銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

企業は個人型DCではなく企業型DCを導入した方が「お得」

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企業型確定拠出年金(DC)の加入者数は2017年8月末時点で632万人(厚生労働省ホームページ)となっており順調に拡大してきました。

制度(規約)数は5,564件とこちらも着実に増加しています。

企業型DCは転職者の脱退一時金やDC資産を受け入れるための制度としても活用可能であり、企業にとっては転職者受け入れのための重要なインフラとなってきています。

一方、2017年1月からは個人型DC(愛称iDeCo)の加入範囲が拡大され、個人型DCの加入者数は65万人を突破しています。税制上のメリットがあることはさかんに宣伝されていることもあり、今後も加入者数の増加が見込まれます。

企業型DCを導入していない企業は、従業員が個人型DCの加入手続を申請してきた場合、断ることができません。

ただし、個人型DCをやりたいと考える従業員が多数いるならば、企業型DCを企業が主体的に用意した方が企業型にとっては良いのです。

今回は、企業は企業型DCを導入すべきというお話をします。

導入すべきDC制度

選択制DC

今まで企業型DCを導入しておらず、確定給付企業年金(DB)制度のみを持っている企業の最初の選択肢は選択制DCの導入です。

選択制DCとは、退職金、ライフプラン選択金、勤続手当等を前払いで給与として受け取るか、DC制度に積み立てるかを従業員が任意で選択する制度です。

企業年金制度を変更しようとすると労働組合との協議が難航することが想定されるような企業にとっては特にお勧めです。福利厚生制度の拡充であるため労働組合側も反対は難しいでしょう。

企業は運営管理機関や信託銀行に手数料を支払わなければなりませんが、後程申し上げる通り個人型DCにはないメリットを享受できます。

マッチング拠出

企業型DC制度がすで導入されており、かつ拠出限度額まで掛金を企業が拠出していない場合、マッチング拠出の導入を行うべきです。

マッチング拠出とはDC制度において企業が支払い掛金に加え、従業員が自身で掛金を追加拠出できる制度です。

企業にとっては、ほとんど追加費用負担がなく、従業員にとっては税務メリットを享受できることになります。なお、マッチング拠出の掛金上限は企業が支払う掛金と同額までとなります。

マッチング拠出制度の実施状況としては、2017年9月時点で導入規約数が2,082件となっており企業型DC導入企業の3割強が導入済です。

個人にとってのDCのメリット

従業員個人にとっては前述の個人型DCも選択制DC、マッチング拠出とも以下のメリットは変わりません。

  • 拠出時=掛金全額が所得控除
  • 運用時=運用から生ずる利息・収益分配金等の運用益が非課税
  • 受取時=一時金で受給する場合は退職所得控除、年金で受給する場合は公的年金等控除

企業にとってのDCのメリット

近時はDCの話となると個人のメリットに焦点が当たることが多くなっています。

また年金の運用低迷による業績への影響を企業側が遮断しようとしてDCを導入する事例も多くみられ、労働組合からすればDCの導入にはあまり良いイメージはないかもしれません。

あまり注目されていないように感じられますが、前述の選択制DC制度の導入は企業にとってもメリットがあります。この企業側にとってのメリットは、従業員が個人型DCを実施した場合には享受できません。

企業側のメリットは以下の通りです。

  • 従業員のライフプランや退職給付制度に対する多用なニーズへの対応
  • 従業員の自立意識植え付け
  • 従業員にとっての少ない事務負担(個人型DC比)
  • 転職者(中途入社者)向けの年金資産の受け皿
  • 社会保険料=人件費の削減効果

上記のうち、最後の社会保険料の削減効果は選択制DCにしかありません。

選択制DCを行うと従業員側には所得控除効果があります。一方で、企業側にとっても社会保険料の算定基礎となる従業員への給与支払額が計算上減ることになります。

社会保険料の削減効果は、額面給与500万円の従業員が月1万円のDC掛金供出を行う場合、年1.9万円の社会保険料軽減が企業側に発生します(※社会保険料を額面給与×事業主負担16%で試算)。

個人型DCの場合は、企業が一旦給料を渡した後に、ある意味で従業員が勝手に個人型DCをやっているだけであり企業側からみると社会保険料の削減メリットは全くありません。

個人型DCを従業員が取り組むときの企業側負担

DC法70条(個人型DC掛金の納付)には、事業主を介して(給与天引を)行うことができるとあり、企業側は正当な理由なくこれは拒否してはならないとされています。

個人型DCを従業員が入った場合の企業側の事務負担は以下の通りとなります。

  • 給与天引等による掛金納付事務(毎月)
  • 事業所登録、事業主証明(加入時)
  • 運営管理機関への現況届提出(年1回)
  • 所得控除を考慮した源泉徴収税額の算定(年1回)

以上のように、企業型DCを導入していなくとも従業員が個人型DCに加入すれば企業が必然的に事務負担が発生します。また個人型DCに加入した従業員が発生した場合には、それ以降、企業型DCを導入しようとしても制度設計には制約が生じますし、個人型DCを企業型DCに取り込もうとすると資産移管等の事務手続きも発生することになります。

企業の選択肢の整理

企業型DCが導入されていない企業は従業員が個人型DC加入したいと望んだ場合、断ることはできません。

一方で、企業型DCを導入している企業では複数の選択肢を取ることができます。

マッチング拠出を導入済の場合は、従業員にとって個人型DCの加入は不可となります。マッチング拠出と個人型DCは併存しません。

マッチング拠出を未導入の場合は、規約を積極的に変更しなければ、従業員は個人型DCへの加入もマッチング拠出もいずれもできません。企業が規約を変更する場合は、個人型DCかマッチング拠出を認めることになります。

最後に

 

以上述べてきたように従業員が個人型DCに加入するぐらいならば、選択性DCを新規導入するか、既存の企業型DCにマッチング拠出を導入した方が企業にとってはメリットがあります。

この記事を読んで下さってる方が銀行の営業担当等ならば、この観点は重要です。

例えば、自行のiDeCo を案内するのではなく、親密な保険会社や信託銀行を紹介する方が取引先企業にとっては良いかもしれません。顧客本位の営業が問われている時期ですので、頭の片隅にいれておくのも一考ではないでしょうか。