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「動産」を活用した新たな担保権創設とは?~ABL普及の障害要因~

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日経新聞が法務省が「動産」を対象とした新たな担保権を創設する検討に入ったと報じています。

「動産」とは、生産設備のような機械や商品在庫がイメージしやすいでしょう。企業が事業を行っていくうえで保有・活用することが非常に多い資産です。

政府は、この動産を活用して、不動産担保や経営者保証に代わる資金調達手段を普及させ、中堅・中小企業の資金繰りを支え、国内の産業基盤を守ろうとしているとされています。

今回は、この動産担保について確認していきましょう。

 

日経新聞の記事

まずは全体像が分かると思いますので、日経新聞の記事を引用します。

担保権を動産にも設定 法務省、機械・在庫対象に
2019/09/06  日経新聞

 法務省は企業が保有する機械や在庫など動産を対象とした新たな担保権を創設する検討に入った。土地担保や経営者保証に代わる企業の資金調達手段である動産担保融資(ABL)の普及を後押しするのが狙いだ。実現すれば不動産を対象にした抵当権や質権と並ぶ新たな民法上の「担保物権」となる。法的な裏付けができれば担保の優先順位などが明確になり、利便性が高まるとみる。
 ABLは土地や建物の代わりに生産設備や在庫、売掛債権などを担保に金融機関が企業へ融資する手法だ。バブル崩壊後に地価下落による担保価値の減少で企業の資金調達が難しくなった。政府は伝統的な融資に代わる手段として2000年代からABLの制度整備や普及を進めてきた。
(中略) 
 今後、景気が悪化するなどして融資が受けにくくなれば、企業がABLを利用するニーズも大きくなるとみられる。ABLを使う企業は中堅・中小企業が想定され、国内の産業基盤を守ることにもつながる。
 一般的なABLの手法は、企業が保有する機械などの所有権だけを貸し手の金融機関に移す譲渡担保と呼ばれるしくみだ。譲渡担保を使えば、融資を受けた後も企業は生産設備を手元に置いて使い続けることができる。金融機関と企業の間の契約書に盛り込むなどするだけで成立し、コストがかからない利点がある。
 ただこの場合、担保に差し入れた事実が第三者から分からない点が問題になる。ある機械を担保に融資したはずが別の金融機関がすでにその機械を担保に融資していたなどのケースが想定され、融資に二の足を踏むことがある。譲渡担保が成立した時期をめぐって争いが生じる恐れもある。担保権が設定されていればこうしたトラブルは避けられる。
 法務省は今年3月に研究会を立ち上げ、動産を対象にした担保権を法制化する議論を始めた。法務省は早ければ20年秋に民法などの改正を法制審議会(法相の諮問機関)に諮問する見通しだ。
(以下略) 

この記事を見ると、動産を活用したABLという資金調達手法は既に存在している一方で、トラブルになる可能性があり使い勝手が悪いこと、政府はABLを普及させたいと考えていることが分かります。

 

ABL、譲渡担保とは

まず、銀行用語である「ABL」とはどのようなものでしょうか。

以下は政策投資銀行の解説を引用します。

ABL(Asset Based Lending:資産担保融資)は、お客様の流動資産(集合動産・在庫担保、売掛債権等)を担保として活用する金融手法です。

1.メリット

  • 資金調達手段の多様化:機動的な資金調達
  • 負債の組み替えの一手段
  • 余剰在庫の売却(在庫の品質向上を通じた利益率の向上を目指すこともできる)
  • 内部管理体制の強化・整備

2.スキーム

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(出所 日本政策投資銀行Webサイト)

次に、上図にも記載がある「譲渡担保」についても確認しておきましょう。

<譲渡担保>

債務者(または物上保証人)の所有する物(動産でも不動産でもよい)を、債務者(または物上保証人)が債権者に譲渡し、債務を全額弁済すると同時に債務者(または物上保証人)が債権者からその物を買い戻すという制度である。

担保に入っている期間中は、債権者(すなわち物の所有者)が、その物を債務者に賃貸するという点に最大の特徴がある。この意味で譲渡担保とは、買戻または再売買の予約に、賃貸借を組み合わせた制度であるということができる。

譲渡担保においては債務が弁済されないときは、債権者(すなわち物の所有者)はその物を確定的に所有できることとなる。その場合、債務の金額を物の価額が超える場合には、債権者はその超過部分を債務者に返還する必要があり、この債権者の義務を清算義務という。清算義務は判例により確立したものである(昭和46年3月25日最高裁判決など)。

(出所 みずほ不動産販売Webサイト)

譲渡担保は分かりにくいのですが、商品在庫に担保を設定するのはなく、表向きは商品在庫を譲渡したようにします。しかし、本当の目的は銀行への担保とすることであるため、担保を取っている銀行は商品在庫を受け取らず、債務者である企業がそのまま商品在庫を持って、販売活動を行っているのです。銀行はいざとなった場合だけ、商品在庫の所有権を主張し(在庫を手元に取り戻し)、その在庫を販売して資金を回収します。

この譲渡担保は、法律上の制度として存在する「担保」(これを典型担保と言います)ではなく、「所有権等、他の制度の工夫による担保」(非典型担保)です。

抵当権や質権のような典型担保は民法等法律に根拠がありますが、譲渡担保には法律上の制度がありません。

 

ABLの現状

ABLについては既に商品・サービスとして存在しています。しかし、上述の日経新聞記事では、政府は更にABLを普及させたいと考えているようです。これは何故でしょうか。法務省が開催した「動産・債権を中心とした担保法制に関する研究会」の第1回資料には以下の問題意識が掲載されています。

2017年度末の貸出金残高における担保の内訳では、信用(担保なし)=48.2%、保証=32.5%、不動産・財団=16.3%、その他=2.2%、有価証券=0.8%(出所:2017年度貸出金の担保内訳/日本銀行)となっています。すなわち、日本においては、保証や不動産が担保としては大きな割合を占めている一方で、動産や債権を含む「その他担保」は全体の2.2%でしかありません。

2016年度のABL実行額は7,944億円ですが、ABLの担保目的物の種類は、太陽光発電設備が3,338億円、売電債権が3,494億円となっており、太陽光発電関連で大部分を占めています。原材料は655億円となっています(出所 平成29年度報告書/帝国データバンク)。

一方で、企業が保有する資産は、棚卸資産(=動産)が全企業で約109兆円、うち資本金1億円未満の企業では約44兆円、売掛債権は全企業で約204兆円、うち資本金1億円未満の企業で約72兆円、土地は全企業で約179兆円、うち資本金1億円未満の企業では約94兆円となっています(出所 平成28年度法人企業統計/財務省)。

すなわち、最も担保として使われている不動産と比べて、棚卸資産や売掛債権の合計残高の方が多いのです。不動産を保有していない企業でも棚卸資産や売掛債権は保有しています。この資産を担保として資金調達すれば、今まで資金調達が難しかった企業でも、円滑な資金調達が出来る可能性があるのです。

では、何故ABLはあまり普及していないのでしょうか。

 

ABL普及の障害

動産担保は、金融庁の金融検査マニュアルでも認められている担保です。但し、一般担保(いわゆる正式な担保)として認められるためには、以下の条件が付けられています。その中でも重要なのは対抗要件が具備されていることであり、動産譲渡登記が必要とされています。

1.一般担保等の要件明確化 (1)総論 【別表1 P12 1.⑷② 自己査定結果の正確性の検証】

 1.「動産担保」が「一般担保」として取り扱われるためには、

  • 対抗要件が適切に具備されていること
  • 数量及び品質等が継続的にモニタリングされていること
  • 客観性・合理性のある評価方法による評価が可能であり、実際にもかかる評価を取得していること
  • 当該動産につき適切な換価手段が確保されていること
  • 担保権実行時の当該動産の適切な確保のための手続きが確立していること
を含め、動産の性質に応じ、適切な管理及び評価の客観性・合理性が確保され、換価が確実であると客観的・合理的に見込まれることが必要です。
 
(2)動産担保の一般担保要件【別表1 P12 1.⑷② 自己査定結果の正確性の検証】
1.「動産担保」の対抗要件については、「民法」において、「占有改定」も認められていますが、外形的には判然としない公示方法であり、後日、「占有改定」の有無・先後をめぐって紛争が生じるおそれがあります。
2.このため、ここでは、こうした事態を極力回避するため、法人債務者については、原則として、「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」に基づき、「動産譲渡登記」を行っていることを想定しています。

 (出所 金融庁/金融検査マニュアルに関するよくあるご質問(FAQ)別編 《ABL編》<本 文>) 

金融庁は動産担保を活用したABLを認めています。但し、動産譲渡登記により対抗要件を備えていることを前提としています。

動産譲渡登記は、占有改定(民法第183条)という外形的には判然としない公示方法によって対抗要件を具備するしかなく、占有改定の有無・先後をめぐって紛争を生ずるおそれがあった譲渡担保の使い勝手を解消するために、2005年から運用が開始されています。
登記制度もあるのになぜ動産担保・ABLはあまり普及していないのでしょうか。

以下が参考となります。

譲渡担保権と他の担保権の優劣関係、譲渡担保権が及ぶ従物や代償物の範囲、設定者が不当に目的物を処分した場合の法律関係、債務者が倒産した場合における譲渡担保権の取扱いなどは、部分的に判例があるが、その射程は必ずしも明確ではなく、また、判例によって解決されていない問題も残されている。さらに、動産譲渡登記における目的物の特定の在り方、譲渡担保権の対抗要件の在り方、譲渡担保権の実行の在り方など、現在のルールの見直しが必要な場面があるとの指摘もある。

(出所 法務省「動産・債権を中心とした担保法制に関する研究会」第一回研究会資料1)

単純に言えば、実務ではなかなか使いづらいということです。

法務省の動産・債権を中心とした担保法制に関する研究会では以下のようなテーマについて議論していくことになっています。

  • 譲渡担保権と他の担保権の優劣関係
  • 譲渡担保権が及ぶ範囲や物上代位の可否
  • 後順位譲渡担保権の取扱い
  • 設定者が不当に目的物を処分した場合の法律関係
  • 譲渡担保権の実行手続
  • 譲渡担保権の倒産時における取扱い 
  • (ア 担保実行手続中止命令)
  • (イ 流動動産・債権譲渡担保が設定された場合に,倒産手続開始後に債務者が 取得した動産・債権に対する譲渡担保権の効力)
  • (ウ 非典型担保権に対する担保権消滅許可の申立ての可否)
  • (エ 集合物への混入を否認することの可否) 
  • 占有改定による対抗の可否
  • 目的物の特定方法の緩和

 

所見

動産が担保として更に活用されるようになることは、日本の企業の資金繰りが円滑になる点で有用です。特に、中堅・中小企業の借入が円滑に行われるようになるのであれば、動産を活用した新たな担保権の創設は、日本の銀行にとっても新たなビジネスとなる可能性があります。日本の銀行は、ベンチャー企業への支援が足りないと言われることもありますが、この点でも有効な一手となるかもしれません。

但し、動産については法制度が整備されたとしても、担保としての評価と換価が容易に出来るかという問題があります。

例えば、ブランドの時計やバッグは評価額が分かりやすい「動産」の事例です。買取業者やマーケットが確立しているためです。

日本でも動産評価会社として世界最大手のゴードン・ブラザーズ等が進出してきていますが、このような動産評価および買取を事業として行うような企業が増えれば、動産担保・ABLは更に拡大していくものと思います。法整備だけでは足りないのです。

日本の銀行が事業性評価を行い、事業の評価によって融資を行う「世界」を金融庁は考えているのでしょうが、銀行が事業を本質的に評価・目利きする能力を養うことは非常に難しいと筆者は考えています。動産担保の方が事業性の評価までは必要ありませんので、法制度、評価・買取制度等が整備されたならば銀行にとっては使い勝手が良くなるでしょう(ある程度の客観的評価となり、金融庁や日銀等の外部者に説明が出来るためです)。

今後の動向に注目していきたいと思います。