銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

金融庁がノルマより重視する経営理念とは?~基本的に銀行の体質はブラック~

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銀行の経営環境は厳しい状況が続いています。米国は利下げに転じており、各国中央銀行の金融緩和競争が始まる可能性は高まっています。

現状では、銀行の経営環境が好転する可能性は低いと言わざるを得ないでしょう。

このような環境下では、いくら立派な「経営理念」を掲げていても、実際には収益確保が優先され、かんぽ生命やスルガ銀行のような問題が発生することがあります。

そのような状況を踏まえ、金融庁長官は新聞社のインタビューで「現場が経営理念よりもノルマを追い掛けることに問題がある」と発言しています。

今回は、経営理念とは何か、そして銀行の経営理念とは具体的にどのようなものかについて確認していきましょう。

 

金融庁の問題意識

金融庁が経営理念を重視しているという点については以下の記事が参考となります。 

地銀、様子見・指示待ちは問題 金融庁長官と会見
2019/08/06 日経新聞

 金融庁の遠藤俊英長官は日本経済新聞のインタビューに応じた。厳しさを増す地方銀行の経営者に対し、他行の動きや当局の意見を気にする様子見をやめ、主体的に改革を進めるよう強く求めた。収益力の回復が見込めない地銀には、業務改善命令で改革を促すことを視野に入れる。かんぽ生命保険の不適切な保険販売には厳しく対処する考えを強調した。
 横を見たり当局の意見を待ったりで、改革の力強さに欠ける地銀もある。
 遠藤氏が問題視したのは、地銀の中で改革の取り組みに濃淡が見られることだ。全国の上場地銀は純利益が2019年3月期まで3期続けて減益で、経営環境は厳しい。地域経済を支える地銀の経営改善は、金融システムを安定させるうえで金融庁にとって避けて通れない課題だ。
 7月から始まった2019事務年度では地銀改革に一歩踏み込む。4月に見直した地銀に対する監督指針の「早期警戒制度」では将来の収益力をより厳しく評価する。貸し出しなどの本業で稼ぐ力に劣る地銀を絞り込み「場合によっては業務改善命令を通じて、ビジネスモデルなどにモノを言わせてもらう」と語る。
 現場が経営理念よりもノルマを追い掛けることに問題がある

 モノを言う時には「経営理念の位置づけを重点的に議論したい」という。「優れた企業はトップから一般職員まで、それぞれの立場で経営理念を理解してビジネスに生かしている」と考えるためだ。ノルマ重視は理念が徹底されていない証左ということになる。
 生き残りに向けたビジネスモデルは、コンサルティングなどで地元企業の成長を支援するといった「リレーションシップバンキングが典型となる」と語った。支店長や営業職員にも聞き取りをして、現場に根ざした改革機運を高めたいという。

(以下略)

現場が経営理念よりもノルマを追いかけることに問題意識を金融庁が持っていることが分かります。

この問題意識が表れたのが金融庁が公表した「利用者を中心とした新時代の金融サービス/金融行政のこれまでの実践と今後の方針(令和元事務年度)について」 です。

3.金融仲介機能の十分な発揮と金融システムの安定の確保⑥
(2)地域金融機関の持続可能なビジネスモデルの構築に向けたパッケージ策

<持続可能なビジネスモデルに関する探究型対話の実践>

確固たる経営理念の下での戦略・計画の実行、PDCAの実践状況等について、地域金融機関の各階層(経営トップから役員、本部職員、支店長、営業職員)、社外取締役との探究型対話を実施。対話に当たっては、心理的安全性を確保することに努める。

(出所 金融庁「金融行政のこれまでの実践と今後の方針(令和元事務年度)について」重点施策の概要)

そして以下の表を見ると、経営理念よりもノルマ至上主義となっている現状について金融庁が問題意識を感じていることが明確に分かるでしょう。

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(出所 金融庁「金融行政のこれまでの実践と今後の方針(令和元事務年度)について」重点施策の概要)

優れた企業はしっかりとした経営理念を持っているというのが金融庁の考えの前提です。

では、そもそも経営理念とはどのようなものでしょうか。

 

経営理念とは 

基本的なことですが、経営理念の定義を確認しておきましょう。

経営理念とは、組織の存在意義や使命を、普遍的な形で表した基本的価値観の表明。

平たく言えば、「会社や組織は何のために存在するのか、経営をどういう目的で、どのような形で行うことができるのか」ということを明文化したものである。 

(出所 グロービス経営大学院Webサイト)

 

メガバンクの経営理念

①MUFG

MUFGの場合は経営理念の説明は見当たらず、経営ビジョンが示されています。経営理念と経営ビジョンは明確に定義を分けて考える場合もありますが、以下の説明がなされているため、MUFGの経営理念は経営ビジョンと類似するものだと考えて良いでしょう。

経営ビジョンは、MUFGグループが経営活動を遂行するにあたっての最も基本的な姿勢を示した価値観であり、全ての活動の指針とするものです。
経営戦略や経営計画の策定など、経営の意思決定のよりどころとし、また、全役職員の精神的支柱として、諸活動の基本方針とします。

<私たちの使命>
いかなる時代にあっても決して揺らぐことなく、常に世界から信頼される存在であること。
時代の潮流をとらえ、真摯にお客さまと向き合い、その期待を超えるクオリティで応え続けること。
長期的な視点で、お客さまと末永い関係を築き、共に持続的な成長を実現すること。
そして、日本と世界の健全な発展を支える責任を胸に、社会の確かな礎となること。
それが、私たちの使命です。

<中長期的にめざす姿>
世界に選ばれる、信頼のグローバル金融グループ
-Be the world’s most trusted financial group-

1.お客さまの期待を超えるクオリティを、グループ全員の力で
お客さま視点を常に大切にし、グローバルに変化する多様なニーズを逸早くとらえ、グループ全員の力で応えていく。社員一人ひとり・一社一社が専門性を極め、グループ一体となって連携・協働し、世界水準のトップクオリティを追求する。

2.お客さま・社会を支え続ける、揺るぎない存在に
変化の激しい時代においても、お客さまの資産を守り、日本社会と世界経済の健全な成長を支える。一人ひとりが築く信頼と、グループ全員で作る強固な経営基盤で、最も信頼される頑健な存在であり続ける。

3.世界に選ばれる、アジアを代表する金融グループへ
これまで培ってきた強みを活かし、日本はもとより、アジア、そして世界においても選ばれる存在となる。多様化・ボーダレス化する社会で、変化へ積極的に対応し、一人ひとりが成長・活躍できる組織として進化を続ける。

<共有すべき価値観>
グループとしてさらなる成長を遂げ、お客さま・社会へ貢献し続けるために。
私たちは以下のことを大切にし、実践していきます。

1.「信頼・信用」(Integrity and Responsibility)
社会的責任の重さを一人ひとりが十分認識し、常に公明正大かつ誠実な姿勢で臨み、長期的な視点でお客さまと社会の健全な成長に繋がる行動をとる。

2.「プロフェッショナリズムとチームワーク」(Professionalism and Teamwork)
プロとしての自覚と責任を持ち、多様な社員が互いに尊重・切磋琢磨しながら、地域・業態を越えたチームワークで、お客さまの期待を超えるために常にグループとしてベストを尽くす。

3.「成長と挑戦」(Challenge Ourselves to Grow)
世界的な視野で時代の先を見据え、変化を自らの成長の機会ととらえ、現場重視でスピードと柔軟性を持つ活力溢れる職場作りに全員で取り組み、新たな領域へ挑戦する。

(出所 MUFG/Webサイト)

 

②SMFG 

三井住友FGの対外的に公表されている経営理念は非常にシンプルです。 

三井住友フィナンシャルグループでは、以下の経営理念をグループ経営における普遍的な考え方として定め、企業活動を行う上での拠りどころと位置付けております。

  • お客さまに、より一層価値あるサービスを提供し、お客さまと共に発展する。
  • 事業の発展を通じて、株主価値の永続的な増大を図る。
  • 勤勉で意欲的な社員が、思う存分にその能力を発揮できる職場を作る。
(出所 SMFG/Webサイト)

 

③みずほFG

みずほFGは、経営理念・ビジョン・Valueを分けています。MUFGと実質的な区分は同じと思われます。 

みずほフィナンシャルグループでは、<みずほ>として行うあらゆる活動の根幹をなす考え方として、基本理念・ビジョン・みずほValueから構成される『<みずほ>の企業理念』を制定しています。この考え方に基づきグループが一体となって事業運営・業務推進を行うことで、お客さまと経済・社会の発展に貢献し、みなさまに<豊かな実り>をお届けしてまいります。

<基本理念:<みずほ>の企業活動の根本的考え方>
<みずほ>は、『日本を代表する、グローバルで開かれた総合金融グループ』として、
常にフェアでオープンな立場から、時代の先を読む視点とお客さまの未来に貢献できる知見を磨き最高水準の金融サービスをグローバルに提供することで、
幅広いお客さまとともに持続的かつ安定的に成長し、内外の経済・社会の健全な発展にグループ一体となって貢献していく。
これらを通じ、<みずほ>は、いかなる時代にあっても変わることのない価値を創造し、お客さま、経済・社会に<豊かな実り>を提供する、かけがえのない存在であり続ける。

<ビジョン:<みずほ>のあるべき姿・将来像>
『日本、そして、アジアと世界の発展に貢献し、お客さまから最も信頼される、グローバルで開かれた総合金融グループ』

1. 信頼No.1の<みずほ>
豊かな発想力と幅広いお取引により培われた豊富な経験・専門的な知見を備えた、お客さまの中長期的なパートナーとして、最も信頼される存在であり続ける。

2. サービス提供力No.1の<みずほ>
グローバルな視点から経済・社会の変化をいち早く予見し、個人・法人それぞれのお客さま、そして経済・社会にとって、常に革新的で最適な金融サービスを提供する。

3. グループ力No.1の<みずほ>
常に変化するお客さま、経済・社会の多様なニーズに応えるべく、幅広い金融サービス機能を持つエキスパート集団として、グループの総力を結集する。

<みずほValue:役職員が「ビジョン」を追求していくうえで共有する価値観・行動軸>

1. お客さま第一 ~未来に向けた中長期的なパートナー~
私たちは、「お客さま」の未来に向けた中長期的なパートナーとして、お客さま第一で行動します。お客さまの視点を大切にし、フェアでオープンな立場から、グループの英知を結集した最適な商品・サービスを提供することで、かけがえのない信頼をさらに確かなものとし、お客さまとともに経済・社会の健全な発展に貢献していきます。

2. 変革への挑戦 ~先進的な視点と柔軟な発想~
私たちは、常に変化する世界の動きを幅広い視野で捉え、絶えず先進的な視点をもって業務にあたります。過去にとらわれない柔軟な発想をもって、お客さまのニーズと経済・社会の変化をいち早く予見し、解決策を見出すための変革に、果敢に挑戦し続けます。

3. チームワーク ~多様な個性とグループ総合力~
私たちは、多様な個性や意見を尊重する開放的なマインドを持ちつつ、豊富な経験と高い専門性を活かしながらチームの一員として判断・行動することで、金融のエキスパート集団としての総合力を最大限発揮していきます。

4. スピード ~鋭敏な感性と迅速な対応~
私たちは、お客さまのニーズを敏感に察知し、速やかに行動に移すことで、お客さまにとって最適な商品・サービスを、迅速、かつ、正確に提供します。

5. 情熱 ~コミュニケーションと未来を切り拓く力~
私たちは、お客さまと社会の声に誠実に耳を傾け、いかなる困難も乗り越え未来を切り拓いていく情熱を持ち、最後まで責任を持って行動することで、<豊かな実り>を提供する、かけがえのない存在であり続けます。

(出所 みずほFG/Webサイト)

以上がメガバンクの経営理念です。

「文字数が多い」から良いというものではなく、経営の「価値観・判断軸」として機能することが重要です。 

 

世界で最も有名な経営理念

メガバンクの経営理念は上記の通りでした。

参考までに世界で最も有名な経営理念・企業倫理規定をご紹介しておきます。

ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条(Our Credo)」です。

我々の第一の責任は、我々の製品およびサービスを使用してくれる医師、看護師、患者、そして母親、父親をはじめとする、すべての顧客に対するものであると確信する。

顧客一人一人のニーズに応えるにあたり、我々の行うすべての活動は質的に高い水準のものでなければならない。

適正な価格を維持するため、我々は常に製品原価を引き下げる努力をしなければならない。

顧客からの注文には、迅速、かつ正確に応えなければならない。

我々の取引先には、適正な利益をあげる機会を提供しなければならない。

我々の第二の責任は全社員 ――世界中で共に働く男性も女性も―― に対するものである。

社員一人一人は個人として尊重され、その尊厳と価値が認められなければならない。

社員は安心して仕事に従事できなければならない。

待遇は公正かつ適切でなければならず、働く環境は清潔で、整理整頓され、かつ安全でなければならない。

社員が家族に対する責任を十分果たすことができるよう、配慮しなければならない。

社員の提案、苦情が自由にできる環境でなければならない。

能力ある人々には、雇用、 能力開発および昇進の機会が平等に与えられなければならない。

我々は有能な管理者を任命しなければならない。

そして、その行動は公正、かつ道義にかなったものでなければならない。

我々の第三の責任は、我々が生活し、働いている地域社会、更には全世界の共同社会に対するものである。

我々は良き市民として、有益な社会事業および福祉に貢献し、適切な租税を負担しなければならない。

我々は社会の発展、健康の増進、教育の改善に寄与する活動に参画しなければならない。

我々が使用する施設を常に良好な状態に保ち、環境と資源の保護に努めなければならない。

我々の第四の、そして最後の責任は、会社の株主に対するものである。
事業は健全な利益を生まなければならない。

我々は新しい考えを試みなければならない。

研究開発は継続され、革新的な企画は開発され、失敗は償わなければならない。

新しい設備を購入し、新しい施設を整備し、新しい製品を市場に導入しなければならない。

逆境の時に備えて蓄積をおこなわなければならない。

これらすべての原則が実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受することができるものと確信する。

(出所 ジョンソン・エンド・ジョンソン/Webサイト) 

ジョンソン・エンド・ジョンソンはクレドの順番にも当然に拘りがあり、以下の順に企業としての責任を重視していることが見て取れます。

第1の責任 全ての顧客に対する責任
第2の責任 全社員に対する責任
第3の責任 全世界の共同社会に対する責任
第4の責任 会社の株主に対する責任

このジョンソン・エンド・ジョンソンのクレドは今でも各企業の経営理念のお手本となっています。

 

まとめ

以上、経営理念について見てきました。

これは筆者の私見でしかありませんが、日本の銀行には「きちんとした経営理念」はありません。

これは日本の銀行の生い立ちに理由があるのかもしれません。

日本の銀行は、その創立から高度成長期まで、日本の産業界へ資金供給を行うための役割を果たしてきました。

外需(輸出)によってもたらされたフロー収益の国内への還元と、その再分配を前提とした株価・地価等ストックの膨張、これらを担保とした信用供与によって経済を発展させるという旧来の日本経済の構造は、銀行に重要な役割を与えてきたのです。

銀行は大蔵省(その後、金融庁に分離)の指導と規制の下、自らの存在意義を本質的に考えないままに事業を営んできたように思います。すなわち、金利や商品が規制されていたために、規模=預金量=収益力となっており、他行との差異化戦略は出店戦略ぐらいだったかもしれません(ちょっと言い過ぎですが)。金融商品開発よりも営業力が重視され、顧客よりも大蔵省や日銀との関係が重視されていたように感じます。

資金需要は多く、預金は限られており、銀行は「資金分配(どの企業・産業に資金を貸し出すか)」を行うことが出来たため、日本経済、産業振興に役に立っている、もしくは銀行が産業を育成していると感じていた銀行員も多かったでしょう。まさに国益を担っていた感覚です。

過去は「お金さえあれば、融資を求める客が列をなして」おり、本質的な営業も商品開発も必要なく(護送船団なので他行の真似をすれば良い)、銀行は自らと他行や他産業を比較した上で「何をすべきか、何を大事にすべきか、なぜ自社は存在しているのか」を考える必要が無かったように筆者は考えています。すなわち、銀行は世の中で当たり前に必要だったのであり、自らの存在意義に悩む必要は無かったのです。

しかし、時代は変わりました。 

バブルの崩壊、不良債権処理時代を経て、現在は企業が国内で投資を行う時代では無くなりました。低金利環境が続き、挙句の果てにはマイナス金利政策も導入され、「おカネに価値がない」時代が到来しました。銀行業は特別な産業では無くなったのです。

この時代では、銀行は自らの存在意義を深く考える必要に迫られています。どの領域(顧客、商品・業務分野、地域・国)で事業を行うのか、顧客に提供できる価値は何なのか、他産業との協働・競合も意識しながら自らの強みは何なのか・何を強みにしたいのか等、選択肢すべきことが従前よりも拡がっているのです。

他行も同じフィールド(資金量競争・営業力競争・国内)で業務運営をしていた時には、経営理念・経営企画は本質的には不要でした。差異化要因が少ないため、現場にノルマを押し付ければ良かった(現場が無理して営業すれば良かった)のです。

現在も多くの銀行は、この「ノリ」を引き継いで業務推進を行っているのではないでしょうか。

この点について、金融庁が問題意識を持っているということなのでしょう。各銀行は、独自の経営理念を策定し、魂を入れ、その理念に基づき判断を下し、業務運営を行っていくことが、他行との差異化をもたらし、独自の存在感を発揮すると認識はしているのでしょうが、まだノルマ達成の圧力をかけるマネジメントが幅を利かせているのが実情なのでしょう。

銀行の経営理念とマネジメント手法の見直しは、今後の銀行経営および存続のポイントになるものと思います。