2018年6月21日に銀行関係者にとっては記憶に残るかもしれない事象が起きました。
TIBOR(Tokyo InterBank Offered Rate、東京銀行間取引金利、読み:「タイボー」)が公表開始以来初めてマイナスになったのです。
日本銀行のマイナス金利政策が導入されても、TIBORは「頑なに」プラスを維持していました。
それがついにマイナスに転落したのです。
日本円LIBOR(London Interbank Offered Rate、ロンドン銀行間取引金利、読み:「ライボー」)は既にマイナスになっていました。
しかし、日本の銀行貸出の指標はTIBORが一般的です。
このTIBORがマイナスになったのです。
では、銀行貸出の金利は、今後マイナスになる可能性はあるのでしょうか。
銀行からお金を借りると、銀行からマイナス金利という形で「金利を貰える」時代は到来するのでしょうか。
今回は、この出来事が銀行貸出に与える影響について考察します。
報道
まずは、どのような事象が起きたかについて報道内容を確認しておきましょう。事象の全体感がつかめます。
金利、初のマイナス 2018/06/22 日経新聞
銀行融資の基準金利である東京銀行間取引金利(TIBOR)が21日、1995年の公表開始以降で初めてマイナスになった。6月末を挟む短期金融市場の取引を反映した動きという。これにより大手行の一部では融資金利が計算上マイナスに転じる取引が発生した。だが銀行側は法律家の解釈を根拠として融資金利を原則として0%にとどめるとみられる。
TIBORの中でもっとも期間の短い1週間物の金利がマイナス0.008%となった。20日はプラスの0.001%だった。融資の基準金利としてもっとも多く使われる3カ月物はプラスを維持している。
TIBORは複数の金融機関が市場で短期資金を取引した際の金利を全銀協TIBOR運営機関に示し、運営機関がそれを平均して公表している。今回は新たに三菱UFJ信託銀行や三井住友銀行、りそな銀行、横浜銀行などがマイナスで金利を提示した。
TIBORを巡っては実際の市場の動きを反映できていないとの指摘があり、運営機関が17年7月に算出方法を見直していた。日銀がマイナス金利政策を導入して以降は短期市場で翌日物の資金がマイナス金利で取引されており、TIBORの1週間物がマイナスに転じるのは自然な動きだと評価する向きもある。
以上がTIBORの金利がマイナスになった事象を報道した記事です。
TIBORとは
ここでTIBORとは何かを簡単に確認しておきます。
以下はTIBORを公表している一般社団法人全銀協TIBOR運営機関の説明となります。
全銀協TIBOR(※1)は、一般社団法人全国銀行協会において、平成7年11月以降、本邦無担保コール市場の実勢を反映した「日本円TIBOR」を、平成10年3月以降、本邦オフショア市場の実勢を反映した「ユーロ円TIBOR」を算出・公表(※2)していましたが、平成26年4月1日に、一般社団法人全銀協TIBOR運営機関を設立したことに伴い、同日公表分から、一般社団法人全銀協TIBOR運営機関において、その算出・公表を行っています(※3)。
全銀協TIBORの算出に当たっては、各リファレンス・バンク(レート呈示銀行)が、毎営業日、午前11時時点における1週間物、1か月物、2か月物、3か月物、6か月物、12か月物の6種類(※4)について、市場実勢レートを全銀協TIBOR運営機関に呈示します。
全銀協TIBOR運営機関は、各期間における呈示レートについて、それぞれ上位2行と下位2行の値を除外して、それ以外の呈示レートを単純平均し、「全銀協TIBORレート」(日本円、ユーロ円それぞれ6種類)として全銀協TIBOR運営機関が認めた各情報提供会社を通じて公表しています。
- ※1 「TIBOR」(タイボー)はTokyo InterBank Offered Rateの略称。
- ※2 日本円・ユーロ円とも1週間物は平成12年7月から公表。
- ※3 全銀協TIBORの公表主体が全国銀行協会から全銀協TIBOR運営機関に変更されましたが、当該公表主体の変更に際して、全銀協TIBORの定義や算出方法自体の変更は行っておりませんので、公表主体の変更の前後で、全銀協TIBORの実質的同一性は保たれています。(Q&Aもご参照ください)
- ※4 平成27年4月1日公表分から、4か月物、5か月物、7か月物、8か月物、9か月物、10か月物、11か月物の計7種類のテナーを廃止いたしました。
(出典 一般社団法人全銀協TIBOR運営機関)
TIBORとは簡単に言えば(誤解を恐れずに言えば)、銀行間で資金の過不足をやり取りする際の「銀行間の貸出金利の平均」です。
銀行から見れば、TIBORは「調達コスト」となります。 この調達コストに利鞘(スプレッド)を加えて債務者に貸出をすることが市場金利連動貸出(スプレッド貸)です。
特に大手銀行の貸出金利はこのTIBORに連動していることが一般的です。
よって、TIBORがマイナスになる場合、利鞘(スプレッド)の水準次第では計算上、銀行貸出金利がマイナスになる事態が生じるのです。
法解釈
では、TIBORが更にマイナス金利幅を 拡大した場合には、本当に銀行の貸出金利がマイナスになることがあり得るのでしょうか。
銀行は本当に債務者・借入人に利息を支払うのでしょうか。
上記の日経新聞の記事では、「銀行側は法律家の解釈を根拠として融資金利を原則として0%にとどめるとみられる」とされています。
これはどのようなことなのでしょう。
この解釈とは、金融取引の実務に精通した弁護士や学者でつくる金融法委員会 (事務局・日本銀行)が公表した解釈です。
金融法委員会とは「金融分野において実務上困難を招来していると考えられる法律問題について、それぞれの問題の性格に応じ、適切な解決方法を提言することによって、金融取引に関するルールの透明性を高め、わが国の金融分野における法的不確実性を可能な限り取り除いていこうとすること」(同委員会ホームページ)を目的に設立され、日本銀行が事務局を務めています。実質的には公的機関・当局の考え方と言って良いでしょう。
この金融法委員会がマイナス金利について以下の通り発表しています。
少々長いですが引用(抜粋)します。
LIBOR、TIBOR等の基準となる金利指標(以下「基準金利」という。)に一定のスプレッドを加えた利率(以下「適用金利」という。)を元本に乗じて利息を計算する定めのある金銭消費貸借において、適用金利が計算上マイナスとなった場合、貸付人は借入人に対し所定の利払日に金利相当額を支払う義務を負うか。ここでは、金銭消費貸借契約に「借入人は、各利払日において、貸付人に対し、当該利払日を末日とする利息計算期間について、元本金額に適用金利を乗じて実日数で日割計算した利息を支払う。」などという定め(以下「変動利息条項」という。)がある事例を想定して検討を加える。
この点、金銭消費貸借契約に(変動利息条項に加えて)マイナス金利を想定した明示の定めがあれば、それが「適用金利が負の値となった場合、貸付人は、利払日にその絶対値を用いて計算される利息相当額を借入人に支払う。」という定めであれ、「適用金利が負の値となる場合、適用金利をゼロとみなす。」という定めであれ、さらには「基準金利が負の値となる場合、基準金利をゼロとみなす。」という定めであれ、それらの定め自体は、契約自由の原則に基づき有効であると考えられる。すなわち、この問題は、要するに、当事者がいかなる合意をしたかの問題と考えられる。
したがって、金銭消費貸借契約にマイナス金利を想定した明示の定めがない場合、利息の内容として貸付人と借入人がいかなる合意をしたと解釈するのが合理的であるかを探ることが基本的なアプローチとなろう。
まず、検討の起点となるべき変動利息条項によれば、変動利息の支払義務を負っているのは、借入人である。すなわち、変動利息条項は、借入人が各利払日に貸付人に支払うべき金額を定める規定である。金銭消費貸借契約の全体を見ても、通常は、もっぱら借入人の利息支払義務の内容が定められている。その文脈において、基準金利の変動により、適用金利の計算結果が負の数値になったからといって、その絶対値に相当する金額を貸付人が借入人に支払う義務を変動利息条項から読み取ることは、容易ではない。実際にも、多くの場合、金銭消費貸借契約の締結当時、適用金利の計算結果が負の数値となることは契約当事者にとって想定外の事態であったと推測される。以上によれば、利息額の計算結果が負の数値になった場合(正の値にならない場合)には、むしろ、借入人が変動利息条項に基づいて支払義務を負う金額が存しないに留まると解することに合理性が認められる。
また、変動利息条項の文言解釈を別にしても、金銭消費貸借における利息は、一般に元本利用の対価と考えられるから、その性質上、借入人が貸付人に支払うべきものであり、貸付人が支払うべきものとは解されない。したがって、(本来の利息とは性格の異なる)利息相当額の金銭を貸付人が借入人に支払うべき旨の合意を認定すべき特段の事情がない限り、貸付人の支払義務は発生しないと考えられる。この点からも、金銭消費貸借においては、適用金利の計算結果が負の数値になった場合には、単に利息としての性格を有する金額がなくなるに留まると解することに合理性が認められる。
(出典 金融法委員会ホームページ)
これが日本を代表する有識者がまとめた法解釈の内容です。
計算上の貸出金利がマイナスとなった場合でも銀行側が債務者に金利を支払う義務は発生しないと解釈しているのです。
ただし、この解釈は、あくまでの有識者の「考え」であって、法的に確定したわけではありません。現段階で言えば、問題が起これば裁判で確定させるしかないでしょう。
銀行に与える影響(所見)
金融法委員会の解釈は上記の通りでした。
貸出金利が計算上マイナスとなったとしても銀行が金利を借入人に支払う義務はないという解釈がなされていますが、TIBORのマイナス金利発生により、今後はどのような動きが想定されるのでしょうか。また、何か問題はないのでしょうか。
筆者が想定するポイントは以下の通りです。
- LIBOR不正操作問題(詳細は
https://www.nikkei.com/article/DGXDZO44577800V00C12A8FF8000/)を受けて、TIBORも透明化が図られてきた状況下、TIBORのマイナスは常態化してもおかしくは無い(何故今までマイナスとならなかったのかの方が問題となる可能性あり)
- 現時点では1週間ものTIBORのみがマイナスになっており、銀行実務上の大きな問題は無い
- ただし、銀行によっては貸出金利の一層の低下要因となり得るため、貸出金利低下に苦しむ銀行としては、事前に借入人との間で何らかの合意を形成するように動く可能性はある
- その際の選択肢は主に二つであり「基準金利=TIBOR自体がマイナスになっても0%とみなす」「基準金利+利鞘(スプレッド)≧0%とする」のいずれかを債務者と合意するべく交渉する(もちろん銀行としては前者が条件良)※すでにマイナス金利政策導入時に債務者と合意している銀行も存在
- 上記の交渉の動きのみならず、貸出金利の低下を食い止めるために、新規貸出や当座貸越枠(短期貸出)の貸出金利自体の引き上げを目指す銀行も出てくる
上記が今回のTIBORのマイナス金利転落を受けて想定される動きでしょう。
いずれにしろ、「銀行からお金を借りると利息をもらえる時代は来ない」というのが想定されるのです。