2021年の株主総会において、銀行業界で最も注目が集まっているのは、システム障害で揺れるみずほFGよりも、実は三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)なのではないでしょうか。
MUFGには、株主からの様々な議案(株主提案)が出されています。
今回は、このMUFGに出されている株主提案について確認し、銀行を取り巻く環境について考察してみたいと思います。
株主提案とは
株主提案とは、企業の株主総会で株主が取締役選任、定款変更、配当水準等を提案することです。
株主提案ができる株主は、総株主の議決権の1%以上の議決権、または300個以上の議決権を6カ月前から引き続き有する株主に限定されています(定款で緩和は可)。
これは、議決権割合が少ない株主も含めて、株主なら誰でも株主提案が可能だとすると、株主総会の議事運営が機能しなくなるためです(議案が膨大になる可能性があるということです)。
そのため、簡単に言えば、大口の株主に限って株主提案を認めています。
MUFGに対する株主提案概要
では、2021年6月の株主総会で、MUFGに対して出された株主提案はどのようなものでしょうか。
MUFGの株主総会招集通知には、以下のように付議事項が記載されています。(会社側提案の取締役選任・剰余金処分については今回は触れません)
<株主提案>
- 第3号議案 定款の一部変更の件(パリ協定の目標に沿った投融資を行うための経営戦略を記載した計画の策定・開示)
- 第4号議案 定款一部変更の件(有価証券報告書の早期提出)
- 第5号議案 定款一部変更の件(子供の連れ去りの禁止)
- 第6号議案 定款一部変更の件(反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者等への融資や不適切・異例な取引等の禁止)
- 第7号議案 定款変更の件(内部告発窓口の設置)
- 第8号議案 取締役の選任
5号議案についてはタイトルからして違和感があるのではないでしょうか。
では、早速に各議案について簡単に見ていきましょう。
3号議案
MUFGの株主総会において最も重要な株主提案は、この3号議案であることは間違いありません。
株主提案の内容は以下の通りです。
1.提案内容
「当会社は、パリ協定の目標に沿った投融資を行うための指標と短期、中期及び長期の目標を含む経営戦略を記載した計画を決定し、年次報告書にて開示する。」という条項を、定款に規定する。
2.提案理由
本提案は、当会社がパリ協定の目標に沿った投融資を行うための指標及び目標を含む経営戦略を記載した計画を決定し、開示することにより、当会社の気候変動リスクを管理し、企業価値を維持向上することを目的とする。
パリ協定は、既に深刻な被害を引き起こしている気候変動による更なるリスクを回避するために、地球の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度を十分に下回り、1.5度に留めるよう努力することを目標にし、また、資金の流れを当該目標に適合させることも目的とする。
当会社は、環境、社会、ガバナンス方針を定めているが、化石燃料拡大や森林破壊関連の事業等に多額の資金提供を続けており、パリ協定の目標と全く整合していない。これは、日本政府が温室効果ガス排出を2050年に実質ゼロにする目標を掲げる中で、当会社における深刻な投資及び評判リスクである。よって、本条項を定款に加える
ことを提案する。(出所 MUFG 第16期株主総会招集ご通知)
この株主提案は環境NGO等から出されたものです。尚、2020年はみずほFGに対して同様の提案が出されています(株主総会では否決されました)。
この株主提案は、気候変動をめぐり、環境団体が金融機関に対策強化を求める圧力をかけているものです。これは日本特有のものではなく、世界的な動きでもあります。
環境への貢献を重視するESG投資が拡大し一般化する中で、地球温暖化対策につながる投融資の実行を求める動きを金融機関に求めるようになってきました。
この株主提案は、温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定に合致した行動をMUFGという金融グループに求めるものであり「化石燃料拡大や森林破壊関連の事業等に多額の資金提供」を続けることをストップさせようというものです。
一番分かりやすい具体例は「石炭火力発電所の建設資金への融資を止めろ」というものでしょう。まさに脱炭素への流れです。
この株主提案に対して、MUFGは、「定款は会社を運営する上での基本的な方針を定めるものであり、個別具体的な業務執行に関する事項を規定することは適切ではない」として反対を表明しています。但し、株主提案の主旨は十分に理解しており、単純化すれば、既に内規を作り、宣言も対外的に公表し、温暖化対応については十分に行っているというものです。
定款変更を求める理由
ちなみに、株主提案が定款変更の形で提出される理由は、「日本の会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られ、議決権を行使できるのは、会社法または対象企業の定款に定められた株主総会決議事項に限定されているため」定款を変更しないと要求を実現できないとされています。
MUFGへの株主提案を定款変更として行う理由を環境NGOである気候ネットワーク等は以下のように説明しています。この説明は、非常に分かりやすいと思います。
日本では、欧米諸国とは異なり、取締役会を設置する株式会社において、株主が株主総会において議決権を行使して決議できるのは、会社法又は対象会社の定款における株主総会の決議事項(剰余金の処分、取締役の選任・解任、合併、会社分割の承認、定款変更など)に限定されています(会社法295条2項)。会社法又は定款における株主総会の決議事項に該当せず、株主が議決権を有しない事項についての株主提案は、不適法として会社により却下されます(同法303条1項括弧書き)。
そのため、日本では、会社への要求内容を具体的に記述できる株主提案の形式は、会社法により株主総会の決議事項とされる定款一部変更(同法466条)の提案に通常限られています。定款の一部変更の形式をとらず、単純に要求内容を記述して株主総会決議を要求する提案は、会社法又は対象会社の定款に基づくその他の株主総会の決議事項に該当しない限り、不適法を理由に株主総会の議題として取り上げられることもなく、終わることになります。
よって本提案も、会社法の規定に従い、定款の一部変更という適法な形式をとり提案するものです。(出所 投資家向け説明資料「三菱UFJフィナンシャル・グループへの株主提案」2021年 3月 29日)
まさにアクティビスト・モノ言う株主等が自らの主張を通すためには、株主総会で定款の一部変更という形態をとらざるを得ないのです。今回もこの形式が取られています。
4号議案~8号議案
4号議案については有価証券報告書の早期提出を定款に定めるものです。
有価証券報告書は株主総会終了後に公表されるスケジュールが一般的であり、この場合、株主が有価証券報告書の内容について株主総会で質問できるのは、決算が終わってから1年後であるということが問題とされています。
これは、非常に納得性の高いことであり、定款に定める必要があるかはともかく、株主としては重要な問題だと筆者も考えます。
5号議案は、「(MUFG)役員および従業員は、親権争いを有利にするために、子の連れ去りをしてはならない。」と定款に定めるものです。
株主からの提案理由は以下のように説明されています。
わが国は、離婚後の共同親権が認められていないため、親権争いに際して子の連れ去り行為が頻発している。元プロ棋士の橋本崇載八段も子の連れ去り被害に遭い、そのショックから38歳の若さで引退に追い込まれている。
B社の株主総会では、従業員による子の連れ去りが指摘され、会社も非難されるに至っている。
この問題は最終的には共同親権を認めることで立法的に解決すべき問題であるが、それまでの間、当社従業員が子の連れ去り行為を行えば、B社のように社会的非難を受ける可能性があり、そのリュピテーション(評判)リスクを回避する必要がある。(出所 MUFG 第16期株主総会招集ご通知)
株主提案には、このような提案が混ざることもあります。なぜこのような提案がなされるかというと、単純に言えば世間で話題にするためです。提案者は、この議案をMUFGの定款に本音では盛り込みたいと考えていないでしょう。あくまで、話題になり世間に問題が認知去れれば良いのです。
6号議案の「反社会的勢力及び反社会的勢力への利益供与者等への融資や不適切・異例な取引等の禁止」については、当たり前のことであり、各銀行ともルールを設けています。これは、株主提案としては良かれと思ってのものだとは思いますが、定款に盛り込むまでの必要性はないものと筆者は考えます。
7号議案は「内部告発窓口の設置」として個人(議案ではU氏の実名と住所)を定款に記載するというものです。個人には死亡が避けられないこと、各銀行とも内部告発窓口を外部の弁護士事務所等に設置していることから、当該議案は世間で話題になりたい以外の理由がなかなか見つかりません。もちろん、提案した株主はU氏が適任だと考えているかもしれません。
8号議案は「取締役の選任」です。提案理由が以下の通りであり、意味不明に思いますが、引用してみます。
I氏(招集通知では実名)はTAC株式会社の取締役として、利益供与を告発した講師を実質的に解雇して総会屋の便宜を図るなど、清濁併せのむ器の大きさがある。同社では問題行動がおおいが、コンプライアンスのしっかりした当社であれば、実力を発揮できるであろう。
(出所 MUFG 第16期株主総会招集ご通知)
この提案理由を見る限りは、総会屋の便宜を図った問題のある人物にしか見えませんが、このような提案がなされるのも株主総会の「あるある」と言って良いかもしれません。
所見
日本の上場企業における株主総会は、ひと昔前の「シャンシャン総会」から徐々に移行し、株主と会社経営陣が建設的な会話を行う場になる途上にあります。
そして、世界的に見てアクティビスト・モノ言う株主が台頭し、そして他の株主からも徐々に受け入れられてきている状況があり、気候変動対応が企業生き残りの前提になりつつある世の中で、MUFGの株主総会が開催されます。
MUFGは気候変動対応については定款に定める必要はないとのスタンスです。これは日本における定款の位置付け、取締役の役割、日本企業のガバナンス体制等を考えるとMUFG側に理屈があるとは思います。しかし、気候変動対応については理屈ではなく主義主張として賛同を集めることも多くなってきています。株主提案が思わぬほどの賛成票を獲得する可能性もゼロではないでしょう。
環境NGO等から銀行が温暖化対策・気候変動対応・脱炭素化についての圧力を受ける理由は、環境NGO等が「おカネ」という側面から、銀行のみならず全ての企業の行動を変えようとしているからです。これは自分たちの主張を通す上で、効果的な方策だと思います。
今後も環境NGO等のモノ言う株主と、銀行との間では様々なぶつかり合いが想定されます。銀行の経営戦略がどのようになっていくのか、そしてその銀行の行動変容を受けて一般企業がどのように行動を変えていくのか、しばらくの間は目が離せそうにありません。