末時点の現預金は3,264億円ありますので、2020年3月期中の資金繰り破綻は起こりません。仮に3月の収入がなかったとしても、2019年12月末の現預金3,264億円−ひと月当たり支出971億円=2,293億円の現預金残で2020年3月末を迎えます。

一方で、2,293億円÷971億円=2.36カ月となりますので、顧客からの売上がほとんどない状況が続いた場合には、5月末まではともかく6〜7月にはキャッシュが尽きる可能性が出てきます。

オーストラリアの航空調査会社の想定はJALにも当てはまるのです。

 

所見

JALにとって少し運が悪かったのは、3Qで企業年金基金へ827億円の拠出を行ったことです。財務体質強化、退職給付費用の削減等、財務戦略としては良い選択だったのですが、タイミングが悪かったと言えるでしょう。これだけの資金があればもう少し資金繰りが楽だったのは間違いありません。

もちろん、JALは銀行からの借入で資金繰りを手当することも可能でしょう。現時点で過度に資金繰り破綻を心配する必要はありません。

それでも「飛べない」期間が長引けば、公的な支援を仰がなければならない状況はあまり遠くない未来(年内)には訪れるものと思われます。

そうならないようにコロナウィルスの問題が一刻も早く収束することを祈るしかありません。

尚、原油価格が急落しています。燃料費が減少するので、JALの業績にはプラスの要素があると考える方もいらっしゃるでしょう。確かに業績にはプラス(費用が減少する)に働きますが、劇的なものではありません。JALは燃油費に対してヘッジ取引をしており、急激な変動を抑制しています。年度別ヘッジ概況(2019年12月末時点)としては、以下の通りです。

  • 2019年度:燃油・為替とも約40%
  • 2020年度:燃油・為替とも約30%
  • 2021年度:燃油・為替とも約10%

したがって、原油価格の急落は業績にプラスには働きますが、完全に享受することは難しいのです(今回はヘッジがマイナス方向に働くということです)。