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信託銀行の株主総会における議決権行使集計の誤りは大問題

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三井住友信託銀行とみずほ信託銀行が、株主総会の議決権行使書の集計方法に誤りがあったことを発表しました。影響は両行合わせて1,346社に及ぶとしています。

これは株式市場においては非常に大きな問題です。

今回はこの信託銀行による株主総会の不適切な議決権行使集計について確認および考察します。

 

事象

まずは本問題事象について概要を確認しておきましょう。以下はBloombergの記事を引用します。

三井住友信託など、議決権行使書で集計ミス-デジタル遅れ指摘も

2020年9月24日 Bloomberg

  三井住友信託銀行は24日、受託した株主総会での議決権行使の集計で有効であるにもかかわらず未集計としていた事例が計975社であったと発表した。みずほ信託銀行も同様に371社の株主総会で未集計があったと発表。ともに議案の成否に影響を及ぼす事案はないとしている。

  三井住友信託の発表によると、株主総会の繁忙期には議決権行使書を郵便局から本来の到着日より1日早く郵送される「先付け処理」がされているが、期限内に書面で受領しても、本来の配達日である交付証の日付が期限の翌日であった場合には集計対象外としていた。

  今回の問題が発覚したのは、東芝が7月31日に開いた定時株主総会で1.3%分の議決権行使書が無効扱いになったと発表したこと。行使書は提出期限の3日前に郵送されたにもかかわらず行使結果に反映されなかったとして、集計を担った三井住友信託に経緯の調査を依頼した。

  三井住友信託は調査の結果、期限内に受領した行使書は集計結果に算入すべきだったとの見解を表明。同日会見した西田豊専務執行役員は「今回の事態を大変重く受け止めている。より一層ガバナンスの高度化を進めていきたい」と述べた。今後は先付け処理による対応を取りやめ、郵送による議決権行使書は到着した日付を基準に取り扱う。

  みずほ信託も同日、6月から7月に開催された371社の株主総会で、先付け処理により期限内に届いた議決権行使書の一部を集計していなかったと発表。未集計は2万2848通あり、再集計の結果、議案の成否に影響を及ぼす事案はないという。

(以下略)

この問題は、信託銀行が株主総会での議決権行使の集計で有効であるにもかかわらず未集計としていた問題です。

信託銀行は株主名簿代理人・株式事務代行機関として上場企業の株主総会の事務面をサポートしています。株主総会の議決権集計も信託銀行が担うのが一般的です。

この信託銀行が、株主から送られてきた議決権行使書を期限内の到着にも関わらず集計していなかったということになります。

影響を受けた企業は上場企業の3割以上に及びます。

 

問題点

両行は株主総会の事務処理業務を受託し議決権行使書の集計等を、折半出資する子会社の日本株主データサービスに委託していました。

この事務子会社は、株主総会が集中する6月の繁忙期等では、事務処理の時間を確保するため、郵便局に本来の配達日より特例で1日早く議決権行使書を配達してもらう「先付け処理」をしていたとのことです。

すなわち、本来であれば議決権行使の期限の翌日に届くはずの書類も、実際には期限内に到着していたのです。1日早く事務処理作業時間を確保するための先付け処理が、期限内に到着しないはずの書類を到着させてしまっていました。

そして、株主総会が集中する時期に集計を遅らせないため、先付け処理という特例で1日早く届いた議決権行使書を、翌日に届くはずだったものとみなし、議決権行使期限最終日の集計対象から外していたのです。

これは、集計対象から外した議決権行使書は、先付け処理が無ければ、配達日は株主総会の当日、つまり会社法の定める議決権行使書の提出期限を過ぎており、集計する必要が無いという理屈だったということでしょう。

大量の事務を処理する立場としては分からないこともありません。

しかし、民法は意思表示において到達主義を採用しています。

【民法】

(隔地者に対する意思表示)
第九十七条 隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

今回、信託銀行が謝罪していることからも、今回の集計取り扱いは明らかに誤りだったと考えられるでしょう。

 

所見

今回事象は、上場企業の株主総会という最高意思決定機関の正当性を揺るがすものです。

株式事務代行機関は、株式関係事務の円滑化のため設置を求められている機関であり、株主名簿作成事務等の受託、議決権・配当等株主に付与される各種の権利の処理を行います。

東京証券取引所の有価証券上場規程では以下のように定義されています。

有価証券上場規程(東京証券取引所)

(定義)
第2条

(18) 株式事務代行機関 会社法第123条に規定する株主名簿管理人又は優先出資法に規定する優先出資者名簿管理人であって、名義書換事務のほかに、株主に対する通知など株式事務(優先出資に係る事務を含む。以下同じ。)全般を代行する、発行者とは別法人の機関をいう。

 この株式事務代行機関は、株主名簿管理人と同義です。

上場企業では株式事務代行機関を置くことが求められています。会社法上は誰置が義務付けられているわけではありませんが、上場にあたっては株式事務代行機関を置くように証券取引所に求められているのです。

そして株式事務代行機関は東証の承認制です。

株式事務代行機関は、規模・組織等において、投資者の信頼、利便を得られることが必要です。なお、東証で現在承認している株式事務代行機関は以下の各社です。

株式事務代行機関一覧(有価証券上場規程施行規則第212条第8項)

  • 信託銀行
  • 東京証券代行株式会社
  • 日本証券代行株式会社
  • 株式会社アイ・アールジャパン

2017年4月1日現在

(出所 日本取引所グループWebサイト)

この株式事務代行機関を設置することが上場企業に義務化されているのは、西武鉄道が株主を虚偽報告しており、本来は上場廃止基準に該当していた事件がきっかけです。

株式名簿管理を株式事務代行機関へ委託せず、自社内で行っていたことから、株主が誰かという偽装が可能となっていました。そのため、株主名簿の管理には第三者の目が必要ということになったのです。

しかし、当時とは異なり株式名簿管理は株券電子化に伴い「ほふり」が担っています。もはや株式事務代行機関が無くても西武鉄道の事件のような問題は起きないでしょう。

それ以上に、株式事務代行機関が東証によって指定され、独占されていることの方が問題のように思います。

今回の不適切な議決権行使集計を鑑みれば、信託銀行だろうと信頼に値するかは不明です(銀行だからといって安易に信頼できる訳ではないということです)。

そもそも、(筆者の知識が足りないだけかもしれませんが今回調べてみて改めて思うのは)株式事務代行機関は本質的に必要なのでしょうか。

株主への通知はほとんどはネットで対応可能ですし、議決権の集計は本質的には電子化すれば良いでしょう。

そして、現状のように、株主向け資料印刷と通知の郵送という業務が残るとしても、それは他の業者でもノウハウを作ろうと思えば対応できると思われます。日本にはカタログ通販業者や様々なDM等を扱う企業が存在するのです。

今回の問題事象は株主総会における議決権行使集計の不適切な対応でした。

これは株式市場の根本、企業のガバナンスの根本を覆すものであり、今回は株主総会の議決の成立に関係が無かったとしていますが、例えばアクティビストが仕掛けた株主提案がわずかな票数で否決されていたらどうなっていたのでしょうか。

議決権は、株主総会で企業における重要事項の決定に関与できる株主の数少ない重要な権利です。それが、株式事務代行機関という企業の勝手な判断で損なわれています。日本の株式市場の信頼を揺るがす根本的な問題かもしれません。

今回、この問題事象が発覚したのは、株主総会の透明化(議決権賛否の公表等)により権利を行使したはずなのに反映されていないと株主(ファンド)自らが気付いたからです。やはり第三者の目に触れさせることは重要なことなのでしょう。

日本の株主総会は「総会集中日」という言葉が毎年聞かれ、株主が参加できないようにしているのではないかと思えるほど(過去は本当にそうでした)開催日が集中しています。だからこそ、今回のように議決権行使の集計タイミングが集中することになるのです。

筆者は、株主事務代行機関をより外部に開放すると共に、株主総会の開催の分散化を図ること、そして議決権行使の電子化を一気に進めることが、今回の教訓を活かすことになるのではないかと思います。

それぐらい今回の議決権行使の不適切な集計問題は重いですし、改善を行う良いきっかけでしょう。東証や各上場企業の今後の動きに期待しています。