銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

JDIが使ったと思われる「在庫を使った決算の粉飾」とは

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ジャパンディスプレイ(JDI)が経営危機に陥り、かなりの時間が経ちました。

予定していた増資が履行されない等、様々な問題が発生しています。

そのような中で、過去の決算で100億円の過大な在庫を計上し利益を一時的にかさ上げしていたとの不正会計疑惑をJDIが公表しました。投資ファンドのいちごアセットマネジメントがスポンサーに名乗りを上げ、とりあえずの目処がつきそうだったJDIの再建には不透明感が出てきています。

今回は、JDIが行っていたとされる在庫計上による不正会計について簡単に確認しておきましょう。

 

概要

まずはJDIの不正会計問題について概要を把握しましょう。以下はNHKの記事からの引用です。

ジャパンディスプレイ 不適切会計処理の疑いで第三者委設置へ
2019年12月24日 NHK NEWS WEB 

経営再建中の液晶パネルメーカー、ジャパンディスプレイは、過去の決算で実際よりも多く資産を計上するなどの不適切な会計処理を行っていた疑いがあるとして、外部の専門家による第三者委員会を設けて詳しい調査を行うことになりました。
ジャパンディスプレイは、巨額の資金を着服したとして懲戒解雇した経理担当の元幹部から、「過去の決算で不適切な会計処理を行っていた」と連絡を受け、社内の幹部と外部の弁護士などによる委員会を設けて調べてきました。

その結果、過去、数年度にわたる決算で在庫の資産を実際よりも多く計上し、その後、取り崩すといった不適切な会計処理を合わせて100億円程度行っていた疑いがあることが分かったとしています。

このため、会社は独立した外部の専門家による第三者委員会を年内にも設置し、さらに詳しく調査するよう依頼することを決めたということです。

(以下略)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191224/k10012227081000.html

この記事にあるように、JDIは決算で在庫の資産を実際よりも多く計上し、その後、取り崩すといった不適切な会計処理を続けてきたようです。

この決算処理は何を意味するのでしょうか。

 

在庫の過大計上とは

今回のJDIの在庫の過大計上には、どのような効果があるのでしょうか。

一般的には、「在庫を過大に計上」すれば、当該決算期の営業損益をかさ上げすることになります。また、在庫の資産価値が減っていたとしても、その時点で減損処理をしなければ、利益をそのまま(=損失計上を翌期以降へ先送り)とすることが出来ます。

このような在庫を過大に計上する処理は「会計における典型的な粉飾手法」です。

典型的な粉飾手法は以下のようなものがあります。

  • 在庫を増やす
  • 売掛金を増やす(=来年の売上を前倒しで計上する、架空の相手先に売ったことにする)
  • 買掛金などの費用を計上しない(=費用計上を先延ばしする、費用自体の数字を減らす)

では、在庫を過大に計上することで「利益が増える」仕組みとはどのようなことなのでしょうか。

以下の計算式をご覧ください。

「期首棚卸高+当期仕入-期末棚卸高=売上原価」

この計算式は売上原価(コスト)の計算式です。

この期首棚卸高、仕入、期末商品棚卸高と売上原価との関係は、以下の図で表すことが可能です。

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この計算式や図を見ると気づくことがあります。

「期首棚卸高+当期仕入=売上原価+期末棚卸高」なのです。

すなわち、期首棚卸高と当期仕入が変わらない場合、期末棚卸高を(何らかの方法で)増加させると、計算式上は売上原価が減少することになるのです。

例えば、企業Aの決算が、期首棚卸(在庫)高=100、当期仕入=300、売上高=500、期末棚卸(在庫)高=80だったとしましょう。その場合の決算は以下のようになります。
  • 売上原価=期首在庫+仕入-期末在庫=100+300-80=320
  • 粗利益=売上高-売上原価=500-320=180 
もし期末棚卸高が倍の160だった場合は、以下のような利益となります。
  • 売上原価=期首在庫+仕入-期末在庫=100+300-160=240
  • 粗利益=売上高-売上原価=500-240=260
期末棚卸高(=在庫)が多い方が、利益(粗利益)が多くなるのです。

「在庫が増えれば利益が増える」というのは一見すると矛盾するように思われます。

売上高が変わらないにもかかわらず、期末の在庫が増えることは、単純に「売れ残りが増えた」ことになります。そもそも、在庫は製品となり売ることが出来れば「お金」になる財産ですが、売れなければ単なる「価値のないモノ」です。そして在庫には仕入のみならず、製造・保管などの費用がかかっています。それでも在庫が増えると利益が上がるのは「費用収益対応の原則」という会計の考え方があるからです。

費用収益対応の原則とは、期間利益額を算出する際に期間収益と期間費用の金額的な対応関係が成立するように、当期の発生費用額を当期の収益額に対応する部分と次期以降の収益額に対応する部分とに区分することを要請する原則。

費用と収益は同時に発生するわけではなく、通常タイムラグがある。そして費用は発生主義によって認識され、収益は実現基準によって認識される。つまり、費用と収益で認識の基準に差があるのである。「では、収益と費用との差である利益は正しくある期間の利益を表しているのか」という疑問が発生するであろう。それに答えるのが費用収益対応の原則である。この原則では、収益(結果)に費用(原因)を対応させることで、費用と収益を結び付け、当期の利益を算出する。

具体的には、当期の収益と因果関係のある費用のみが当期の費用として計上され、当期の費用として計上されなかった費用は資産として計上される。例えば製造業の場合、材料費や労務費など、当期に発生した費用は当期製造費用として認識される。このうち、損益計算書の上で、今期の費用(この場合、売上原価という費目になる)として計上されるのは、当期に販売された部分に対応する部分だけである。残りの、来期以降販売される部分に対応する費用は、棚卸資産(仕掛品、製品など)として貸借対照表に資産として計上されるのである。(以下略)

(出所 グロービス経営大学院Webサイト  https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12465.html) 

このように売上原価の算出式で期末棚卸高をマイナスするのは、当期利益というものが「ある一定期間の利益」であるためです。期末の棚卸高は「売れていない」のですから、当期の売上には貢献していません。売上に貢献していないのであれば、売上原価からは控除されるのが相当なのです。期末棚卸高は、翌期の費用なのです。

但し、ここで分かることは「期末棚卸高を増加させることは、今期の費用を減少させるものの、翌期の費用を増加させる(=「期首」棚卸高となるため)こと」です。 

期末棚卸高を粉飾しても、そのツケは来年以降やってくるのです。粉飾は損失を先送りする効果しかありません(通常は)。一度粉飾してしまうと、そのツケを翌期に払いきれず更にまた大きな粉飾をくり返す、というケースは粉飾の典型例です。

このような粉飾を見抜くために、銀行は在庫の変動(在庫が過大に計上されていないか)も見ています。

 

所見

上記の在庫の過大計上による利益のかさ上げは、非常に単純なケースを想定しています。しかし、この単純な手法が様々なバリエーションを派生させながらも多く発生してきたのです。

会社は会計期間を設けています。会計期間とは、会社がいくら儲かったのかを計算するために区切られた期間です。会計は、例えば1年のように会計期間を区切って、会社がその期間にどの程度儲けたのかを示す技術的な手法です。収益と費用の発生にはタイムラグがあり、それを調整するのが会計という手法なのです。会計は絶対的・客観的なものということではなく、相対的・主観的なものでもあります。経営者・経理担当の「意思や解釈」が入るのです。そこに在庫の過大計上というような「利益を操作」できる手法が生まれる余地があったということなのです。

尚、JDIは一部の報道によると、一時的に在庫の過大計上で利益を膨らませたものの、その後、減損処理という形で粉飾部分を清算しているとされています。現時点では決算上のインパクトは限定的なのではないかと思われます。

JDIの今後に注目しましょう。