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日産自動車ゴーン前会長が行ったデリバティブ取引とはどのようなものか

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日産の前会長であるゴーン氏の事件が連日報道されています。

近時では当初の逮捕容疑であった有価証券報告書の虚偽記載のみならず、個人の資産管理会社におけるデリバティブ取引を日産自動車に付け替えたという特別背任容疑でゴーン氏が再逮捕されました。

今回は、このゴーン氏が実施していたデリバティブ取引について、どのような取引なのか、効果はどのようなものかについて確認してみましょう。

 

報道内容

まず、新聞でどのように報道されているかを確認しましょう。

ゴーン容疑者「決議あればいいんだね」 損失付け替え、銀行難色を押し切る
2018.12.23 産経新聞
 日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン容疑者(64)が私的な投資の損失を日産に付け替えたとされる特別背任事件で、損失が生じた通貨デリバティブ(金融派生商品)の取引先だった新生銀行(東京)側とゴーン容疑者の間でなされた交渉の詳細が22日、関係者への取材で判明した。ゴーン容疑者は付け替えを自ら提案。銀行側が強く難色を示しても「取締役会決議があればいいんだね」と意に介さず、付け替えの実行を求めたという。

 ●巨額の評価損
 ゴーン容疑者は日産のCEO(最高経営責任者)だった平成20年10月、自身の資産管理会社と新生銀行との間で契約したデリバティブ取引で生じた約18億5千万円の評価損を、資産管理会社から日産に付け替えたなどとして再逮捕された。

 関係者によると、ゴーン容疑者が契約したのは、通常より有利なレートで外貨と交換できる「為替スワップ取引」。ゴーン容疑者は日産からの報酬を円建てで受け取っていたが、生活の大半は海外のため、安くドルが買えるこの契約に大きな関心を寄せ、20年夏頃、自身の資産管理会社名義で契約したという。

 だが、同年秋に発生したリーマン・ショックの影響で急激な円高となり、取引で約18億5千万円という巨額の評価損を抱えることとなった。銀行側は同年10月、現金による追加担保を求めたが、ここでゴーン容疑者が持ち出したのが日産への契約付け替えだった。

 (以下略)

この記事に述べられていることが事実であれば、ゴーン氏は日産から受け取っている日本円ベースの報酬を、ドルベースで有利にするためにデリバティブ契約を行ったということになります。

 

ゴーン氏のニーズ

報道によれば、ゴーン氏は日産自動車からは日本円で報酬が払われていました。一方で、海外で生活の大半をおくっていたため、日本円をドルに両替する必要が生じていました。 このドルへの両替レートを有利(この場合は円高)にすることができればドルベースで見た場合には、報酬が増加したことになります。

ゴーン氏は、この円からドルに転換する際のレートが円高になるような為替デリバティブ取引を締結していたということでしょう。

報道ではゴーン氏は平成20年(2008年)夏ごろにデリバティブ契約を締結したとされています。
2008年といえばリーマンショックが起こり為替が急激に変動した年です。以下、2008年の為替変動を記載します。

日付 始値 高値 安値 終値
2008年12月 95.4899 95.5599 87.11 90.5999
2008年11月 98.6299 100.55 93.54 95.47
2008年10月 106 106.5299 90.8799 98.41
2008年9月 108.3199 109.18 103.4899 106.0299
2008年8月 107.8499 110.66 107.26 108.75
2008年7月 106.0899 108.3799 103.75 107.83
2008年6月 105.2799 108.58 103.8499 106.0899
2008年5月 103.98 105.87 102.55 105.4899
2008年4月 99.86 104.87 99.58 103.87
2008年3月 103.58 104.18 95.7099 99.9
2008年2月 106.41 108.61 103.7699 103.8799
2008年1月 111.69 112.22 104.9499 106.47

このように、秋口から一気に円高の流れが進みました。

結果としては、円高になったため、ゴーン氏が行ったデリバティブ取引は意味が無かった(実際には評価損が巨額になったため「失敗した」という方が正確でしょうが)ということになったと思われます。

 

 

デリバティブ取引

では、ゴーン氏はどのようなデリバティブ取引を行ったのでしょうか。 

上記の新聞記事には「通貨デリバティブ」と記載がありますが、ゴーン氏のニーズや当時の商品ラインナップを考えると、筆者はクーポンスワップを締結したのではないかと考えています。

クーポンスワップとは、通貨スワップで、元本の交換を行わずに、金利の交換だけを取引することです(出所:大和証券)。

そして通貨スワップとは、デリバティブ(金融派生商品)のひとつで、異種通貨間の金利と元本を交換する取引のことです。通常は、取引開始時と満期日に元本を交換しますが、元本の交換を行わず、金利部分のみ交換する上記の「クーポンスワップ」などもあります。中長期の外貨建て債券・債務の為替リスクのヘッジなどに利用されます。

クーポンスワップは、為替予約と比べると長期間の契約であること、為替予約を同レートで複数契約した場合と同じ効果が得られることが特徴です。

ゴーン氏の場合のニーズは、通常生活している際には外貨建(この場合はドル建が主か)支払を行っているため、日本円よりもドルが必要となります。また、日本の役員報酬は基本的には現金払いで、かつ「定期同額」(税務上の要請)です。役員報酬は、毎月定額が日本円で入金されてくるのです。

これは見方を変えれば、毎月海外からドルベースで輸入を行っている輸入企業と同様のニーズと言えます。そして、この輸入企業は、輸入した商品の販売先への販売額は円建てとなっており、一定額である(=入金額は確定)ことが既に決まっているのです。このような場合に、輸入企業が更に利益を増やすことが出来るのは、輸入の際の支払いが減少した場合です。すなわち、商品のドル建の購入額そのものが安くなるか、円高となるか、のいずれかです。クーポンスワップは、このうち円高とするような金融商品と言えるでしょう。

ゴーン氏は上記のような効果を狙ったと思われます。

 

クーポンスワップとは

では、上述のクーポンスワップという取引がどのようなものかを、以下で簡単に確認しておきます。

クーポンスワップとは、クーポン=金利、スワップ=交換であり、異なる通貨の金利交換取引のことをいいます。スワップとはキャッシュフローの現在価値が等しいものの交換を表します。

為替を固定するために用いるのは為替予約が一般的ですが、クーポンスワップは現状よりも大きく円高水準で為替を固定できるために利用している企業も多いのです。

長期的な為替予約を行い、安いハンバーガーを提供したことで有名なのは日本マクドナルドです。なお、クーポンスワップについては上場企業はほとんど利用していません。理由は時価評価をしなければならないためです。

上場企業は為替、金利等で時価が上下し、それが決算に影響を与えるデリバティブ取引のようなものを避ける傾向にあります。この点には留意が必要です。

クーポンスワップは概念さえ理解してしまえば分かりやすい商品です。例をあげた方が分かりやすいので、以下事例を考えてみます。

<事例>
A社に1年50万ドル、2年間で合計100万ドルの輸入代金支払いがあるため、A社がB銀行から支払金額と同額のドルを調達したい場合

<前提>
金利 日本円1%、ドル5%
為替 1ドル100円

<クーポンスワップ組成例>

【ドルの現在価値算出】

  • 1年後の50万ドルの現在価値=476,190ドル(※1)=47,619,048円(※1 現在価値の計算方法=50万ドル÷(1+0.05))
  • 2年後の50万ドルの現在価値=453,515ドル(※2)=45,351,474円(※2 現在価値の計算方法=50万ドル÷{(1+0.05)×(1+0.05)})

以上から2年で支払う100万ドルは現在価値に直すと929,705ドル=92,970,522円となることが分かります。

【円の現在価値算出】

上記で算出した2年で支払う100万ドルの現在価値92,970,522円と同等になるような円払額は年間47,183,700円となります。(以下は分かりやすいように円ベースの支払額をすでに計算したところから始めています)

[1年間で47,183,700円ずつを2年間支払う場合]
  • 1年後の47,183,700円の現在価値=46,716,535円(※3)(※3 現在価値の計算方法=47,183,700円÷(1+0.01))
  • 2年後の47,183,700円の現在価値=46,253,995円(※4)(※4 現在価値の計算方法=47,183,700円÷{(1+0.01)×(1+0.01)})

上記現在価値の合計額は92,970,529円となり、2年間で94,367,400円(=47,183,700円×2)支払った額の現在価値となっています。

【調達レート】
上記にあるように2年で支払う100万ドルの現在価値は92,970,522円であり、2年で支払う94,367,400円の現在価値も92,970,522円でした。
つまり100万ドルと94,367,400円は価値が等しいことになります。
クーポンスワップとは、この価値の等しいものを交換することです。この事例でいくと現在は1ドル100円の為替水準でありながら、1ドル約94円で2年間ドルが調達できることになります。(なお、上記説明は仕組みをかなり単純化したものですので、現実には銀行の手数料等を勘案する必要があります。)

 

筆者は、このような仕組みを利用してゴーン氏は自身の役員給与を円高水準で受け取ることを狙ったのだと考えます。ゴーン氏は自身がしばらくは日産自動車での役職に留まるということを確信し、ある程度長い期間、円高水準でドルを受け取る(≒ドルベースの報酬を高く受け取る)契約を締結していたのでしょう。そのため、急激に円高に振れた際に、大きな評価損が出たのです。

ゴーン氏の今回の報道事例は、クーポンスワップのようなデリバティブ取引は、想定通りにいけば契約者にメリットをもたらす一方で、想定を外れると契約者に損失をもたらすこともあるという見本のような事例ということができます。

なお、日米の金利差が拡大していく中では、一般的に言えば、クーポンスワップへの取り組みメリットは増加していきます。

  • 現在価値=将来価値÷{(1+金利R1)(1+金利R2)(1+金利R3)・・・}

この計算式から分かるように金利が高ければ高いほど現在価値は低く算出されます。

スワップは現在価値が等しいものの交換ですので、金利が高いものと低いものとを交換する場合、金利の低いものは現在価値が高く、金利の高いものは現在価値が低く算出されます。

米国の利上げにより日米の金利差が開けば開くほど、円高水準でのスワップ取引が可能となるということです。

ゴーン氏の報道はクーポンスワップ取引についての警鐘を鳴らすと共に、クーポンスワップについてのメリットも思い出させてくれるかもしれません。