東京都内で夫婦2人、子供2人で暮らすのに必要な生活費について、労働組合が2019年の都内子育て世帯の最低生活費試算を公表しました。
「東京で普通に子育てをするためにはいくら必要になるのか」をテーマとしており、かなり詳細な調査となっています。労働組合が発表したものではありますが、非常に興味深いものになっています。
今回は、東京都内で夫婦2人、子供2人で暮らすということ、そして年収ということについて簡単に確認していきたいと思います。
労働組合の調査結果概要
東京地方労働組合評議会(東京地評)が、「人間らしく暮らせる社会」をめざして、2019年より、最低生計費の試算調査と分析を継続して行っています。
この調査の概要は以下となります。
(出所 東京地評 報道発表資料 2020年12月16日「東京における子育て世帯の収入と生活に関する調査」結果について)
- 調査回答者約3200ケースのうち、実際に子育て中の30代=161ケース、40代=279ケース、50代=299ケースのデータを分析した結果をまとめた。
- 練馬区で子どもを普通に育てるためには、30代で月額約54万円、40代で月額約62万円、50代で月額80万円(ともに税・社会保険料込み)が必要となる。これは年額に換算すると30代=約650万円、40代=約740万円、50代=約960万円になる。
- ここで想定した「普通の生活」とは、以下のような内容である。
- (家族構成)夫婦2人、子ども2人からなる4人家族。
- (30代)子どもは小学生、私立の幼稚園に通う幼児である。43㎡前後の賃貸マンション/アパートに住み、家賃は95,000円。1か月の食費は約11万円あまり(=1人1食300円あまり。夫の昼食は月の半分はコンビニ弁当。飲み会の費用は3500円だが、行けるのは月に1回のみ)。家族みんなで行楽地に出かけるのは月に1回(1回の費用は8,000円)。教育費は1か月あたり約28,000円。(中略)
- 冷蔵庫、炊飯器、洗濯機、掃除機、エアコンなどの家電は、量販店で最低価格帯のもので買いそろえ、夫はスーツ2~3着(約24000円)を着回しているなど、けっして贅沢な暮らしではなく、むしろ慎ましいとも言える生活である点に注目する必要がある。
この調査では、東京都練馬区で子どもを普通に育てるためには、30代で月額約54万円、年収換算650万円が必要だとしています。
国税庁の民間給与実態調査では日本人の平均年収は436万円(2019年)です。内訳は、男性540万円、女性296万円ですので、労働組合の上記調査が正しければ、(あくまで平均の話ではありますが)東京都内で子育てをするには共働きが必須となります
当該記事では、労働組合の調査のうち、30代の世帯について確認していきたいと思います(資料の全文はこちらのリンクにあります http://www.chihyo.jp/oshirase/data/shiryo-shosai.pdf)。
食費
とはいえ、労働組合の調査ですから、賃上げを勝ち取るためにバイアスがかかった調査結果を公表している可能性もあるでしょう。
この都内子育て世帯の最低生活費試算について内容を確認してみたいと思います。
まず、食費については、世帯構成人員の必要カロリーを前提に食費を計算しています。練馬区在住モデル 30 代世帯の食費の合計は月112,558 円となっています。
以下は30代男性の事例です(それ以外に30代女性、小学生女性、幼児男性にて試算)。
家での食事 70,770 kcal/30,301 円
昼食 7,300 kcal/5,000 円(コンビニ500円×10日)
会食 1,430 kcal/3,500 円(月1回のみに行く)
廃棄分(5%) 3,539 kcal/1,515 円
合計 83,039 kcal/40,316 円
廃棄分まで計算していますが、あまり違和感はないのではないでしょうか。
住居費
労働組合の調査では、住居費については、民間借家を想定して試算されています。
居住面積については、国土交通省「住生活基本計画(全国計画)」(2011 年 3 月 15 日閣議決定、計画期間は 2010 年度から 2020 年度)による「最低居住面積水準」にもとづき、「30 代夫婦と未婚子 2 人世帯モデル」42.5 ㎡を採用しています。
親子4人で42.5㎡ははっきり言って狭いですが、「最低限度」の生活費を算出するということで採用したのでしょう。
民間賃貸住宅の家賃については、インターネットの「不動産・住宅サイト」により調査したと説明されています。
<30 代世帯の住居費 合計 98,958 円>
42.5 ㎡~45 ㎡の民間賃貸アパート・マンション(間取り 2LDK・3DK で 30 件該当)では、家賃の最低が 7.5 万円、最高が 11.6 万円で、大半は 9 万円台~10 万円台であった。下から 3 割を目安にして 1 ヶ月の家賃を 95,000 円とした(更新料は 2 年に 1 回として 1 ヶ月分の家賃を支払うものとして、月当たり 3,958 円)。
この水準自体も違和感はないでしょう。都内で4人で住んで月10万円以下の家賃というのはなかなか探せないようにも思います。
家具・家事用品費
次に家具や家事用品費についても確認しましょう。
この費用項目では家具・家事用品、被服及び履物、理美容用品、身の回り用品等は、持ち物財調査にもとづいて、原則7割以上の保有率の物を最低限必要な必需品と想定し、それぞれの費目ごとに積み上げて算定しています。
持ち物財の使用年数については、国税庁の減価償却にかかる耐用年数の基準やクリーニング事故賠償基準による使用年数を使用しているとされています。よって、家電を購入しても、その購入金額を使用するであろう年数で割って、一月当たりの支出として計算しています。
以下は抜粋ですが、これ以外にもタンス、寝具、食器等を積み上げて試算しています。
(出所 東京地評「東京都最低生計費試算調査結果」)
結果として、30代世帯の家具・家事用品費合計は月10,556 円(税込)と試算されています。
被服・履物費
次は、服や靴です。以下は30代男性の試算表となります。月5,904円と高いように感じるかもしれませんが、仕事で使うスーツや礼服が使用年数で按分されて支出項目に参入されています。尚、スーツは2着を着回し、夏物はクールビズのためスーツではないという想定のようです。
(出所 東京地評「東京都最低生計費試算調査結果」)
上記のような試算を積み上げると、30代世帯の被服・履物費の合計は月13,095 円(税込)となります。4人世帯ですから、こちらも違和感はないのではないでしょうか。
(筆者は、あくまで個人的にですが、ヒートテックを1年で買い替えるというところには衝撃がありましたが)
交通・通信費
今回の調査では、交通費については、自動車は所持せず、公共交通機関を使って通勤・通学していることが前提になっています。
電車を利用して、職場や大学のある新宿区に通勤・通学しているものとして、練馬区在住モデルでは通勤定期代として 3 ヵ月定期40,000 円、1 か月当たり13,333円としています。これに家族4人分の自転車購入費用を月当たりとして算出した費用、月1,053円を加算し、月の交通費は14,386円と試算されています。
これは、会社から通勤費が支給されている場合にはほとんど必要ない費用です。また、一人分しか試算していませんが、両親二人とも通勤費が支給されていなければ、二人分の支出が発生することになります。
通信費については、総務省「平成 26(2014)年全国消費実態調査」を用い、2019年9月時点における「東京都消費者物価指数」を考慮して算定し、月16,672円とされています。
以上を合計し、30代世帯の交通・通信費の合計は月31,058円と試算されています。
通勤費については、職業・勤務環境によって世帯差が大きくなると思いますが、通信費はあまり違和感ないでしょう。
教育費
教育費は、子育てにおいてかなり意識される費用項目でしょう。教育におカネがかかり過ぎるので、子供を何人も産めないと言われる要因です。
(出所 東京地評「東京都最低生計費試算調査結果」)
このモデルでは小学生と幼稚園児の子供がいることを想定されているため、30代世帯の教育費は合計で月28,417円と算出されています。やはり幼稚園は費用が高いということが実感されます。
教養娯楽費
人は少しは遊びが無ければ生きていけません。教養娯楽費も人が生きていく上では必要な支出項目です。以下は教養娯楽用の費用支出です。合計で月5,034円(税込だと5,437円)となっています。
(出所 東京地評「東京都最低生計費試算調査結果」)
この費用に加え、以下のような教養娯楽サービスを受ける場合で労働組合の調査は試算されています。
教養娯楽サービス:日帰り行楽が月に 1 回で、費用は 8,000 円、1 泊以上の旅行が年に 2 回で、費用が 1 回当たり 35,000 円で年間 70,000 円(月当たり 5,833 円)、これとは別に、「ショッピング」や「友人・知人との交際」、「スポーツなど体力づくり」、「社会活動」に一定の回答があることを考慮して、1カ月に 1 回は、いずれかの活動を行っていると想定し、1 回あたりの費用は(2,000 円×3 人)+(1,000 円×幼児 1 人)=7,000 円を計上する。さらに、NHK 受信料とインターネット接続料を加えると、
5,437円(筆者註:教養娯楽用耐久財等)+8,000 円+5,833 円+7,000 円+1,260 円+3,067 円=30,597円
30代世帯の教養娯楽費は合計で月30,597円と算出されています。
子供を連れて月1回遊びに行く、年に2回泊の旅行に行くというのが最低限度の生活であるかは疑義があるかもしれませんが、この調査では新聞購読は行っていないことになっていることも踏まえると、それほどズレてはいないように思います。
交際費その他
生活をしていく上では、会社の同僚の結婚式、親戚付き合い、家族への贈り物に加え、少しはお小遣い(喫茶店のコーヒ代も含まれています)も必要です。
- 結婚式と葬式・法事 1 年に 1 回ずつ、計 5 万円、月当たり 4,167 円
- 親戚やお世話になった人などへのお中元やお歳暮の件数と費用=贈らない
- 家族・親戚などへの見舞金・せん別・お年玉・誕生日・クリスマス・バレンタイン等の費用計 6 万円、月当たり 5,000 円
- 住宅関係費として共益費(管理費)月額3,000円
- 夫の労働組合費(月額)として所得(所定内給与:月額)の 1%を目安に、30代世帯モデル 3,500円、妻は各年代共通で 1,000 円
- 町内会・自治会費については、その会費は聞き取り調査から、月額 300 円
- その他会費として、夫婦それぞれ年間 3,000 円(月額 500 円)
- 30 代世帯の交際費その他 小計 17,800 円
- 自由裁量費(こづかい)は、夫婦それぞれは月 6,000 円を計上した。また、子どもについては、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査〔二人以上世帯調査〕(平成 30(2018)年)」(各種分類別データ)の親の年代別こづかい平均額を参考に、大学生は月 6,000円、高校生は月 5,000 円、中学生は月 2,500 円、小学生は月 1,000 円、幼稚園児は月 500 円
- 30 代世帯の自由裁量費 合計 13,500 円
以上をまとめると交際費その他17,800円+こづかい13,500円の合計31,300円が30代世帯の交際費その他費用となります。労働組合費がしっかりと費用計上されているところはご愛敬でしょう。
その他費用
30代世帯の保健医療費合計は月6,447円(生活実態調査に保健医療用品=体重計や救急セットとして月64円を想定)となっています。
光熱・水道費については、総務省「平成 26(2014)年全国消費実態調査」を用い、2019 年9月時点における「東京都消費者物価指数」を考慮して算定し、月19,896円と試算されています。
ヘアドライヤー・歯ブラシ・石鹸・化粧品などの理美容用品費についても上記全国消費実態調査を使い、30 代世帯の理美容用品費合計は月6,194円と試算されています。
傘・かばん・財布・時計などの身の回り用品費についても全国消費実態調査を使い、30代世帯の身の回り用品費合計は月2,091円と試算されています。
理髪料など理美容サービス費については、以下のように利用頻度と価格を算定しています。
《男性》30 代以上:2 ヵ月に 1 回の利用、1 回 4,000 円(月当たり 2,000 円)
《男性》幼 児:2 ヵ月に 1 回の利用、1 回 2,000 円(月当たり 1,000 円)
《女性》30 代以上:3 ヵ月に 1 回の利用、1 回 10,000 円(月当たり 3,333 円)
《小学生》:2 ヵ月に 1 回の利用、1 回 3,000 円(月当たり 1,500 円)
30代世帯の理美容サービス費合計は月7,833円とされています。
まとめ
以上、労働組合の調査を簡単に見てきました。
生活・子育てをしていくのには、非常に多様な項目で支出が必要なことが示されています。
各費用項目をまとめたのが以下の図表です。
(出所 東京地評「東京都最低生計費試算調査結果」)
今までは上図表のAの消費支出項目を見てきました。
住居費がかなり低く(狭く)設定されている一方で、交通・通信や教養娯楽等では支出が緩い項目もあるようには思います。しかし、とにかく住居費が安く設定されているので、全体としてみれば大きな問題はないものと筆者は考えます。
そして、Bの非消費支出は、所得税等の税金、年金・健康保険等の社会保険料が算出されていますが一定のロジックを持って算出されています。特段の問題はありません。
尚、この図表において留意すべき事項は「C予備費」が、消費支出の 1 割計上されています。これは、個々人の多様性を考慮したものであり「たとえば、エネルギー消費量は、同じ年齢層でも身長や体重によって違いが生じるし、消費支出の内容や額も、心身の健康状態や障害の有無・程度により異なるからである。」と説明されています。この点には注意が必要です。
但し、予備費を除き、労働組合費4,500円を除いたとしても、月495,993円、すなわち年間595万円強の収入が必要になります。
すなわち、東京練馬に家族4名で生活していこうとすると、年間の世帯年収は600万円はないと苦しいということになります。もちろん、行政からの様々な子育て支援がある場合には、もう少し楽にはなります。
しかし、男性が働き、女性が専業主婦となるような昭和モデルでは、平均年収が436万円の令和では成り立たないということなのでしょう。
この現実の前では、結婚しない、少子化(子供を増やさない)の傾向が変わらないことは明らかではないかと筆者は考えます。労働組合が賃上げを要求してくることには一定の合理性はあるのでしょう。もちろん企業経営者側から見ると、全く異なるロジックとなることもまた現実です。この折り合いをつけていくのが政治なのでしょう。