銀行の定期異動ルールを金融庁が撤廃するとの報道がなされています。
銀行の担当者を定期的に異動させるルールは、不正や癒着防止のために作られたものです。このルールを撤廃するというのはどのような意味・背景があるのでしょうか。
今回は、銀行の定期異動ルールについて確認していきましょう。
報道内容
本件については以下の記事が参考になるかと思います。
銀行の定期異動ルール撤廃 金融庁、今秋にも監督指針見直し
2019/8/15 共同通信金融庁が不正や癒着の防止のため、大手銀行や地方銀行に求めてきた営業担当者の定期的な人事異動を撤廃することが15日、分かった。今秋にも該当する監督指針を見直す方針。中小企業の円滑な事業承継や個人顧客の資産形成をサポートするには、営業担当者との長期的な信頼関係の構築が不可欠と判断した。
担当者による不正や癒着防止に向け、銀行は抜き打ちの内部監査といった対策の徹底を図る。転勤がなく地域限定で勤務する職員を積極活用するなど、多様な働き方が広がる可能性がある。長引く超低金利で収益環境が厳しい地銀などにとって、人件費節減の効果も期待できそうだ。
以上が報道でした。
人事異動にかかる金融庁の指針
銀行員はいわゆる「転勤族」です。営業担当者は数年での転勤が当たり前となっています。銀行のお客様から見ると、数年でコロコロと担当者が代わり面倒だと感じる方もいらっしゃるでしょう。
この数年間隔での異動は、上記報道にある通り金融庁の監督指針によるものです。
以下監督指針を確認しましょう。
<主要行等向けの総合的な監督指針本編>
Ⅲ-3 業務の適切性等
Ⅲ-3-6 事務リスク
Ⅲ-3-6-2 主な着眼点
(4)人事管理に当たっては、事故防止等の観点から職員を長期間にわたり同一業務に従事させることなくローテーションを確保するよう配慮されているか。人事担当者等と連携し、連続休暇、研修、内部出向制度等により、最低限年一回、一週間以上連続して、職場を離れる方策をとっているか。職員教育において、職業倫理が盛り込まれているか。なお、派遣職員等についても、事故防止等の観点から、可能な範囲で職員と同様の措置を講じているか。
Ⅲ-3-10 海外業務管理
Ⅲ-3-10-2 主な着眼点
(1)本店及び海外営業拠点経営陣等による拠点経営・業務運営の適正な管理
④ 人事管理に当たっては、事故防止等の観点から、役職員を長期間にわたり同一業務に従事させることなく、人事ローテーションを確保するよう配慮されているか。人事担当者等と連携し、連続休暇、研修、内部出向制度等により、最低限年一回、一週間以上連続して、職場を離れる方策をとっているか。
Ⅵ 外国銀行支店の監督
Ⅵ-2 主な着眼点
(1)本店及び支店経営陣等による支店経営・業務運営の適正な管理
② 支店経営・業務に精通する支店経営陣及び本店派遣行員の選任と適正な配置が行われているか(我が国における支店業務の運営に十分な資質・経験を有する経営陣や業務運営・管理責任者の選任、及び、適正かつ妥当な人事ローテーションの定期的な実施が図られているか。)。
<中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針本編>
Ⅱ-3 業務の適切性
Ⅱ-3-3 事務リスク
Ⅱ-3-3-2 主な着眼点
(4)人事管理に当たっては、事故防止等の観点から職員を長期間にわたり同一業務に従事させることなくローテーションを確保するよう配慮されているか。人事担当者等と連携し、連続休暇、研修、内部出向制度等により、最低限年一回、一週間以上連続して、職場を離れる方策をとっているか。職員教育において、職業倫理が盛り込まれているか。なお、派遣職員等についても、事故防止等の観点から、可能な範囲で職員と同様の措置を講じているか。
以上の通り、定期的な人事異動は「事故防止等の観点」から指針において盛り込まれています。
今回の報道が正しければ上記の監督指針が改訂されることになります。
所見
今回の共同通信の記事では「中小企業の円滑な事業承継や個人顧客の資産形成をサポートするには、営業担当者との長期的な信頼関係の構築が不可欠と判断した。」というのが定期的な人事異動の撤廃理由となっています。
そして「転勤がなく地域限定で勤務する職員を積極活用するなど、多様な働き方が広がる可能性がある。長引く超低金利で収益環境が厳しい地銀などにとって、人件費節減の効果も期待できそうだ。」とのコメントが続いており、銀行の定期的な人事異動・ローテーションの実施が銀行経営における大きなコストになっていることも分かります。
今回の定期的な人事異動ルールの撤廃は、報道記事からは地銀からの要望であったことが想定されます。
確かに、中小企業の事業承継や個人顧客とのリレーションについては、長年担当が出来て初めて信頼関係が生まれる可能性が高くなります。そして、様々な情報が蓄積できるからこそ、顧客にとっての適切な提案が出来るようになるとも言えます。ビジネス的な判断では長年顧客を担当できる方が、銀行にとっても良いのです。
一方で、定期的な人事異動ルールは、不正や癒着防止のために作られたのではなかったでしょうか。今後は、内部監査の充実等で対応していくようですが、それだけで大丈夫でしょうか。
銀行員の不祥事は、現金が絡んでいることが多いと言えます。分かりやすいのは、現金を預かり、定期預金証書をお客様に交付したものの、証書を銀行員が偽造していたケースでしょう。お客様からの正当な払出請求のように見せかけて現金を引き出し、着服していたような事例もあります。
すなわち、現金というのは匿名性がある(足が付かない、使った紙幣の保有者が特定されることがない)だけに、銀行員の犯罪に利用されるのです。
銀行員の犯罪を抑止する最大のポイントは、キャッシュレス社会になることです。
資金の流れが、常に本人特定・追跡可能になれば、銀行員が詐欺・横領等の不祥事を働く余地が非常に狭まります。
キャッシュレス(この中には銀行口座からの振込も含まれます)な社会では、銀行員が現金を預かることは当然無くなります。また、手続きもシステム上(インターネット上のシステム、インターネットバンキング含む)で行われることが通常でしょう。そうすると資金の移動に銀行の営業担当者が関与できる余地は減少するのです。そして、キャッシュレス社会ならば、万が一顧客から資金を詐取できたとしても、自身が関与する銀行口座に入金するぐらいしか方法がありません。銀行口座への入金と、その口座での資金使用は追跡が可能となります。犯罪が露呈する可能性は、現金によるもの犯罪よりも、大幅に高くなります。
金融庁がこのタイミングで定期人事異動ルールの廃止を決めたのは、キャッシュレス社会になることを想定しているからでしょうか。それとも、AI等で不正を検知することが容易になったとの判断でしょうか。
定期的な人事異動ルール廃止理由について、金融庁の真意がどこにあるのか、今後の社会の流れはどうなっていくのかに、筆者は注目しています。