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公的年金の運用結果が良いだけでは年金問題は解決しない現実

f:id:naoto0211:20210218220418j:plain日経平均株価が3万円を突破し、ビットコインが5万ドルを超える等、各国の金融緩和等に伴うカネ余りが資産価格の上昇を引き起こしています。

日本の公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(略称GPIF)の運用成績も国内外の株価上昇、債券価格の上昇に伴い、向上してきました。 2020年度に入ってからの収益額の増加は27.8兆円です。

これだけ巨額の運用収益を得ることができれば、将来の年金給付には良い影響をもたらすのではないでしょうか。

今回は、GPIFの運用が公的年金にどのような影響をもたらすのか、公的年金の財政状況について簡単に確認してみたいと思います。

 

公的年金の財政方式

年金制度は、長い期間にわたって財政のバランスが取ることが出来るように運営していく必要があり、 主に「積立方式」と「賦課方式」という財政方式があります。

積立方式は、将来自分が年金を受給するときに必要となる財源を、現役時代の間に積み立てておく方式です。

一方で、賦課方式は、年金支給のために必要な財源を、その時々の保険料収入から用意する方式です。これは、現役世代から年金受給世代への仕送りに近いイメージです。賦課方式は、現役世代が高齢になって年金を受給する頃には、子供達の世代が納めた保険料から自分の年金を受け取ることになります。

日本は、基本的には賦課方式、すなわち世代間の仕送り方式を採用しています。

但し、日本は、少子高齢化が急激に進んでいる国です。現役世代の保険料のみで年金を給付すると、将来世代の負担がどんどん大きくなっていきます。そのため、保険料のうち年金の支払い等に充てられなかったものを年金積立金として積み立てています。この積立金を市場で運用しているのがGPIFであり、その運用収入を年金給付に活用することによって、将来世代の保険料負担が大きくならないようにしています。そのような意味では、日本の年金制度の財政方式は賦課方式の修正型と言ってもよいかもしれません。

 

年金特別会計

次に、公的年金のうち、会社員・公務員が加入しボリュームのある厚生年金の会計について焦点をあてます。

年金特別会計厚生年金勘定(令和2年度当初予算)では、 歳入(収入)の全体額は48.9兆円です。

その主な内訳は保険料収入が32.7兆円、一般会計からの受入(国庫負担)が10.1兆円、積立金からの受入(取り崩し)0.5兆円、GPIF等独立行政法人納付金0.3兆円となっています。

この内訳を見れば分かるように、厚生年金勘定の歳入のうち6割強(約3分の2)は、 個人や法人が支払う保険料です。そして、約2割を国が負担しています。

GPIF が運用している積立金からの収入は1%しかなく、GPIF等からの納付金もわずかです。

以上のように年金積立金の役割は現時点では非常に限定的です。

 

年金の長期的な財政

しかし長期的な財政という観点では、年金積立金の役割は重要です。

年金積立金は将来世代の負担を緩和するために存在しています 2019年の年金財政検証においてその効果が見えています。

年金財政検証で、 ワーストシナリオとして設定されたのは、経済成長率マイナス0.5%が続くケースです(物価上昇率0.5%、 対物価の賃金上昇率 0.4%、対物価の運用利回り0.8%等)。この場合、2043年度に公的年金の所得代替率が50%に低下し、その後も制度を修正しなければ2052年度に年金積立金がゼロになります。まさに完全賦課方式に移行することになり、この場合はまだ生まれていない子供も含め、将来の現役世代の保険料と税金で賄える所得代替率は36~38%しかありません。

年金積立金は、このように完全賦課方式では足りない給付を埋める効果があります。 年金財政検証では、様々なケースが想定されていますが、その中では様々なことが上手くいくケースとしては参考となるもの以下のケースⅢです。

<ケースⅢ、人ロ:出生および死亡中位>

  • 前提:物価上昇率1.2%、賃金上昇率(対物価)1.1%、運用利回り(対物価)2.8%、経済成長率0.4%、合計特殊出生率(2065年)1.44人
  • 2035年度:収入合計75.7兆円(うち保険料収入50.5兆円、 運用収入12.0兆円、国庫負担13.2兆円)、年度末積立金310.2兆円(2019年度換算だと 218.9兆円)、積立割合4.6年分→所得代替率56.1%
  • 2050年度:収入合計92.2兆円(うち保険料収入59.2兆円、運用収入16.9兆円、国庫負担16.1兆円)、年度末積立金434.1兆円(2019年度換算だと217.7兆円)、積立割合5.0年分→所得代替率50.8%
  • 2100年度:収入合計154.1兆円(うち保険料107.3兆円、 運用収入17.3兆円、国庫負担29.5兆円)、年度末積立金436.2兆円(2019年度換算だと70.2兆円)、積立割合2.7年分→所得代替率50.8%

このように、経済がある程度成長し、物価も賃金も上がり、さらに運用も 4.0%程度で運用していければ、2100年度であっても年金積立金はある程度残っており、所得代替率も50%を維持できます。

年金財政は、経済成長や労働参加の程度等に大きく左右されます。GPIF がどれだけ運用で結果を出そうとも、それだけでは年金を支えることは出来ません。

2019年の消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食品を除く総合で101.7と前年から0.6%上昇していました。2019年10月に消費増税があったにもかかわらず、物価上昇率は低いままです。

令和元年賃金構造基本統計調査によると、2019年の賃金推移は、男女計で0.5%増加となっています。

そして、厚生労働省の人口動態統計によると、1人の女性が生涯に生む子どもの数にあたる合計特殊出生率は2019年は1.36となりました。

上述のケースⅢが実現していくのかについては、今後注目していくべき事項でしょう。

 

GPIF の運用

公的年金を運用する GPIFによる運用利回りは2019年の年金財政検証では4.0%(2014年版は4.2%)に引き下げられています。

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運用利回りは直近の2011年度から2019年度までの運用利回りの平均は2.58%となっています。GPIF設立後の2006年以降の平均も3%台前半にとどまり、4.0%という数字は高いハードルとも言えるかもしれません。

 

所見

以上をまとめると、GPIF がいくら運用で成績を上げても、それは積立金の枯渇を先伸ばしする効果しかないと言えるでしょう。年金財政の長期的な計画の中では、GPIFの運用成績はそれなりの数字がすでに織り込まれているということです。

もちろん、GPIFが毎年二桁の運用利回りを出し続けたら話は別かもしれません(未来に絶対はありませんが、可能性は非常に低いでしょう)。

日本の年金財政は積立金の運用が上手くいっても、それは補完的なものでしかありません。基本的には現役世代の保険料という名の仕送りが財政の柱であることに変わりはないのです。

少しでも国民が老後の生活に安心感を持ち続けるためには、GPIFの運用が上手くいくことは非常に大事な要素ではありますが、それは一部でしかありません。まずは、経済成長、労働参加、そして出生率の向上(人口減少の抑制)が最も重要な要素ということになります。

一方で、忘れてはならないのは、少子化で年金財政が悪化するので、年金をもらえないのではないかと考えている方もいらっしゃると思いますが、上述の財政再検証の説明で触れた通り、年金積立金が枯渇し完全賦課方式へ移行したとしても、それでも所得代替率3割強は年金をもらえるのです。たとえ、GPIFの運用が大失敗したとしても、公的年金が全く無くなることは考えづらいということについても、留意が必要でしょう。