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高度プロフェッショナル制度の対象業務が金融に偏っているのはカモフラージュでは?

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高度プロフェッショナル制度、いわゆる脱時間給制度の詳細なルールを厚生労働省がまとめました。

この高度プロフェッショナル制度の対象業務は、かなりの部分が金融に関係しています。

今回はこの制度の対象業務について主に確認していくことにしましょう。

 

報道内容

まずは、高度プロフェッショナル制度の概要をつかむために新聞記事を引用します。

脱時間給、5業務を了承
2018/12/26 日経新聞

 厚生労働省は26日、働いた時間でなく仕事の成果で評価する「脱時間給」制度の詳細なルールをまとめた。対象はコンサルタントや研究開発など5業務とし、年収要件は原則、賞与を除いて1075万円以上とした。企業側は出勤時間など業務上の具体的な指示はできない。企業にとっては厳しい運用条件があり、どこまで制度が普及するか不透明な面もある。
 労働政策審議会(厚労相の諮問機関)が制度に関する省令案と指針案を了承した。働き方改革関連法で創設が決まったが、具体的な業務や年収要件は省令と指針で定めることになっていた。
 対象は金融商品の開発、金融のディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発の5業務。業務ごとに対象とならない事例も列挙し、例えばコンサルは個人顧客を対象とする場合は対象外と明記した。賞与も成績や成果に連動し、支払いが確実といえない場合は年収要件の1075万円に含まないとした。
 労働者が仕事の具体的な指示を受けないことも要件にした。企業は出勤時間の指定、労働者の裁量を奪うような成果の要求や期限の設定、日時が決まった会議の出席の義務付けなどができない。
 脱時間給制度は働いた時間と賃金の関係を切り離し、成果で評価することで柔軟な働き方につなげる狙いがある。2019年4月から始まる。
 ただ、残業代や休日労働の手当などが支給されなくなることから「長時間労働が助長される」と懸念する声も根強い。厚労省は制度の適切な運用について、全ての導入企業を対象に監督指導する方針だ。

以上が高度プロフェッショナル制度の概要です。

 

対象業務の要件①

では、高度プロフェッショナル制度の内容について詳細を見ていきましょう。

2018年12月26日に公開された「労働基準法第41条の2第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針案」から抜粋していきます。

 

対象業務は、次の(イ)及び(ロ)に掲げる要件のいずれにも該当するもの。

(イ) 当該業務に従事する時間に関し使用者から具体的な指示を受けて行うものでないこと。

労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号。以下「則」という。)第34条の2第3項に規定する「当該業務に従事する時間に関し 使用者から具体的な指示(業務量に比して著しく短い期限の設定その他の実質的に当該業務に従事する時間に関する指示と認められるものを含む。)を受けて行うものを除く」の「具体的な指示」とは、労働者から対象業務に従事する時間に関する裁量を失わせるような指示をいい、 対象業務は働く時間帯の選択や時間配分について自らが決定できる広範な裁量が労働者に認められている業務でなければならない。また、実質的に業務に従事する時間に関する指示と認められる指示についても、「具体的な指示」に含まれるものである。 ここでいう「具体的な指示」として、次のようなものが考えられる。

  • 出勤時間の指定等始業・終業時間や深夜・休日労働等労働時間に関する業務命令や指示
  • 労働者の働く時間帯の選択や時間配分に関する裁量を失わせるような成果・業務量の要求や納期・期限の設定
  • 特定の日時を指定して会議に出席することを一方的に義務付けること
  • 作業工程、作業手順等の日々のスケジュールに関する指示

 

対象業務の要件②

対象業務は、前述の(イ)及び次の(ロ)に掲げる要件のいずれにも該当するもの。

(ロ) 則第34条の2第3項各号に掲げる業務のいずれかに該当するものであること。

① 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務

則第34条の2第3項第1号の「金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務」とは、金融取引のリスクを減らしてより効率的に利益を得るため、金融工学のほか、統計学、数学、経済学等の知識をもって確率モデル等の作成、更新を行い、これによるシミュレーションの実施、その結果の検証等の技法を駆使した新たな金融商品の開発の業務をいう。 ここでいう「金融商品」とは、金融派生商品(金や原油等の原資産、株式や債権等の原証券の変化に依存してその値が変化する証券) 及び同様の手法を用いた預貯金等をいう。 

<対象業務となり得る業務の例> 

  • 資産運用会社における新興国企業の株式を中心とする富裕層向け商品(ファンド)の開発の業務

<対象業務となり得ない業務の例> 

  • 金融商品の販売、提供又は運用に関する企画立案又は構築の業務
  • 保険商品又は共済の開発に際してアクチュアリーが通常行う業務
  • 商品名の変更や既存の商品の組合せのみをもって行う金融商品の開発の業務
  • 専らデータの入力又は整理を行う業務

② 資産運用(指図を含む。以下この②において同じ。)の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務又は投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務

則第34条の2第3項第2号の「資産運用(指図を含む。以下この号において同じ。)の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務又は投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務」とは、金融知識等を活用した自らの投資判断に基づく資産運用の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務をいう。

<対象業務となり得る業務の例>

  • 資産運用会社等における投資判断に基づく資産運用の業務(いわゆるファンドマネージャーの業務
  • 資産運用会社等における投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務(いわゆるトレーダーの業務
  • 証券会社等における投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務(いわゆるディーラーの業務

<対象業務となり得ない業務の例>

  • 有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断を伴わない顧客からの注文の取次の業務
  • ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラーの指示を受けて行う業務
  • 金融機関における窓口業務
  • 個人顧客に対する預金、保険、投資信託等の販売・勧誘の業務
  • 市場が開いている時間は市場に張り付くよう使用者から指示され、実際に張り付いていなければならない業務
  • 使用者から指示された取引額・取引量を処理するためには取引を継続し続けなければならない業務
  • 金融以外の事業を営む会社における自社資産の管理、運用の業務

③ 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務

則第34条の2第3項第3号の「有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務」とは、有価証券等に関する高度の専門知識と分析技術を応用して分析し、当該分析の結果を踏まえて評価を行い、これら自らの分析又は評価結果に基づいて運用担当者等に対し有価証券の投資に関する助言を行う業務をいう。 ここでいう「有価証券市場における相場等の動向」とは、株式相場、債権相場の動向のほかこれらに影響を与える経済等の動向をいい、「有価証券の価値等」とは、有価証券に投資することによって将来得られる利益である値上がり益、利子、配当等の経済的価値及び有価証券の価値の基盤となる企業の事業活動をいう。

<対象業務となり得る業務の例>

  • 特定の業界の中長期的な企業価値予測について調査分析を行い、その結果に基づき、推奨銘柄について投資判断に資するレポートを作成する業務

<対象業務となり得ない業務の例>

  • 一定の時間を設定して行う相談業務
  • 専ら分析のためのデータ入力又は整理を行う業務

④ 顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査又は分析及びこれに基づく当該事項に関する考案又は助言の業務

 則第34条の2第3項第4号の「顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査又は分析及びこれに基づく当該事項に関する考案又は助言の業務」とは、企業の事業運営についての調査又は分析を行い、企業に対して事業・業務の再編、人事等社内制度の改革など経営戦略に直結する業務改革案等を提案し、その実現に向けてアドバイスや支援をしていく業務をいう。 ここでいう「調査又は分析」とは、顧客の事業の運営に関する重 要な事項について行うものであり、顧客から調査又は分析を行うために必要な内部情報の提供を受けた上で、例えば経営状態、経営環境、財務状態、事業運営上の問題点、生産効率、製品や原材料に係る市場の動向等について行う調査又は分析をいう。

<対象業務となり得る業務の例>

  • コンサルティング会社において行う顧客の海外事業展開に関する戦略企画の考案の業務

<対象業務となり得ない業務の例>

  • 調査又は分析のみを行う業務
  • 調査又は分析を行わず、助言のみを行う業務
  • 専ら時間配分を顧客の都合に合わせざるを得ない相談業務
  • 個人顧客を対象とする助言の業務
  • 商品・サービスの営業・販売として行う業務
  • 上席の指示やシフトに拘束され、働く時間帯の選択や時間配分に裁量が認められない形態でチームのメンバーとして行う業務
  • サプライヤーが代理店に対して行う助言又は指導の業務

⑤ 新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務

則第34条の2第3項第5号の「新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務」とは、新たな技術の研究開発、新たな技術を導入して行う管理方法の構築、新素材や新型モデル・サービスの研究開発等の業務をいい、専門的、科学的な知識、技術を有する者によって、 新たな知見を得ること又は技術的改善を通じて新たな価値を生み出すことを目的として行われるものをいう。

<対象業務となり得る業務の例>

  • メーカーにおいて行う要素技術の研究の業務
  • 製薬企業において行う新薬の上市に向けた承認申請のための候補物質の探索や合成、絞り込みの業務
  • 既存の技術等を組み合わせて応用することによって新たな価値を生み出す研究開発の業務
  • 特許等の取得につながり得る研究開発の業務

<対象業務となり得ない業務の例>

  • 作業工程、作業手順等の日々のスケジュールが使用者からの指示により定められ、そのスケジュールに従わなければならない業務
  • 既存の商品やサービスにとどまり、技術的改善を伴わない業務
  • 既存の技術等の単なる組合せにとどまり、新たな価値を生み出すものではない業務
  • 他社のシステムの単なる導入にとどまり、導入に当たり自らの研究開発による技術的改善を伴わない業務 
  • 専門的、科学的な知識、技術がなくても行い得る既存の生産工程の維持・改善の業務
  • 完成品の検査や品質管理を行う業務
  • 研究開発に関する権利取得に係る事務のみを行う業務
  • 生産工程に従事する者に対する既知の技術の指導の業務
  • 上席の研究員の指示に基づく実験材料の調達や実験準備の業務
(以上、厚生労働省HP、第151回労働政策審議会労働条件分科会資料より
 

所見

以上、5つの対象業務を見てきました。

最初の3つの業務は金融商品開発、資産運用等(ファンドマネージャー、トレーダー、ディーラー)、アナリストであり、まさに金融業界における業務です。またコンサルティングについてもメガバンク等はコンサルティング会社を傘下企業として保有しています。

このように高度プロフェッショナル制度は、現時点では、かなりの部分で金融機関を対象としたものといえるでしょう。

筆者は、このような金融機関における業務を主な対象業務としたことは、制度の導入を「とりあえず果たす」ことを優先したためと考えています。

金融機関は、比較的給与が高く、労働組合も強くはなく、そもそも世間から好かれているとまでは言えない業種です。すなわち、政府・経営者から見れば、金融機関に高度プロフェッショナル制度を導入するのはハードルが低いと言えます。

これはコンサルティング企業も同様です。特にコンサルティング企業は外資系に存在感があり、労働組合自体が存在しないことも多いでしょう。

そして、今回の導入において、日本の企業経営者が(全般としては)最も期待を寄せていたのは、実際には研究開発分野の業務でしょう。しかし、金融機関における業務が主であるかのように様々な発表資料が作られ、また報道がなされていましたので「目立たなかった、目立せなかった」と筆者は感じています。

高度プロフェッショナル制度は年間休日104日(これは単純に週休二日ですが)のみならず、使用者が高度プロフェッショナル制度適用者に出勤日(会議参加含む)を強制できない等の歯止めはかかっています。しかし、転職が当たり前ではない日本においては、使用者(会社)と労働者のパワーバランスは使用者側に偏っているのです。命令はされなくとも、要請されれば実質的に強制されていることと同義となる可能性は高いでしょう。

この高度プロフェッショナル制度は、今後は更に対象業務を拡大していく可能性があります。ほとんどの労働者にとって他人事ではないのです。

高度プロフェッショナル制度の良い点、悪い点等を労働者側から改めて整理しておきましょう(経営者側は「導入したい」といっているのですから評価する必要はないでしょう)。
 
 <高度プロフェッショナル制度のメリット>
  • 仕事をいくらでもしたい労働者にとっては、現在の労働法制よりも歯止めが低くなるので、長い時間をかけて仕事に従事できる
  • 対象業務に従事するほとんどの労働者が高度プロフェッショナル制度で(同意をして)働く場合は、成果で評価されるようになり、無駄に残業している(もしくは仕事の遅い)労働者よりも成果を出している労働者の方が賃金が高くなる可能性が高い
  • 出退勤が自由であるため、仕事がない日はすぐに家に帰ることができる(もしくは出社しない)
  • 同様に子供の急な送り迎え等に対応できる
  • 家族の介護に従事する労働者にとっても柔軟な出退勤が可能である
  • 仕事が終わっていても、周囲が帰らないから、自分も帰れない、付き合い残業をするという日本企業でみられる風習を断ち切るきっかけとなる能性がある

<高度プロフェッショナル制度のデメリット>

  • 強制的な休憩時間が存在しない
  • 労働時間、時間外・休日労働について割増賃金がない
  • 休日としては、104日は確実に確保されるが、祝日や深夜に労働する可能性は排除されておらず、全体としては労働時間が増加する可能性がある
  • 企業における「成果」の定義次第では、労働時間管理をすべき業務であるにもかかわらず高度プロフェッショナル制度適用対象者の業務として位置づけられ、残業代削減のために制度が活用される可能性がある
  • 「成果」を測定するのは難しく(そもそも上司が指揮命令するのが難しいほどプロフェッショナルな業務のはずであるため)、成果と賃金が結びつくのか疑問
  • 同じ就業時間を適用されない場合、チームで仕事をするよりも、仕事が属人化する傾向にあり、個々人にとって休みづらくなる可能性がある

<同制度における今後の懸念点>

  • 対象業務を厚労省が設定できるため、対象業務の幅が増加していく可能性がある
  • 特に賃金水準面では、2006年当時「ホワイトカラー・エグゼンプション」が厚労省で検討されていた時期には、適用対象者が「年収900万円以上」と報道されていたこと、当時の経団連は「400万円」「700万円」といった基準を提唱した経緯があり(※)、今後、基準となる賃金水準が引き下げられていく可能性が存在する
  • また、当該制度の導入を契機に管理監督者についての見直しも行われる可能性が存在する

※経団連の提唱(ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言)

(ⅱ)当該年における年収の額が 400 万円(又は全労働者の平均給与所得)以上であること。年収額が 400 万円未満の労働者については新制度を適用しない。
法令で定める業務に加えて労使で対象業務を定める場合、年収額が 700 万円(又は全労働者の給与所得の上位 20%相当額)以上の者については、労使協定の締結又は労使委員会の決議のいずれにおいても追加を可能とする。
また、前記の場合、年収額が 400 万円(又は全労働者の平均給与所得)以上、700 万円(又は上位 20%の給与所得に相当する額)未満である者については、労使委員会の決議のみにより追加を可能とする
※1 賃金要件として課す賃金の具体的な額については、さまざまな角度からの議論が必要であり、現時点ではあくまで例示にとどめる。

出典 ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言
2005 年 6 月 21 日 (社)日本経済団体連合会
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/042.html

以上が、筆者が考えつく高度プロフェッショナル制度の評価です。

私見では、日本の経営者側には成果をしっかりと測定する能力がない企業が多いと考えており、当該制度はほとんどの導入企業にとって残業代ゼロの効果を実質的にもたらすだけとなってしまうのではないかと考えています。

そもそも現行の法制度であったとしても「残業を完全に禁止すること」で成果だけで業務を評価することは可能になります。全員が同じ時間しか業務を行えないのですから、これは「平等」でしょう。

また、時間あたりの有給休暇制度、フレックスタイム制度、時差勤務制度等を使えば柔軟に働くことは可能です。

就業時間が決まっていたとしても、上司が「早く帰って良い」とすれば早く帰ることは現行法制上も可能なのです。

日本は労働力の観点から人手不足になっていくはずです。

持続可能な柔軟な働き方とは、どのようなものかを真剣に考えていかなければなりません。

少なくとも現状のように労働者の仕事に明確な範囲が定められていない場合には、経営者や上司から、次々と処理しきれない量の仕事が割り振られる可能性は十分に高いといわざるをえません。(これは高度プロフェッショナル制度よりも裁量労働制の方が更に該当するとは思いますが)

日本において求められているのは、経営者側が望む「時間と賃金の関係を切り離す」ことではなく、まずは労働者が「自分の時間を柔軟に確保する」「健康を確保する」ことなのではないでしょうか。

先行きの見えない時代には、労働者は自分で様々な勉強、人脈づくりをした方が良いでしょう。

また結婚している世帯は共稼ぎがほとんどになるのですから、家族のために柔軟に時間を調整できなければなりません。

そして、日本においては少子化が問題なのではなかったでしょうか。子育てを行いやすい環境とは、少なくとも労働時間が限定されているということなのではないでしょうか。

以上を考えると、筆者としては日本において求められるのは、まずは労働時間の限定、短縮であるように感じています。

国際競争力の強化、生産性の向上等は違う角度からなされるべきなのではないでしょうか。労働者の時間を奪うような制度、すなわち生産性の向上等の責任を労働者に押し付けるような制度は、日本を悪い方向に進ませるのではないかと懸念を筆者は持っています。