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ソフトバンクGは簡単には倒産しない

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ソフトバンクグループ(ソフトバンクG)が2020年3月期2Q決算を発表しました。

新聞等で報道されているように同社はweworkへの投資等で大きな損失を出し、決算は悪化しました。

業績悪化に伴いソフトバンクGへのマスコミの評価は厳しいものが増えているようです。

中にはソフトバンクGの巨額の有利子負債に焦点を当てているものもあり、ソフトバンクGの孫会長兼社長が「『ソフトバンクはもう倒産するのではないか』という報道があった。市場がそのように見ているなら、ある意味では正しいと思う」と決算発表の場で発言したことも話題となっています。

では、ソフトバンクGは本当に倒産するのでしょうか。

今回はソフトバンクGが倒産する可能性について簡単に確認してみましょう。

 

ソフトバンクGの財務内容

まず、前提を置きます。

ソフトバンクGはファイナンスの調達では少なくとも日本最先端の金融技術を駆使している企業と考えて良いでしょう。

そのため、様々な調達手法を用いて子会社の借入は親会社・持株会社であるソフトバンクGが「責任を持たない」契約としている可能性が高いと筆者は考えています。しかし、今回はソフトバンクGの全体感を把握するために、そのような仮定は置かず、素直にソフトバンクGの連結決算について考察するものとします。

まずは、ソフトバンクGの決算短信からポイントとなる数値をピックアップします。

 

<ソフトバンクGの保有資産>

  • ソフトバンクGが保有する株式は27.9兆円。
  • そのうち、主要出資先である「上場」3社(中国アリババ、日本携帯電話ソフトバンク、米携帯電話スプリント)の株式の合計額は21.2兆円。
  • 現預金4.0兆円(ジャパンネット銀行含まず)。

<有利子負債>

  • 有利子負債とリース負債合計18.1兆円(ジャパンネット銀行含まず)。

 

以上の数値からは以下が言えます。

  • 上場している、すなわち時価が付いている主要出資会社3社の株式は21.2兆円。
  • 有利子負債とリース負債の合計は18.1兆円。現預金4.0兆円を控除すると14.1兆円。
  • すなわち、ソフトバンクGの恣意的な評価が入っていない上場3社の株式時価合計から純有利子負債を差し引いた残額は7.1兆円。 
これは非常に単純な考え方ではありますが、ソフトバンクGは保有する主要上場3社(アリババ、ソフトバンク、スプリント)の株式を売却すれば有利子負債は完全に返済することが出来ます。
もちろん、大量の株式を売却しようとすると株価が下落し、利益が出ても税負担が発生しますので単純に時価=獲得するキャッシュとはなりません。
しかし、それでも主要上場3社の株価が現在の状況であれば、ソフトバンクGは債権者からの貸しはがしによる倒産の恐れは少ないと考えて良いでしょう。
 

ソフトバンクGの資金繰り

もう少し詳しくソフトバンクGの資金繰りについて見ていきましょう。
有利子負債が膨大にあったとしても、社債権者や銀行から一度に返済を迫られる訳ではありません。あくまで有利子負債は返済期限があり、その段階で返済が出来なかった場合に企業は資金繰りに行き詰るのです。
ソフトバンクGのIR資料を見る限り、独立採算事業の有利子負債については各事業体(日本携帯電話ソフトバンク、スプリント、アーム、ヴィジョンファンド等)が返済を行っていく契約となっているものと思われます。 これは、ソフトバンクGが投資会社化していることからも想定されます。スプリントを実質的に外部に売却しようとしているように、ソフトバンクGが子会社の債務を保証しているならば機動的な保有株式の入れ替え(子会社の外部売却)が出来ないためです。
以上より、ソフトバンクGの資金繰りについては単体で見るのが適当と想定します。
ソフトバンクG(単体)の債務返済スケジュールは、以下の通りです。

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(出所 ソフトバンクグループ決算データシート)
この表を見れば分かるように、今後の5年だと、(2019年度は399億円)、2020年度は2,655億円、2021年度は1兆4,168億円、2022年度は6,122億円、2023年度は1兆767億円、2024年度は9,822億円の債務返済期限が到来します。
合計すると、4兆3,933億円です。
2019年9月末時点のソフトバンクG単体が保有する現預金残高はIR資料では把握できません。
しかし、2019年3月末時点では1兆4,379億円のキャッシュを単体で保有していました(有価証券報告書による)。
そして、ソフトバンクGが保有する換価性の高い主要出資会社3社の株式は21.2兆円です。日本携帯電話会社のソフトバンクからの安定した配当も期待できます。

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(出所 ソフトバンクグループ/プレゼンテーション資料)
上表のようにソフトバンクGは保有する株式価値に対して25%未満での借入を行うこと、社債(=有利子負債)償還資金を少なくとも2年分保持することを方針としています。
上記を勘案すると同社が短期的に資金繰りで行き詰まる可能性は小さいと考えた方が良いでしょう。
 

ソフトバンクGの財務上の懸念点

上記の通りソフトバンクGについては少なくとも短期的な資金繰り懸念、倒産懸念は少ないことを説明してきました。
それでもソフトバンクGには財務上の懸念点も存在します。その点についても簡単に確認しましょう。
<資産> 
  • のれん4.1兆円。
  • 無形資産6.6兆円。
<資本>
  • 資本合計8.6兆円。
  • 親会社の所有者に帰属する持分合計7.3兆円。
上記のうち「のれん」はアームが主、「無形資産」は米国の周波数の免許を示す「FCC(連邦通信委員会)ライセンス」や商標権が主です。FCCライセンスには現時点でも価値があるとは思いますが、少なくとものれんはアームの収益次第では減損の対象となる可能性もあります。
ソフトバンクGはのれんと無形資産をカバーできるほどには資本が厚くありません。
急激な財務悪化の可能性は否定できず、その場合、格付の低下等の影響も発生し、社債や借入金の借り換えが難しく可能性はあります。
そして、ソフトバンクGの最たる財務上の懸念(強みでもありますが)は、投資会社であるが故に主要出資会社の株価下落です。
2019年2Q決算では、weworkの上場延期や企業評価の下落について焦点が当たっていますが、weworkの問題は損益的には大きな問題でしたが、財務全体で見れば、大きな影響ではありません(今後も泥沼のように支援が続かなければです)。また米ウーバーも上場時から株価が下落していますが、これも大きな問題とまでは言えません。
ソフトバンクGは、特にアリババ株式の動向が重要になります。保有株式27.9兆円のうち13.3兆円がアリババの株式です(日本携帯電話ソフトバンクは4.8兆円)。
ソフトバンクはアリババ株式に投資していたからこそ、資金の調達が可能となり、投資会社にまでたどり着けることが出来たと言えるぐらいです。
このアリババの株価が大幅に下落した場合には、資金調達等あらゆる影響が出てくる可能性が高いでしょう。これがソフトバンクGの最も大きな財務上の問題点、すなわちアリババの株価に大きく依存した経営ということです。

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(出所 ソフトバンクグループ/プレゼンテーション資料)
 

所見

ソフトバンクGは企業評価をするのが非常に難しい企業です。
事業会社というよりは携帯電話事業とAI等のテクノロジー企業に投資するファンドだと思った方が良いでしょう。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の期間損益に注目し過ぎても意味が無いのと似ています。
最早、ソフトバンクGにおいて、期間損益が黒字だ、赤字だと騒ぐ意味はあまりないかもしれません。
ソフトバンクGが一般的に想定されるファンドと異なるのは、第一に「借入によって規模を膨らませて株式に投資する」という大きなリスクを取っていることです。第二に他のベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドとは比べものにならない規模で「非上場企業への多額の投資」を行っていることです。
ソフトバンクGはその資金規模ゆえに、非上場企業の企業評価を自身の投資によって引き上げる可能性が高いものと思われます。すなわち、投資した非上場企業の株価は、ソフトバンクGの恣意的な(=同社が適正だと考えている)評価となるのです。外部の目を入れていることをIRでは強調しているようですが、これは問題点だと筆者は考えています。
すなわち、ソフトバンクGが「この企業には、このぐらいの価値がある」とすれば、企業がソフトバンクGが考える企業価値(≒株価)となってしまい、その価値を前提にソフトバンクGは資金を借りて投資するのです。
そして、ソフトバンクGは投資先の非上場企業の企業価値が上昇したと「考える」のであれば、期間損益で黒字を出せるのです(今までも黒字を計上してきました)。これはかなり恣意的な決算であると筆者は考えます。
投資した企業が実際は無価値なものだったとしたら(今回のweworkのようなものです)、どうなるでしょうか。
すなわち、ソフトバンクGを企業として評価していく場合には、期間損益は参考程度にとどめ、保有する株式の価値(特にアリババ)について検討し、その上で、他の非上場投資先が上場することを期待するぐらいで良いのではないでしょうか。もし詳細に分析したいのであれば、非上場の投資先が「将来キャッシュを生むことが出来るのか」を見ていけば良いでしょう。
今回のwework騒動はソフトバンクGの決算には小さくない影響を与えましたが、本質的な問題はそこではありません。今回のwework問題で唯一、大きな問題と考えらえるのは、ソフトバンクGの孫会長兼社長の「企業の目利き力」に疑問符が付いた可能性があるということです。
ソフトバンクGが投資する企業はアリババやYahooのように大きな成長をする可能性があるとの期待があるからこそ、ソフトバンクGには様々な資金が集まってきたのです。その期待が剥落するならば、資金調達には支障を来しかねません。
ソフトバンクGは簡単には倒産しませんが、wework騒動のようなことが続けば、将来的には大きな影響が出てくるかもしれません。