銀行員のための教科書

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日銀がマイナス金利拡大を実施した場合の地銀への影響を簡単に試算する

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格付大手のS&Pが、日銀がマイナス金利を0.1%拡大した場合に銀行収益へ及ぼす影響を公表しました。

同社の試算によると、地方銀行64行のうち56行で貸出業務が赤字となります。

ほとんどの地方銀行が本業で赤字となることになるのです。

今回はこのS&Pの試算について確認してみましょう。

 

S&Pの発表内容

まずはS&Pの発表内容について確認しておきます。以下、S&PのWebサイトのリリース文を引用します。

【S&P】マイナス金利深堀りの邦銀収益への影響を試算したリポートを発表

(2019年10月29日、東京=S&P)S&Pグローバル・レーティング(以下「S&P」)は本日、「マイナス金利の0.1%深堀りは邦銀収益を6-21%減少させる」と題するリポートを発表した。

 日本銀行は2019年10月30日、31日に定例の金融政策決定会合を開催する。日銀がマイナス金利政策の深堀りに踏み切った場合、邦銀では貸出金利の低下等により収益性にさらに下方圧力がかかることから、S&Pはその影響の大きさを試算した。国内貸出金利の低下幅が政策金利の変更幅と同水準の0.1%ポイントになるという前提を置いた試算では、貸出金利の更改終了年度(5年度目と仮定)に資金利益は大手行で4%、地銀で7%減少し、コア業務純益は大手行(グループ連結)で6%、地銀では21%減少する結果となった。

 特に地銀では、預貸業務は2019年3月期のデータを基に預貸直接利回りから預金経費率を控除した段階で、64行中10行(16%)で実質赤字化していると試算される。さらに直近15年平均の与信関係費用率0.20%を控除すると、49行(77%)の同業務が赤字となっている。マイナス金利の深堀りがなされ、貸出金利がさらに0.1%ポイント低下した場合、本試算では64行中56行(88%)で同業務が実質赤字化する結果となった。

(出所 https://www.standardandpoors.com/ja_JP/web/guest/article/-/view/type/HTML/id/2328298

これがS&Pのリリースです。

ここでは大手行と地方銀行(地銀)に分かれています。

この試算をもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

 

マイナス金利拡大に関する試算

マイナス金利が拡大した際の影響の試算はそんなに難しいことではありません。

以下はS&Pのようなものではありませんが、公表されている数値から簡単にマイナス金利が拡大した際の銀行への影響を試算してみましょう。

 

【銀行業界全体】

まずは全国銀行協会の資料を基に全国銀行115 (メガバンク、地銀等)行における影響を試算します。

金利はS&Pの試算同様に▲0.1%のマイナス金利幅が拡大すると想定します。

<全国銀行115行の2018年度決算状況>

  • 業務純益 3兆332億円
  • 当期純利益 2兆2,131億円
  • 貸付金利息 7兆6,598億円
  • うち国内業務部門における貸付金利息 4兆5,020億円
  • 貸付金平均残高 566兆7,876億円
  • うち国内楽務部門における貸出金平均残高 459兆5,127億円
  • 貸出金利回り 0.99%

以上の数値を前提に、マイナス金利がS&Pの想定通り▲0.1%の深堀となった場合には、以下の想定となります。

  • 貸付金平均残高(国内業務部門) 459兆5,127億円✕▲0.1%=貸出金利息▲4,595億円
  • この貸出金利息の減少がそのまま業務純益(一般事業法人の営業利益に相当)に影響すると想定した場合、業務純益は2兆5,737億円となり、▲16%の減少

以上の通り、非常に簡単な試算では、銀行業界全体で業務純益(営業利益)が▲16%の減少となることが分かります。

もちろん、銀行の貸出金利は長期の固定金利貸出があったりしますので、マイナス金利幅が拡大してもすぐに上記影響が出る訳ではありません。しかし、数年後には確実に影響が出てくるでしょう。

 

【第一地銀における影響】

次に全国地方銀行協会に加盟する第一地銀64行における影響を試算してみましょう。第一地銀とは地銀の中でも規模の大きな銀行となります。

<第一地銀64行の2018 年度決算状況>

  • 業務純益 9,739億円
  • 貸出金利息 2兆2,636億円
  • 貸出金平均残高 204兆2,066億円
  • うち国内業務部門における貸出金平均残高は187 兆円程度と想定(※)
  • ※第一地銀の海外貸出金は17兆円程度と想定。全国銀行115行の国際業務部門貸出金平残107兆円。これに対してメガバンクおよび三井住友信託、農林中金等主要行の海外貸出残高は約90兆円程度(各行IR資料)。差額である17兆円は全て第一地銀が出し手となっていると仮置(あくまでラフな想定)。
  • 貸出金利回り1.10%

以上の数値を前提に、マイナス金利がS&Pの想定通り▲0.1%の深堀となった場合には、以下の想定となります。

  • 貸付金平均残高(国内業務部門)187兆円✕▲0.1%=貸出金利息▲1,870億円
  • この貸出金利息の減少がそのまま業務純益に影響すると想定した場合、業務純益は7,869億円となり、▲19%の減少

こちらはS&Pの試算に近い利益減少幅となります。

 

【第二地銀における影響】

最後に第二地方銀行協会に加盟する第二地銀40行における影響を試算します。

第二地銀は企業規模が小さく、収益も厳しいため今後は統合の対象となる可能性が高いとされています。

<第二地銀40行の2018 年度決算状況>

  • 業務純益 1,730億円
  • 貸出金利息 6,348 億円
  • 貸出金残高(期末残高)52兆1,614億円
  • ※第二地銀は海外貸出はゼロと想定、貸出金平均残高が公表されていないため期末残高を使用
  • 貸出金利回り 1.21%程度(非公表)

以上の数値を前提に、マイナス金利がS&Pの想定通り▲0.1%の深堀となった場合には、以下の想定となります。

  • 貸付金期末残高 52兆 1,614億円✕▲0.1%=貸出金利息▲521億円
  • この貸出金利息の滅少がそのまま業務純益に影響すると想定した場合、業務純益は1,209億円となり、▲30%の減少

 

以上3つのカテゴリー(銀行全体、第一地銀、第二地銀)で確認しました。

この非常に単純な試算結果の通り、日銀が追加緩和策としてマイナス金利幅拡大に踏み込んだ場合、「わずか▲0.1%」であったとしても特に第二地銀には大きな影響が出ることが分かります。

 

所見

上記の試算結果は、銀行業界のことをある程度知っていれば誰でも想定出来るものではあります。

大手銀行は海外貸出比率が高く、ビジネスも多様化しているため、国内のマイナス金利拡大は経営には厳しいですが、影響は限定的です。

一方で地銀は国内業務がメインでありマイナス金利拡大には大きな影響を受けます。

それでも、規模の大きい第一地銀は、収益を国内貸出金利のみならず様々な手数料ビジネスによって獲得しており、まだ影響は少ないと言えるかもしれません。それでもわずか▲0.1%のマイナス金利拡大でも相当な減益となります。

最も問題なのは第二地銀です。

上記の簡易試算であったとしても、▲0.1%のマイナス金利拡大は▲3割という大幅な利益減少をもたらします。

第二地銀は規模が比較的小さく、貸出業務に頼る割合が高いのです。

マイナス金利拡大の負の影響を最も受けるのは第二地銀であることは明白です。

日銀はどこかのタイミングでマイナス金利拡大のカードを切ってくる可能性は高まってきています。あまり猶予は残されていないかもしれません。

第二地銀に出来ることは、まずはコストを落とすことでしょう。

逆に言えば、コスト低減以外にすぐに第二地銀が出来ることが筆者には思いつかないぐらいです。

第二地銀の動向については、日銀の政策変更の可能性をにらみながら注視されることになっていくでしょう。