日本銀行が「キャッシュレス決済の現状」を発表しました。
この報告書はまさにキャッシュレス化に関係のある様々なデータがまとめられています。
今回は、このレポートからキャッシュレス化について考察していくことにしましょう。
日銀の決済システムレポート
今回ご紹介するのは、決済システムレポート別冊シリーズ「キャッシュレス決済の現状」 (日本銀行決済機構局 2018年9月)です。
日本銀行は、決済システムの動向を鳥瞰し、評価するとともに、決済システムの安全性・効率性の向上に向けた日本銀行および関係機関の取り組みを紹介することを目的として、「決済システムレポート」を定期的に公表しています。
「決済システムレポート別冊シリーズ」は、決済システムを巡る特定のテーマについて、掘り下げた調査分析を行うものです。
レポート内容
それでは、決済システムレポート別冊シリーズ「キャッシュレス決済の現状」について内容を見ていくものとしましょう。
以下、レポートからの抜粋です。筆者が気になったところをピックアップしています。
現金流通残高の推移
残高ベースでみると、日本の現金流通残高は引き続き増加しており、対GDP比率も緩やかな上昇を続けている。 このように、「支払決済のキャッシュレス化が進んでいるが、残高ベースでは現金が増え続けている」といった現象は、日本だけでなく、米国やユーロ圏でも共通してみられている。
日本において、現金保有増加の主役となっているのは家計である。現金の流通残高を金額種類別にみると、少額貨幣は減少する一方で、銀行券、特に一万円券の流通残高の増加傾向が顕著であり、価値保蔵手段としての現金への需要が、 全体としての現金残高増加の背景となっていることが示唆される。
<主体別の現金保有残高>
(兆円) | ||
---|---|---|
年 | 家計 | 家計以外 |
05 | 62.8 | 20.9 |
06 | 62.5 | 21.9 |
07 | 63.4 | 22.4 |
08 | 63.8 | 22.2 |
09 | 65.2 | 20.3 |
10 | 68.3 | 18.5 |
11 | 69.9 | 18.6 |
12 | 72.8 | 18.5 |
13 | 74.4 | 20.3 |
14 | 77.4 | 20.4 |
15 | 81.9 | 21.2 |
16 | 85.8 | 21.4 |
17 | 90.8 | 20.7 |
<現金流通残高の対名目 GDP 比率(%)>
年 | 日本 | スウェーデン | 米国 | インド | ユーロ圏 | デンマーク | 中国 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
02 | 16.25 | 4.42 | 6.57 | 5.12 | 3.38 | 14.13 | |
03 | 16.59 | 4.33 | 6.61 | 6.14 | 3.46 | 14.28 | |
04 | 16.54 | 4.15 | 6.36 | 6.64 | 3.46 | 13.19 | |
05 | 16.70 | 4.01 | 6.28 | 11.59 | 7.14 | 3.54 | 12.70 |
06 | 16.63 | 3.82 | 6.13 | 11.74 | 7.57 | 3.55 | 12.24 |
07 | 16.74 | 3.66 | 5.91 | 11.85 | 7.73 | 3.54 | 11.16 |
08 | 17.17 | 3.50 | 6.05 | 12.27 | 8.50 | 3.40 | 10.70 |
09 | 18.15 | 3.32 | 6.44 | 13.09 | 9.28 | 3.53 | 10.93 |
10 | 17.99 | 2.97 | 6.57 | 12.18 | 9.05 | 3.45 | 10.87 |
11 | 18.02 | 2.72 | 6.93 | 12.21 | 9.32 | 3.38 | 10.44 |
12 | 18.43 | 2.62 | 7.24 | 11.87 | 9.54 | 3.47 | 10.10 |
13 | 18.83 | 2.27 | 7.44 | 11.58 | 9.89 | 3.45 | 9.81 |
14 | 19.03 | 2.11 | 7.71 | 11.64 | 10.28 | 3.40 | 9.31 |
15 | 19.45 | 1.75 | 7.86 | 12.16 | 10.57 | 3.46 | 9.04 |
16 | 19.96 | 1.42 | 8.10 | 8.79 | 10.71 | 3.43 | 9.15 |
決済金額別決済手段
キャッシュレス決済を利用する人は、アンケート回答者の約 8 割に上っているにもかかわらず、民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済の比率は、約 2 割にとどまっている。このことは、 キャッシュレス決済を利用している人々も、用途に応じて、相応に現金での決済を利用し続けていることを示している。
そこで、日常的な買い物などにおける決済金額別の決済手段を、別のアンケート調査からみてみると、少額の決済では現金を、高額の決済ではクレジ ットカードを選択する傾向がみられる。 もっとも、2010年と2017年を比較すると、少額決済では電子マネーを、高額決済ではクレジットカードを選択する割合が、それぞれ高まっている。このように、キャッシュレス決済が選択される割合は、全ての決済金額のレンジで高まっている。
【日常的な買い物などにおける決済金額別の決済手段】
(筆者註:以下のアンケートデータは2つまで回答可だったため、各項目の合計は100%とはならない)
<現金>
決済金額 | 1千円 | 1-5千円 | 5-10千円 | 10-50千円 | 50千円以上 |
---|---|---|---|---|---|
2010年 | 91.4% | 86.6% | 80.0% | 64.1% | 51.4% |
2017年 | 84.6% | 77.7% | 70.0% | 52.9% | 42.2% |
<クレジットカード>
決済金額 | 1千円 | 1-5千円 | 5-10千円 | 10-50千円 | 50千円以上 |
---|---|---|---|---|---|
2010年 | 3.8% | 14.7% | 25.0% | 43.1% | 51.0% |
2017年 | 7.3% | 21.9% | 33.9% | 54.1% | 58.1% |
<電子マネー・デビットカード>
決済金額 | 1千円 | 1-5千円 | 5-10千円 | 10-50千円 | 50千円以上 |
---|---|---|---|---|---|
2010年 | 5.4% | 4.0% | 2.2% | 1.1% | 0.9% |
2017年 | 13.4% | 10.5% | 5.6% | 2.4% | 1.3% |
キャッシュレス化への現状分析
キャッシュレス決済を既に利用している人は、「ポイントや割引などの便益面」、「支払い手続きのスピード・簡便性」、「利用明細や履歴を照会できるなどの利便性」、「手数料などのコスト面」、「セキュリティなど安全性」などをキャッシュレス決済のメリットとして比較的強く意識している。
このことからみて、既にキャッシュレス決済を利用している人々は、その利用に伴い享受できるメリット、例えば、ポイントサービスや支払いの迅速性などがさらに向上すれば、キャッシュレス決済を一段と活用する可能性が考えられる。
一方、キャッシュレス決済を現時点で利用していない人は、「多くの場所で利用できる」、「手数料などのコストがかからない」、「支払いにかかる時間が短い」といった現金決済のメリットを感じている可能性がある。これらの人々が先行きキャッシュレス決済の利用に向かっていくかどうかにとっては、キャッシュレス決済が利用可能な店舗ネットワークの拡大や、カード年会費や手数料など各種のコストの軽減を実現していけるかどうかが、鍵となる可能性がある。さらに、既にキャッシュレス決済を利用している人々が重視して いる「ポイントや割引などの便益面」が一段と拡大したり、認識がさらに浸透したりすることを通じ、現金決済を選好している人々も、これらのメリットが現金決済のメリットを上回ると感じるようになれば、キャッシュレス決済の利用に踏み切る可能性も考えられる。
もっとも、キャッシュレス決済の利便性が一段と向上していく場合でも、 現金からキャッシュレス決済への移行がどの程度のスピードで進むかについては、不確実性が高い。すなわち、あらゆる決済手段は強い「ネットワーク外部性」(ネットワークが大きいほど、個々のネットワーク参加者にとっての効用も増えるという関係)を有している。このため、既にドミナントな地位を占めている決済手段を新たな決済手段が凌駕していくことは容易ではない面がある。例えば、現金決済が選好される理由のうち、「その場で支払いが完了する」や「使い過ぎる心配が少ない」といった特性については、即時決済機能や利用金額上限を設定できるデビットカード、電子マネー、プリペイドカードなどのキャッシュレス決済手段も既に持ち合わせている。このなかで、 現金がなお広く使われ続けている背景には、上述のネットワーク外部性や慣性効果が働き続けている可能性もあろう。逆に言えば、一定の閾値や臨界点を超えると、キャッシュレス決済が一気に拡大する可能性も、念頭に置いておく必要があろう(北欧諸国や中国におけるキャッシュレス決済の急速な進展は、こうしたことを示唆しているように思われる)。
(出典:決済システムレポート別冊シリーズ「キャッシュレス決済の現状」 日本銀行 決済機構局 2018年9月)
所見
日本は「現金主義」の国と言われています。
今回の日銀のレポートを見ると確かに現金の流通量は増えており、現金流通残高の対名目 GDP 比率は2割程度と他国に比べても非常に高いものとなっています。しかし、これはタンス預金として貯め込まれている可能性が高く、預金金利が低い現状では現金で保有しておくのも一つの選択肢なのです(特に現金は税務当局等に補足されにくいことも)。
民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済の比率は約 2 割となっており、他国と比べても低いとされています。
キャッシュレス化が進展しない理由は、様々な機関等がそれぞれの考えを述べていますが、日銀の決済機構局は「ネットワーク外部性」(ネットワークが大きいほど、個々のネットワーク参加者にとっての効用も増えるという関係)、「慣性効果」である可能性を指摘しています。要は、一旦普及したものを変えるのは難しいということです。
しかしながら、日本においても、一定の閾値や臨界点を超えると、キャッシュレス決済が一気に拡大する可能性についても触れているのです。
そもそも高額決済ではクレジットカードの比率が高くなってきていることに表れているように、メリットがデメリットを上回ればキャッシュレス化は一気に進む可能性が日本にもあるのです。
日本は確かに現金主義の国かもしれません。しかし、盲目的に現金を使っている訳ではないのです。日本は、現金が便利(偽造防止技術、ATMの普及、レジの釣銭自動排出機能等)過ぎるのです。キャッシュレス決済手段が「現金の利便性」を上回ればキャッシュレスは一気に普及する可能性が高いのではないでしょうか。