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スルガ銀行の創業家ファミリー企業向け不適切融資問題は他人事ではない

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スルガ銀行が創業家ファミリー企業向け不適切融資問題に関連して現旧取締役に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。

提訴の理由は、創業家ファミリー企業にかかる与信管理についての職務執行の善管注意義務違反等になります。

本件創業家ファミリー企業向け不適切融資問題にかかる調査委員会の報告書は、銀行の不祥事案として参考となる事例であると共に、一般企業でも留意すべき他山の石となるでしょう。今回は、スルガ銀行における創業家ファミリー企業向け不適切融資問題について内容を確認していきましょう。

 

報道内容

まずは、報道記事を参照しておきましょう。概要が把握できます。

スルガ銀、創業家への不適切融資で前会長ら5人を提訴

2018.12.27 産経新聞

 スルガ銀行は27日、創業家が関連する「ファミリー企業」への不適切融資をめぐり岡野光喜前会長ら5人に対し連帯して総額約32億円を支払うよう求める損害賠償訴訟を静岡地裁に起こした。同日公表した社外弁護士らによる調査委員会の報告書では、融資がファミリー企業の債務返済や資金繰りが目的だったとして法的責任を認定した。
 シェアハウス向け投資をめぐる不正融資問題で総額35億円の損害賠償を求め提訴したのに続き、信用失墜や財務悪化を招いた旧経営陣の責任を追及。連帯請求の上限は岡野氏の実弟で副社長を務めた故喜之助氏の責任が最も重く30億円。次いで岡野氏を13億円とした。
 報告書によると、ファミリー企業向け融資は平成14年時点で約1200億円に上り、減額を図った結果、現在は488億円が残る。 

    岡野氏が代表理事の財団法人に対し、24年から29年に寄付したお金が美術品や不動産の売買を通じて他のファミリー企業に流れ、借り入れの返済に充てられた。
 特別背任などの刑事責任に関しては、喜之助氏が死去しており「疑いは残るものの調査に限界がある」(調査委の片岡義広弁護士)として、追及を見送ることにした。
 スルガ銀はファミリー企業関連の融資焦げ付きに備え30年9月中間期で134億円の貸倒引当金を計上しており、この期に1千億円超の最終赤字を計上する一因となった。

では以下でもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

 

損害賠償請求のポイント

スルガ銀行が現旧取締役に対して創業家ファミリー企業向け融資に関係する訴訟提起をした事案は主に2点になります。

  1. 2015年11月にスルガ銀行が行った一部の創業家ファミリー企業からの自己株式の取得、及びそれに先立つファミリー企業1社に対するスルガ銀行株式を対象とする担保解除がなされた事案(担保解除事案)
  2. 2012年から2017年の間に美術館を運営する一般財団法人(創業家ファミリー企業)に対してスルガ銀行が行った寄付に関し、寄付金が美術品や不動産の売買を通じて一部の創業家ファミリー企業に流れ、スルガ銀行からの借入れの返済に使われるなどしていた事案(寄付事案) 

上記2点の事案について、スルガ銀行には損失が発生しており、その損害額の一部を現旧取締役に請求したというのが今回の訴訟事案です。

では、上記「担保解除事案」「寄付事案」についてもう少し詳細を見ていきましょう。最初に抑えておくべきポイントとして創業家ファミリー企業の株主構成から確認します。

 

創業家ファミリー企業

今回の第三者調査委員会の報告書である程度判明したのは創業家一族がどのようにスルガ銀行の株式を保有しているかということです。

まずポイントとなるのは、岡野光喜氏(前CEO)のスルガ銀行の持株比率は0.1%程度です。そして、同氏はスルガ銀行の大株主である創業家ファミリー企業の株式は保有していません。また創業家ファミリー企業に対して事実上の支配権を及ぼすこともなかったと報告されています。

次に岡野喜之助氏(光喜氏の実弟、元副社長・COO)ですが、同氏のスルガ銀行の持株比率は光喜氏の半分程度です。そして、創業家ファミリー企業の株式を保有していません。

では、スルガ銀行の大株主であった創業家ファミリー企業の株主構成はどのようになっていたのでしょうか。

光喜氏、喜之助氏の実弟である三男のW氏(報告書ではこのように記載)が一部の創業家ファミリー企業の株主であったとされています。W氏が関係する創業家ファミリー企業が持つスルガ銀行の株式は全体の13.13%程度(2018年3月末時点)です。このW氏が関係する創業家ファミリー企業は資本構成が複雑になっていますがW氏が大株主であったことは間違いないでしょう。

このW氏が関係する創業家ファミリー企業に加え、一般財団法人である美術館、喜之助氏が経営に実質的に関与していた企業群の大きく3つが創業家ファミリー企業とされています。

光喜氏、喜之助氏がスルガ銀行に対して行使していた影響力に比べて、実質的にはスルガ銀行の株式をほとんど保有していませんでした。

スルガ銀行は創業家との決別を目指しており、創業家にスルガ銀行の株式を手放すように求めていますが、実際には光喜氏、喜之助氏の相続人でもない、(スルガ銀行に入社したことは無い)W氏と交渉することになります。これは、新しく判明した事実であり、交渉は簡単にはいかない可能性があるでしょう。

このポイントを押さえた上で、今回の損害賠償請求の対象となった「担保解除事案」から内容を確認していきましょう。

 

担保解除事案

調査委員会の調査によれば2002年3月末時点の創業家ファミリー企業向け貸出は120,801百万円となっています。2002年以降にスルガ銀行は創業家ファミリー企業への貸出が長期固定化していることを問題として認識し、債務者区分を見直した上で「特定管理先」として改善計画を策定し、改善計画終了の2015年3月末時点で52,296百万円まで残高を圧縮しました。2018年3月末時点では更に回収が進み貸出残高は488億円となっています。

この創業家ファミリー企業に対する貸出の実行や管理全般については他社と同じように審査等がなされ、少なくとも形式的には優遇されているものではなかったようです。残高がこれだけ減少してきたのがその証左でしょう。

ただし、今回問題となったのは、担保解除です。ポイントは以下となります。

  • 担保解除前の時点におけるB1社(報告書記載)宛の貸出残高8,833百万円
  • B1社宛貸出の担保は不動産担保およびスルガ銀行の株式担保だが、貸出債権全額をカバーするには至らず(被保全部分は5,117百万円)
  • スルガ銀行はB1社の株式担保について担保解除を実施
  • スルガ銀行は自社株買いにより、このB1社等が保有するスルガ銀行株式を買付
  • B1社はスルガ銀行株式売却代金として4,125百万円を受領
  • スルガ銀行は担保解除の見返り(条件)としてB1社から1,864百万円を回収
  • このB1社からの回収金額の根拠は、「株式担保差入時(=2006年3月)の時価の70%」
  • すなわちB1社は担保として差し入れていたスルガ銀行株式を売却し4,125百万円のキャッシュを手に入れたにも関わらず、貸出金の返済としては1,864百万円しか支払わず、差額の2,260百万円をスルガ銀行は回収しなかったという事象

この点について、調査委員会が問題だとしています。

スルガ銀行からすると、「担保に取っていた」=すなわち全額を貸出金の回収に充当できたはずの株式売却代金を受け取らない決定を下した取締役の判断は、スルガ銀行に損害を与えたということになるのです。

この判断プロセスは、スルガ銀行の実務を仕切っていた喜之助氏が指示を出し、稟議書が作られ、最終的に経営会議の構成員に回覧されています。

経営会議は過半数の承認によって決裁されるため、過半数の承認となった段階で、その他の経営会議構成員に稟議書は回覧されていません(この対応も問題だとは思いますが)。

スルガ銀行が、株式担保の売却代金の全額を回収しなかったのは、創業家ファミリー企業が資産超過の状態にあり当該株式売却代金で回収しなくとも、他資産の処分等で回収可能と判断していたからです(少なくとも関係者はそのように主張しているようです)。

調査委員会は、この判断が甘いとしています。すなわち、経営会議で承認した取締役は、詳細に調査を行い返済可能性について慎重に判断すべきだったとして、取締役の善管注意義務違反等があるとしています。

 

寄付事案

もう一つ、調査委員会が問題として挙げた事案が寄付事案です。

スルガ銀行は光喜氏が代表理事を務める一般財団法人F1美術館(報告書の記載名)に対して、2012年以降、取締役会の承認決議を経て、寄付を行っています。

この寄付は、主に工事等の費用、運営費用の支払、美術品・不動産の取得を目的とした寄付となっています。

この寄付は、創業家ファミリー企業から美術品の収集・不動産の取得等を行うことによって、創業家ファミリー企業のスルガ銀行からの融資返済に充当されました。

この寄付の問題点としては、以下が挙げられています。

  • F1美術館の要請を受けて寄付が行われた体裁になっているにも関わらず、F1美術館は「どの作品を取得したい」等の判断を行っていないこと
  • F1美術館の寄付要請のタイミング判断は喜之助氏が行っていたこと
  • 寄付金によって購入する美術品は、F1美術館ではなく喜之助氏の息のかかったファミリー企業のオペレーション担当者が、金額の高いものから順番に並べて決めていたにすぎないこと
  • そのため、寄付が後期になると美術品の購入点数は大幅の増加していること
  • 最終的には、美術品が枯渇したため駐車場や他美術館の建物の取得等が寄付金の目的となったこと
  • 様々な要素から判断し、スルガ銀行の創業家ファミリー企業(美術館)に対する寄付金は、社会的意義がなく、創業家ファミリー企業の利益を図る目的をもって寄付が実行されていることから、その全額4,762百万円がスルガ銀行の損害であること(この寄付によってスルガ銀行の創業家ファミリー企業向け貸出が一部返済されているが、それを勘案する意味は無い)
  • この寄付金の「裏の目的」を知っていた取締役には責任があること
以上が寄付事案です。

 

所見

今回の創業家ファミリー企業向け貸出問題を見て分かることは、スルガ銀行には想像以上にガバナンスが働いていなかったということでしょう。

創業家の権力は保有している株数以上に強かったのです。

なお、今回の調査報告書で分かることはCEOの光喜氏(兄)は、実務面の詳細についてほとんど知らなかったとされていることです。「知ることができる」もしくは「知るべき」立場だったにもかかわらず、全てを弟の喜之助氏に任せていたということなのかもしれません。

取締役は、その立場においてかなりの責任・義務を負っています。取締役と従業員は根本的に異なります。取締役は「誰か」に責任を転嫁することはできません。

サラリーマンの成れの果て、出世すごろくの「上がり」が、取締役ではないのです。

この取締役の義務を忘れないで果たすこと、もっと端的に言えば「CEO等権力者の言いなりにならないこと」、これこそが企業が求められているガバナンスの根本であり、取締役に求めれていることです。

スルガ銀行にはこの点で問題があったということでしょうが、この問題は恐らく他の日本企業にも往々にして存在するものと思います。社長が主張したことに反対意見を言える取締役がどれだけ存在するでしょうか。

そのような意味で、スルガ銀行の事案は、全ての企業に関わりのあることであり、他山の石なのです。