公的年金の財政検証結果が厚生労働省から発表されています。
この財政検証結果については、将来の年金受給者が現役時代と比べた際にどの程度の年金を受給できるのか(所得代替率)に注目した報道がなされています。報道の内容は、総じて「年金が将来も貰えるのか」「年金だけでは生活が出来ない、不安である」「年金の受給水準はもっと低下する可能性がある」といったところでしょう。
今回は、簡単に公的年金の財政検証結果のポイントについて確認してみたいと思います。
年金財政検証の概要
年金財政検証の概要については、日経新聞の記事が分かりやすいでしょう。
以下引用します。
年金、現状水準には68歳就労 財政検証 制度改革が急務
2019年8月27日 日経新聞厚生労働省は27日、公的年金制度の財政検証結果を公表した。経済成長率が最も高いシナリオでも将来の給付水準(所得代替率)は今より16%下がり、成長率の横ばいが続くケースでは3割弱も低下する。60歳まで働いて65歳で年金を受給する今の高齢者と同水準の年金を現在20歳の人がもらうには68歳まで働く必要があるとの試算も示した。年金制度の改革が急務であることが改めて浮き彫りになった。
財政検証は5年に1度実施する公的年金の「定期健診」にあたる。経済や人口に一定の前提を置き、年金財政への影響や給付水準の変化を試算する。今回は6つの経済前提を想定して2115年までを見通した。
試算では夫が会社員で60歳まで厚生年金に加入し、妻が専業主婦の世帯をモデルに、現役世代の手取り収入に対する年金額の割合である「所得代替率」が将来どう推移するかをはじいた。政府は長期にわたって所得代替率50%以上を確保することを目標にしている。
2019年度は現役の手取り平均額35.7万円に対して年金額は約22万円で、所得代替率は61.7%だった。
6つのシナリオのうち経済成長と労働参加が進む3つのケースでは将来の所得代替率が50%超を維持できる。14年の前回財政検証と比べると、将来の所得代替率はわずかに上昇した。女性や高齢者の就業率が想定よりも上昇し、年金制度の支え手が増えたためだ。積立金の運用が想定を上回ったことも寄与した。
ただ29年度以降の実質賃金上昇率が1.6%、実質経済成長率が0.9%という最も良いシナリオでも所得代替率は今と比べて16%下がる。
成長率が横ばい圏で推移する2つのシナリオでは50年までに所得代替率が50%を割り込む。最も厳しいマイナス成長の場合には国民年金の積立金が枯渇し、代替率が4割超も低下する。これらの場合、50%の給付水準を維持するために現役世代の保険料率の引き上げなどの対策が必要になる。
(中略)
今回の検証では若い世代が何歳まで働けば、今年65歳で年金受給が始まる高齢者と同じ水準の年金をもらうことができるかを試算した。それによると成長率が横ばいの場合、現在20歳は68歳9カ月まで働いて保険料を納め、年金の開始年齢も同様に遅らせる必要がある。働く期間は今よりも8年9カ月長くなる。
同様に現在の30歳は68歳4カ月、40歳なら67歳2カ月まで働いて、ようやく今の65歳と同水準をもらうことができる。
公的年金の受給開始年齢は65歳が基準で、60~70歳の間で選べる仕組みだ。開始年齢を1カ月遅らせると、毎月の年金額は0.7%増える。
厚労省は今回の財政検証を踏まえ、年末までに年金改革の具体案をまとめる方針だ。支え手拡大と給付抑制に取り組む必要がありそうだ。
以上が概要です。
ポイントはモデル世帯で将来的に公的年金の所得代替率は低下していくこと、所得代替率の低下を抑制するためには、今の高齢者よりも長く働き年金保険料を払う必要があること、公的年金の受給開始年齢を遅らせる必要があることが明確になったということです。
これだけ見ると、将来の年金受給者=現在の現役世代は不安を感じるしかないでしょう。
では、年金財政検証について、もう少し詳しく見ていくことにしましょう。
年金財政検証のポイント
公的年金の財政検証は情報が多くて「ややこしい」ので、筆者がポイントと考える点を以下列挙します。
- 経済が好調だったとしても、今の制度のままで、公的年金受給者の所得代替率が低下していくことは避けられないこと
- 公的年金制度は基本的に賦課方式(現役世代が年金受給世代を支える)であるが、積立方式に移行するのであれば約760~800兆円程度(いわゆる二重の負担=過去期間に係る給付-過去期間に係る国庫負担-積立金から得られる財源)の財源が必要であることが示されたこと
- 一定以上の収入(月5.8万円以上)のある全ての雇用者(約1,050万人)を厚生年金保険料納付の対象者とすることにより、公的年金の所得代替率は4%強上昇すること
- 年金の拠出期間を現行の40年(20~60歳)から45年(20~65歳)まで延長すると所得代替率が7%程度上昇すること
- 受給開始可能期間の年齢上限を現行70歳から75歳まで拡大した場合、65歳を超えて70歳、75歳まで就労した者が、受給開始時期の繰下げを選択すると所得代替率は66~97%程度(経済成長等の前提および70歳受給開始もしくは75歳受給開始で数値が異なる)となり、所得代替率は大きく上昇すること
以上が筆者が考える年金財政検証のポイントです。
この検証結果を見れば厚生労働省および政府がどの方向に年金制度を変更していくべきと考えているかが分かります。
<公的年金制度の将来像>
- 積立方式(個人毎に積み立てる方式)は移行費用が巨額となり、政策として採用されない可能性が高い
- 厚生年金の加入対象を大幅に拡大する(短時間勤務やパートにも拡大する)
- 年金保険料の拠出期間を現行の40年(60歳まで)から延長する
- 年金受給開始年齢を70歳~75歳まで遅らせる
これが将来の年金制度の絵姿です。後は、政治的な決着で短期的には制度改定がなされていくでしょうが、制度の根本を変えない限りは上記の方向に長期的には移行していくものと思います。
尚、年金制度は破綻はしません。これは報道でも指摘され始めていることですが、年金の「100年安心」は100年は制度が維持されるということです。今後100年にわたって国民(年金受給者)が年金だけで安心して暮らせるということを政府は一度も説明も約束もしていません。
日本の公的年金制度は、現役世代から年金保険料を徴収し、それを原資に(一部は過去の積立金を使用)年金受給者に配分するシステムでしかありません。配分の額さえ調整すれば、年金制度は破綻しないのです。
所得代替率の留意点
公的年金制度の今回の財政検証では、一般の国民やマスコミに少しだけ勘違いされているのではないかと思われるところがあります。
まず、今回の財政検証のモデルが「夫の収入が額面43.9万円、手取35.7万円(月)、妻が専業主婦」であるという問題があります。
世帯の平均年収を視野に入れて、年金のモデルを例示しているのは分かりますが、もう少し幅広い世帯収入および共働きの場合を含めてモデルを提示しても良かったと思います。これが分かりづらくさせている要因でしょう。
その上で、所得代替率が低下することが不安だとテレビの報道番組ではインタビューの対象者(特に非正規社員等)に「言わせて」いましたが、これには誤解がありそうです。
以下の図表を見れば分かりますが、公的年金には「所得再分配機能」があります。すなわち、現在所得が低い人の公的年金は所得代替率が高いのです。
(出所 厚生労働省 2019(令和元)年財政検証関連資料)
モデル賃金(43.9万円)の半分の賃金で働いている人は、現行の制度では所得代替率が98.1%あります。
これが経済が全く成長しなかった場合(ケースⅤ)でも所得代替率は66%程度となっており(経済成長が標準的と想定されているであろうケースⅢでは76%程度)、モデル世帯よりも大幅に高くなっています。
公的年金制度というのは現役時代の所得が低かった世帯には、かなり「優しい」制度となっています。この点について、マスコミではほとんど取り上げていないのではないでしょうか。
公的年金制度で、本当に割りを食っていて文句を言いたいであろう層は「所得が高い層」です。報酬比例部分については計算上の上限がありますし(大きく稼いでも年金受給額が一定以上は上昇しない)、所得税も累進課税ですし(基礎年金は税金で補填されている)、かなり負担が偏っています。
例えば、モデル世帯の賃金の125%(=+25%)となっている世帯は、現行での所得代替率が54%程度となっており、経済が成長しないケース(ケースⅤ)では所得代替率が40%まで低下する見込みです。
公的年金制度は、世代間の扶養であると同時に、現役時代の貧富の差を縮小させる制度なのです。
よって、(批判を受けるかもしれませんが)年金制度で最も「損をしている」のは、老後が不安だとインタビューで答えている非正規社員ではなく、平均年収が高い世帯なのです。
そもそも、個人が支払った分程度の年金は、かなりの確率で戻ってきます。払い損ということは、ほぼあり得ません。払い損になるのは早く死去した場合だけです。
簡単に計算しましょう。
モデル賃金世帯の場合でも、月額賃金43.9万円に対して個人の保険料支払が約4万円(=43.9万円×9.15% ※厚生年金保険料18.3%は労使で折半)です。年間約48万円、33年間(22~65歳)払うと約1,590万円です。
それに対し、年金受給額は現時点の制度で、月額22万円、年額264万円です。20年(65~85歳)受給すると5,280万円なのです。
同様に2058年度の試算でも、モデル賃金57.4万円の個人負担の年金保険料は年額63万円、33年間で2,080万円です。
一方で、受給額は月額20.8万円、年額250万円、20年間で4,992万円です。
これは会社側が支払っている分を考慮していませんが、「個人として年金で支払い損」となることはないでしょう。(そして財政検証の試算では会社支払分を合わせても払い損にはなりません。)
以上が所得代替率、年金保険料の支払い額に対する個人負担についての留意点でした。
まとめ
公的年金制度が賦課方式である以上、少子高齢化が進む日本において年金の受給額が厳しくなっていくのを避けることは出来ません。
我々に出来ることは、今の高齢者よりは長く働くということを前提に生活設計をしていくことです。
ただし、過度の悲観は意味がありません。年金制度は崩壊しませんし、ほとんどの人にとっては払い損にもなりません。
公的年金制度を、今の受給者も含めて考えていくべき時期にあることは間違いありません。「お金」は有限です。有限の資金をどのように配分し、活用すべきかを本音で決めて行く必要があります。「表面的なキレイ事」はもはや不要です。