銀行員のための教科書

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アパートローンの保証人不要化は不動産の二極化要因に

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民法の改正を受け2020年4月から様々な変化がありますが、銀行のアパートローンについても取り扱いが変わると報道されています。銀行のアパートローンは個人の連帯保証人を求められることが現時点では一般的ですが、今後は保証人を原則不要とする動きとなってきました。

これは一見すると「非常に良い動き」に思えます。家族や親族の借入にかかる連帯保証人となって大変な目にあったという実話を雑誌やテレビで見聞きすることはあるでしょうし、ドラマや小説の題材になることもあります。そのような「ひどい制度」である連帯保証が無くなるならば苦しむ人が減って良いのではないでしょうか。

一方で、銀行がアパートローンの保証人を原則不要とすることに何か問題はないのでしょうか。なぜ銀行はアパートローンで保証人を必要としてきたのでしょうか。

今回は、アパートローンの保証人を原則不要とすることについて考察したいと思います。

 

報道内容 

民法改正によってアパートローンに保証を求めない動きが出てきたことについては、以下の日経新聞の記事が概略をつかめますので引用します。 

アパートローンで保証求めず、大手行 改正民法受け
2020/01/12 日経新聞

 4月施行の改正民法を受け、大手銀行が融資の条件としてきた個人保証を見直す。対象は個人が貸家を建てる際に利用するアパートローンで、4月からは法定相続人の連帯保証を原則なくす。債務者が返済に行き詰まると、保証人の生活への影響が大きいという問題があった。保証を前提とした融資の慣行を見直す契機となりそうだ。
 法改正後は借金を肩代わりする可能性がある保証人になると、原則として公証人に引き受けの意思を示す必要がある。保証人の設定手続きが煩雑になるため、銀行が対応を検討している。三井住友銀行はアパートローンで法定相続人からの保証を原則取らない方針を決めた。三菱UFJ銀行も法定相続人などの保証を不要とする方針だ。みずほ銀行も同様の対応を検討し、一部の地方銀行も追随する可能性が高い。

(以下略)

この記事にあるように、この取り扱いは保証を前提とした融資という日本の銀行の慣行を見直すきっかけとなる可能性があります。

しかし、銀行はなぜ法定相続人等から保証を取っていたのでしょうか。保証人不要と出来るのであれば、最初から保証人を取らなければ良かったのではないでしょうか。 

 

銀行が連帯保証人を必要とした背景 

なぜ、アパートローンで保証人が求められてきたのでしょうか。

アパートローンを借りるのは、通常は「夫」です。そして夫が死去した後は、その妻が相続人になることが一般的です。女性の方が長生きする可能性が高いためです。

この法定相続人である妻や子供を保証人としてきたのが、今までのアパートローンです。アパートという事業を引き継ぐ個人を保証人としていたのです。保証人といっても、妻は「専業主婦」、すなわち所得の無い妻が多かったのですが、所得が無くとも保証人としていました。

所得の無い個人を保証人とすることは、アパートローンの返済を求める銀行側からすると意味が無いように思われます。

ここでポイントとなるのが「相続放棄」という制度です。

相続放棄とは、簡単に言えば「相続人が相続を拒否すること」です。死亡した被相続人(例えば夫)の権利・義務を相続人(例えば妻)が一切受け継がないことになります。

例えば、夫が多額の借金がある一方で、所有している資産がほとんどない場合には、相続人である妻は相続放棄をしてしまえば夫の借金を負担しなくて良くなります。

この相続放棄では、相続人は、相続する一切の権利や義務を放棄することが出来ますが、そもそも相続開始前から保有している自身の権利・義務は放棄することは出来ません(当たり前の話ですが)。

アパートローンの場合は、妻である相続人が保証人を引き受けていると、保証人としての義務は相続開始前から存在しています。アパートローンを借りている夫が死亡した時に、アパートがボロボロで借金の額に見合った価値がないと相続人である妻が考え、相続放棄をしたとしても、保証人としての義務は相続開始前から存在していたので放棄出来ません。保証を放棄出来ないのであれば、そもそも相続人である妻は相続放棄を選択しない可能性が非常に高くなります。資産を放棄して、借金だけが引き継がれる(実際には保証履行を銀行から求められる)よりは、価値がわずかでもあるはずの資産も引き継いだ方が経済合理性はあるからです。

銀行の立場からすると、妻を保証人としておくことで、相続放棄がなされるリスクを避けることができます。言葉を換えれば「債務者が死んでも貸出金の取り損ねが起きないよう、債務者一族に逃げられないようにする」のが、妻等の法定相続人を保証人とする目的になります。

 

今後の影響

もし銀行がアパートローンで保証人を不要とするとどのような影響が出るのでしょうか。

直ぐに思い浮かぶのは、借金の取り立てに苦労する保証人が減少するということでしょう。保証人となってしまったが故に人生が狂ってしまう個人は確かに減少するのかもしれません。

では、良いことばかりでしょうか。

筆者は、アパートローンの保証人不要化は、日本の不動産マーケットへ相応の影響を与えるのではないかと考えています。それは、比較的小規模の収益不動産を建設・購入する資金の大幅減少という形で表れます。

銀行の観点から見てみましょう。

アパートローンの借入人である「夫」が死亡した場合、アパートの収支が上手く回っていないならば、相続人である「妻」は相続放棄をするかもしれません。

従って、銀行は担保として取得してるアパートが将来的にも価値が落ちないような物件であるかを入念に調査するでしょう。もしくは、価格が下落しても銀行の貸出が棄損することがないように、自己資金を多く入れるように借入人に迫るでしょう。

また、銀行からすると、借入人である「夫」が存命の時には、夫の他の所得からの返済も期待できますが、夫が死亡したらそれも期待出来なくなります。そうすると、死亡リスクが高くなってくる高年齢の個人にはアパートローンは貸しづらくなってきます。現在はほとんどのアパートローンの借入期間が長期に渡り、債務者が死亡した後も残高が残り、債務が相続人に引き継がれていくことが前提となっていることとは対照的です。

これをまとめると、アパートローンの保証人不要化によって銀行は主に以下の動きを取るようになります。

  • 立地の良い物件しか融資を行わない(担保物件の収益だけで融資を返済出来るかを重視)
  • 手元資金は今まで以上の割合で拠出しなければ融資を行わない
  • 高齢の借入希望者には融資を回避する

上記3点はアパートローンの保証人不要化により必然的に導かれる流れです。

短期的にみれば、今回のアパートローンの保証人不要化は収益不動産の価格下落につながる恐れがあります。一方で、総住戸数が総世帯数を上回る現在の日本においては、国全体で見れば需給バランスは既に崩れています。これ以上の無駄なアパート建設が減少する意味はあるでしょう。そして、銀行が融資の審査を厳しくすることになれば、返済能力も事業運営能力もない個人が簡単に不動産事業を営み、そして失敗するというリスクは減少するでしょう。

不動産価格は銀行(と金融庁)次第と言われることもあるぐらいです。

今回のアパートローン保証人不要化は、短期的に見れば、アパート建設業者の業績ダウン(サブリース業者含む)、 個人が手を出してきたような収益物件・収益物件開発素地の下落につながります。地方の物件や大都市圏でも立地の悪い物件へは大きな影響が出る可能性があります。

一方で、長期的には日本全体で見た場合に「無駄」を省く効果が期待できるでしょうし、銀行の審査能力を一段引き上げることにつながるでしょう。

但し、個人が不動産投資で夢を見ることは難しくなりそうです。アパートローンという事業性資金を借りることができるのは「収入が高い金持ちや資産家と、良い立地の地主だけ」となりそうです。

不動産マーケット全体で見れば、個人や中小の不動産会社が取引していた不動産価格は厳しくなる一方で、資金調達力がある大手不動産会社が取引を行うような利便性の高い不動産価格は相対的に魅力が増します。不動産の二極化が進展していくでしょう。