銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

なぜ今、物流倉庫への投資が人気なのか

f:id:naoto0211:20200927112743j:plain

皆さんは「不動産投資」という言葉を聞くと、どのようなイメージを持つでしょうか。

最も分かりやすいのはアパートやマンションのような人が住む物件への投資でしょう。

また、事務所が入居するオフィスビルや、商業店舗ビルも投資となるイメージがあるかもしれません。

しかし、コロナはそんな不動産投資の世界にも大きな影響を及ぼしています。コロナ禍において、新たな投資カテゴリーが人気になっている点につき、今回は確認していきましょう。

 

物流施設を選好し始めた投資家

コロナ禍は不動産投資家にも大きな影響を与えています。

近年有力な投資対象の一つであったホテルは、買い手がいなくなっているものと思われます。また、商業施設も売買が成立しづらい状況にあるでしょう。

不動産投資の王道といえば、賃貸住宅とオフィスです。特に大口の不動産投資家は、まとまった投資が可能であることもありオフィスを選好してきました。

しかし、コロナ禍はオフィスへの投資についても疑問を投げかけ始めました。

以下は日本取引所グループが公表している東証のREIT(不動産投資信託)指数です。

まず、オフィスのREIT指数を見てみましょう。

<東証REITオフィス指数-日足チャート>

f:id:naoto0211:20200927113200g:plain

(出所 日本取引所グループWebサイト「東証REITオフィス指数-日足チャート」)

東証REITオフィス指数は、2月に高値を付けた後にコロナショックによって急落しています。まだ、2月高値からの下落幅の半分も戻ってはいません。

一方で、住宅はどうでしょうか。

<東証REIT住宅指数-日足チャート>

f:id:naoto0211:20200927113217g:plain

(出所 日本取引所グループWebサイト「東証REIT住宅指数-日足チャート」)

東証REITオフィス指数と東証REIT住宅指数を比べると、明らかにグラフの形が異なるのが分かるでしょう。

東証REIT住宅指数も2月に高値を付け、コロナショックによって急落しています。ところが、オフィス指数よりは住宅指数の方が戻り幅は大きいのです。

これは、やはり在宅勤務の普及が大きな影響を与えていると思われます。

富士通はオフィスを2022年末までに現在の半分程度まで縮小すると発表しています。また、東芝もオフィス規模の3割削減を検討していると報じられています。スタートアップが渋谷でオフィスを縮小しているとの報道もなされています。

REITの投資家は、在宅勤務、テレワークの普及によって、どの程度オフィスの需要が縮小することになるのかに不安を感じている、すなわちオフィス価格が住宅よりは下落すると一定程度は想定していることになります。

2020年6月のCBRE調査では「投資対象として魅力的なアセットタイプ」を質問したところ、トップ3は物流施設が33%で1位となり、続いて住宅(32%)、オフィス(27%)という順位だったと報道されています(出所 PRTIMES https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000083.000027786.html)。

投資対象として王道だったオフィスでも住宅でもなく、物流施設が1位なのです。

物流施設は、テナントとの契約形態が長期であることや、景気後退局面に強いインフラ系不動産であることに加え、新型コロナウイルスの影響による生活必需品の需要増加などが追い風となり、関心度が向上したものと思われます。

新型コロナウイルスによる巣ごもり需要はEC(電子商取引)の普及を加速させるでしょう。そのため、物流施設ニーズが更に高まるもの考えられます。

 

日本のECの現状

日本におけるECの市場規模、および小売りにおけるEC化率についてお聞きになったことがある方は多いでしょう。

以下の図表は日本におけるECの市場規模と物販におけるEC化率です。

<BtoC-ECの市場規模および物販系EC化率の経年推移(単位:億円)>

f:id:naoto0211:20200927113249j:plain

(出所 経済産業省「令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)」)

日本におけるEC市場規模は19兆円超と推定されています。その中でも「モノの移動を伴う」物販系のEC化率は7%弱です。この10年でEC市場は2.5倍に拡大し、EC化率も増加の一途をたどっています。

ECにおける物販系の市場規模は10兆円です。尚、サービス系EC(旅行サービス等)が7兆円、デジタル系EC(オンラインゲーム等)が2兆円となっています。

物販系ECの市場内訳は以下の通りです。

<物販系分野のBtoC-EC市場規模>

f:id:naoto0211:20200927113356j:plain

(出所 経済産業省「令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)」)

日本におけるEC化率の低い物販は「食品、飲料、酒類」、「化粧品、医薬品」、そして「衣類・服装雑貨等」です。もちろん「自動車、自動二輪車、パーツ等」もありますが、販売するモノが大きく高価であることもあり、現段階ではEC化にはなじまないでしょう(電気自動車の米テスラはネットで販売していますが)。

では、「食品、飲料、酒類」や「化粧品、医薬品」等のEC化率が低いのはなぜでしょうか。

日本が高齢者が多く、デジタル後進国であるからというような理解もあるかもしれません。

しかし、実際には、日本は小売店舗の利便性が高いからEC化率が低いのではないかと思われます。その理由は以下の図表を見れば分かります。

<日米英の小売店舗数の比較>

f:id:naoto0211:20200927113314j:plain

(出所 経済産業省「令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)」)

リアルの小売店舗について、日本の1店舗あたりの人口は128人であるのに対し、米国は306人、英国は216人となっています。

飲食料品における1店舗あたりの人口は、日本の424人に対し、米国2,002人、英国682人となっており、日本の店舗は人口当たりで多いことが分かります。アパレルでも日本904人に対し、米国2,274人、英国1,624人です。

国土面積の相違や、小売店舗の規模や形態、立地、交通手段の相違があるため、単純比較での明確な結論付けは難しいですが、日本は他国と比較し、小売のリアル店舗が普及しているためアクセスが良く、EC化率が欧米と比べても低いと考えることは可能でしょう。

以下は、世界のEC化率の推移です。

<世界のEC化率の推移>

f:id:naoto0211:20200927113450j:plain

(出所 日本リテールファンド投資法人「2020年2月期(第36期)決算説明会 付属資料/商業施設関連マーケットデータ」)

日本は良くも悪くも、リアルの店舗に利便性が高いために、EC化率が低い状況にあります。言い方を変えれば、他国は日本よりも不便だからECが普及している可能性が高いのです。

とはいえ、日本であったとしてもEC化率が高まっていくことは間違いないでしょう。以下図表は、EC化率の将来予測ですが、日本も5年で6→8%へ高まるとの予想がなされています。

<世界のEC化率と将来予測>

f:id:naoto0211:20200927113520j:plain

(出所 日本リテールファンド投資法人「2020年2月期(第36期)決算説明会 付属資料/商業施設関連マーケットデータ」)

この予想における日本のEC化率6%から8%への上昇はわずかなように思いますが、増加率でいけば、現状のEC取引額が5年で33%増加するのに等しいほどのインパクトがあります。

日本の共働き世帯数は1989年の783万世帯から2019年には1,245万世帯へと30年間で大きく増加しました。共働き世帯は、買い物時間の節約や家事の簡素化を理由に食料の調達をネットで済まる傾向にあるでしょう。

また、高齢化が進めば、リアル店舗へ買物に足を運ぶことが負担となる高齢者は増加するでしょう。

ECだけを考えても、日本において物流施設は需要が増大することになります。

 

物流施設の更新需要

従来型倉庫機能に加え、在庫管理や仕分けなどを行ういわゆる「先進的物流施設」が日本に初めて導入されたのは2002年です。当時、日本初投資となる米プロロジスが、独物流大手DHLの専用施設を東京・江東区に建設したのが始まりとされています。

以降、それまで自社保有が前提だった物流施設を賃貸するというコンセプトが定着してきました。

ECの普及により、従来型倉庫機能に加え、在庫管理や仕分けなどを行う先進的物流施設が求められるようになってきています。

以下は物流倉庫の着工床面積の推移です。

<倉庫着工床面積の推移>

f:id:naoto0211:20200927113632j:plain

(出所 日本プロロジスリート投資法人「第15期(2020年5月期)決算説明資料」)

旧耐震基準の1961~1980年に建築された物流施設(倉庫)は約177百万㎡と推定されています。

日本における全物流施設の床面積は約500百万㎡とされていますから、全体の35%が旧耐震基準の物流施設となります。

1980年の物流施設であっても既に40年が経過しています。1970年~1980年の間の10年間は、上図を見ても分かるように物流施設が多く建設された時期です。

これからは、旧耐震基準の物流施設に対する更新需要が今まで以上に発生してくることは間違いありません。

ECの拡大のみならず、物流施設の老朽化・更新需要も物流施設が注目される背景なのです。

 

物流施設が人気の理由

物流施設を取り巻く現状について、今まで確認してきました。

新型コロナウィルス感染症拡大はEC化率の上昇を加速させましたが、EC化率上昇のそもそもの要因には、共働き世帯の増加と高齢化という構造変化が背景として存在します。すなわち、EC化率の上昇自体は止まらないでしょう。

また、既存の老朽化した物流施設の更新も、物流施設へのニーズを拡大させます。

これらの理由で物流施設は不動産投資家から改めて注目されていますが、他にも「プロの不動産投資家から」注目されるポイントがあります。

それは「稟議の書きやすさ」です。

物流施設はテナントが長期契約しているものも多く、コロナ禍であろうとも収益は安定しています。テナントの信用力が高ければ、景気後退期だろうと安心して投資できる対象となるでしょう。

また、賃貸住宅も収益が安定したアセットではありますが、物件価格は高いものでも数十億円程度が限界です。一方で、物流施設は小さいもので数十億円程度の物件価格であり、不動産のプロ投資家が狙う物流施設のほとんどが数百億円規模の物件です。不動産投資家からすれば、数億円の物件への投資も数百億円の物件への投資も、手間は同じです。

長期契約が多いためにコロナショックのようなイベントに強く、マーケット拡大による強い需要があり、そして、効率的に稟議を作成して投資が可能という物流施設は、不動産のプロ投資家である企業で働く「サラリーマンにとって稟議が書きやすい」のです。これが物流施設の現在の人気の理由だと筆者は考えています。

物流施設は、たかだか10年前までは、投資対象として人気があったとまでは言えなかったでしょう。環境によって人気の出るアセットは変遷します。今は、産業用、もしくはインフラとしての物流施設に焦点が当たるようになりましたが、数年後にはデータセンターようの全く異なるアセットが人気となっているかもしれません。

物流施設は、その土地には価値がないことも往々にしてあります。テナントが退去した場合の代替テナントの探索も簡単ではないかもしれません。

個人投資家にとってみれば、物流施設は特に投資が難しいでしょう。大規模な物流施設への投資は資金的に難しいでしょうから、必然的に規模の小さい物流施設が対象となるものと思います。立地や建物スペックも大事ですが「テナントがいつまで入居を続けるか」ということこそが最も重要な投資基準になります。個人ではテナントとの関係構築、テナントのビジネスモデルへの理解等を得るのは簡単ではありません。また、立地によっては代替テナントを見つけるのは容易ではありません。物流施設に投資したいならば、個人は、REITを使うのが最も有効なのでしょう(利回りは低いですが)。人気だからといって簡単に投資することは避けるべきなのではないでしょうか。