銀行員のための教科書

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世界銀行のブロックチェーン債が潜在的に持つ巨大な破壊力

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世界銀行が初のブロックチェーン債を発行しました。

この取り組みは、普及するのであれば銀行にも証券会社にも影響が出てくることになります。

今回はこのブロックチェーン債について確認していきましょう。

 

プレスリリース

世界銀行が世界初となるブロックチェーンを活用した債券発行を行いました。

この債券発行について世界銀行がプレスリリースを行っています。 

このリリースについて以下引用します。

プレスリリース 2018年8月24日

世界銀行、世界初となるブロックチェーンを活用したグローバルな債券発行により1億1千万豪ドルを調達

2018年8月23/24日、ワシントンDC/シドニー 

世界銀行は、ブロックチェーンを使った新たな債券「bond-i」を条件決定した。bond-iは償還までの大半のプロセス、即ち起債、販売、決済および期中管理にブロックチェーン技術を使用した世界初の債券であり、今回の2年債で1億1千万豪ドルを調達した。投資家は世銀債の購入を通じて間接的に世界銀行の開発業務を支援しているが、今回の発行は史上初のブロックチェーン世銀債を通じた途上国支援と位置づけられる。

世界銀行は8月10日オーストラリア・コモンウェルス銀行(CBA)をbond-iの単独アレンジャーに任命した。今回の発表は、その後2週間にわたり市況を見極めた結果、主要投資家からの強い支持を確認した上で行われた。

bond-iに投資を行ったのは、CBA、First State Super、ニュー・サウス・ウェールズ財務公社、ノーザン・トラスト、QBE、南オーストラリア州金融公社、ビクトリア州財務公社などである。CBAおよび世界銀行は当初販売終了後もbond- iへの(流通市場での)投資を歓迎し、同プラットフォームに関する市場関係者からの問い合わせを受け付けている。

bond- iは、開発に破壊的技術の可能性を活用しようという世界銀行の戦略的重点課題の一環である。世界銀行は2017年6月、ブロックチェーン・イノベーション・ラボを設立し、ブロックチェーンをはじめとする革新的技術が、土地管理、サプライチェーン管理、保健、教育、クロスボーダー決済、温室効果ガス排出権取引といった分野に及ぼす影響についての研究を進めている。

アルンマ・オテ世界銀行トレジャラーは次のように述べた。「このブロックチェーン技術を使った画期的な債券であるbond-iが投資家から大いに歓迎されたことを嬉しく思います。特に、公的機関、ファンド・マネージャ、政府系機関などから高い関心が寄せられたことに感銘をうけました。我々が今回の発行の着想を実現できたのは、こうした優良な投資家の皆様が、テクノロジーを駆使したイノベーションを資本市場で活用する価値を理解してくれたからです。この一年間の我々の努力とオーストラリア・コモンウェルス銀行とのパートナーシップもまた、今回の発行の成功を導き出した大きな要因です。さらに、bond- iプラットフォームのサービス提供者であるKing & Wood Mallesons、HIS Markit、マイクロソフト、トロント・ ドミニオン証券にも謝意を申し上げたいと思います。今回の発行に多様なステークホルダーから大きな関心を寄せていただいたことに感謝すると共に、資本市場の安全性強化と効率化のために新テクノロジーの活用方法を引き続き模索してまいります。」

bond-iブロックチェーン・プラットフォームは、CBAのシドニー・イノベーション・ラボ内にある「ブロックチェーン・センター・オブ・エクセレンス」で構築・開発された。本プロジェクトには、ブロックチェーン技術の資本市場への適用に主導的役割を担ってきたCBAのブロックチェーン専任チームのリーダーシップと経験が大きく貢献した。

ジェームズ・ウォールCBA国際業務エグゼクティブ・ゼネラル・マネージャーは次のように述べた。「弊社への単独アレンジャー指名が幹事社発表されてから、bond-iに対して非常に大きな関心が寄せられました。市場が、新テクノロジー採用に前向きで態勢も整っており、資本市場発展の可能性を見出していることは明らかです。世界銀行のような先見性のある組織による今回の画期的な債券発行に協力でき、光栄に存じます。」

bond- iプラットフォームのサービス提供者は、マーケットメーカーがトロント・ ドミニオン証券、独立評価がHIS Markit、独立コード・レビュアーがマイクロソフト、取引専門法律顧問としてKing & Wood Mallesonsとなっている。

世界銀行は、持続可能な開発のために年間500億ドル~600億ドルを起債しており、資本市場において70年にわたるイノベーションの実績がある。中でも、1989年9月に世界的に取引・決済が可能なフォーマットを備えた世界初の債券を発行したこと、および2000年1月に全面統合された電子債券を発行したことが先駆的な業績として挙げられる。豪ドル市場でたびたび起債しており、1986年以降世界の投資家から約600億豪ドルを調達している。

 

ブロックチェーン債の意味 

世界発のブロックチェーン債を世界銀行が発行しました。

このブロックチェーン債が持つ意味、革新性はどのようなものでしょうか。

概要について詳しい日経新聞の記事を引用します。

世銀が初の「ブロックチェーン債」発行
2018/08/24 日経新聞

 世界銀行は28日に分散型台帳の技術を用いた「ブロックチェーン債」を発行すると発表した。世界の投資家を対象とする公募債としては初の試みで、仮想通貨取引を支える技術を活用し、債券の発行・流通コスト削減を目指す。
 世銀は毎年、500億~600億ドルの債券を発行し、途上国への資金支援を行っている。債券発行に関する費用を減らすと同時に、従来型の資本市場が未発達な途上国でも可能な資金調達モデルを開発する狙いもある。
 発行額は1億1000万豪ドル(約90億円)。2年債で、利回りは2.251%。豪コモンウェルス銀行(CBA)に一任し、債券の発行・販売・決済などの全行程をブロックチェーン上で管理する。CBAに口座を持つ投資家は2次流通市場での売買に参加できる。
 一般に社債を発行する場合には、投資家からの購入申し込み事務を担う証券会社など引受会社のほか、社債権者のために債権の回収を容易にする社債管理者、決済照合を担う証券保管振替機構など多数のプレイヤーが介在する。
 これを不特定多数が承認し合うブロックチェーン管理にすれば、取引の履歴や現在の債券保有者が簡単に分かる。利払いや償還業務の手間が省け、現在の形の中央決済機構が不要となる。「債券管理の簡便化に加え、長い目で見て市場を効率化できる」(世界銀行駐日代表の有馬良行氏)としている。
 世銀は00年には発行などを全てネット上で行う「e―bond」を初めて発行するなど、途上国が資金調達をしやすい手法の開発に意欲的に取り組んできた。ただ、e―bondは、取引所を介さず証券会社経由で取引される債券市場の習慣が壁になり根付かなかった。

これが解説記事の内容です。

現在、債券を発行する際には様々な関係者が関与します。

この関係者に支払うコストも削減されるということになります。

 

事例:日本の社債市場

では、どのようなコスト削減が想定されるのでしょうか。
日本の社債市場を例にとって考えてみましょう。
 
<引き受けおよび売り出し(アンダーライター)業務、募集・売り出しの取り扱い(セリング)業務>
引き受け等の業務は証券会社が担っています。
もちろん社債を発行する場合には、発行者が直接発行の手続き、募集を行う直接発行というやり方もあり得ます。
しかし、多数の投資家に大量の債券をさばく知識・投資家とのコネクション・インフラが無ければ、発行者が債券を発行しても売り切るのは厳しいでしょう。
そこで、通常は仲介会社である証券会社を通じて投資家の募集を募る間接発行の方法が行われています。
この引受手数料や募集手数料は発行会社と証券会社間の協議で決定しますが、近時は社債発行にかかる手数料では証券会社の儲けは少なくなってきています。
証券会社の中には、社債発行については企業とのリレーション維持のために対応し、実際の大きな収益は、増資やM&A等の収益が大きく上がる(しかし、定例的に実施されるものではない)業務で狙っていくところが多いのではないでしょうか。

 

<社債管理者> 

社債管理者とは、債権者のために、債権の弁済を受領し、債権の回収を容易にするなど社債の管理をする会社のことです。会社が社債を発行する場合、原則として会社法により社債管理者の設置が義務付けられており(※)、銀行、信託銀行または担保付社債信託法上の免許を受けた会社が社債発行会社から委託され、社債管理者となります。社債管理会社は、社債権者のために公平かつ誠実に社債の管理を行い、社債権者に対し善良な管理者の注意をもって社債の管理を行う義務があります。(以上、社債管理者についての解説は野村証券HPより出典)

(※社債券面が1億円以上の場合又は社債の数が50以上となり得ない場合は社債管理者を設置しないで起債することが可能)

現実的には、日本の公募社債の約75%は社債管理者は設置されず(データ=日本証券業協会:2017年7月26日「新たな社債管理機関等について」)、社債発行コスト削減のため、財務代理人(社債権者保護のたえの責務を果たさない)を選任する例が多くなっています。

財務代理人は、元利金支払業務の他に、利払時の源泉徴収等、発行者が社債残存期間中に行うべき事務の一部を代行することが一般的です。

社債管理者も財務代理人も手数料自体は、証券会社の引受手数料等に比べると少額となります。

 

<記録管理>

電子化された社債は(株式と同様に)記録を管理する機関が存在します。

それが証券保管振替機構(通称ほふり)です。

証券保管振替機構は、一般債振替制度を通じて「債券の完全な電子化を行うことにより、券面発行に係るコストの削減及び事務処理負担の軽減を実現」してきました。

しかし、同機構が提供するサービスも、債券の発行体から徴収する「新規記録手数料」や、同機構の加入者から徴収する「口座残高管理手数料」がかかります。

同機構が提供するサービスの手数料は開示されていますが、証券会社の引受手数料等に比べれば非常にわずかです。

 

以上が日本における社債発行の関係者・役割となります。

ブロックチェーンを用いることにより社債管理者や記録管理のコストは低減される可能性があると思われます。

引受業務・募集業務については、簡単には無くならないのではないかと筆者は考えています。発行される債券は、投資家誰もが買いたい債券ばかりではないためであり、投資家とのコンタクトという観点では証券会社の販売力はすさまじいものがあるためです。

 

所見

債券市場は、新たに発行される債券を売り出す市場「発行市場」と、すでに発行されている債券を売買する市場「流通市場」の2つに分かれます。

流通市場における債券は、証券取引所で取引される株式とちがって、その売買のほとんどは、証券会社の店頭で行われています。また、債券市場の参加者の大半は、年金や投資信託などの資産運用を専門に行っている機関投資家や金融機関です。その理由は、債券の多くが非常に大きな金額単位(大半が1億円単位)で売買されているからです。

従って、ブロックチェーンによる債券発行がなされても簡単には現在の仕組みが変更されることはないのではないかと筆者は考えています。

しかし、ブロックチェーンによる債券発行が普及していくのであれば、最初に影響を受けるのは、証券保管振替機構が担っている記録管理の分野でしょう。債券の投資家およびその投資家の元利金の入金先が分かるのであれば財務代理人を設置するのも不要となるかもしれません。

ブロックチェーンを活用した債券発行時に、投資家が直接債券を購入する仕組みとした場合、知名度の非常に高い企業や公的機関であれば、引受業務を行う証券会社を選定せずに直接投資家に販売することも可能になるかもしれません。

また、債券の発行が簡単に行えるようになるのであれば、企業は銀行から借り入れを行わずにコストの低い社債で対応することも十分に考えられるでしょう。(日本の場合は、企業の資金調達に占める銀行からの借入金の割合が特に米国に比べて高い状況)

日本においては、マイナス金利政策導入前から、預貯金が多く投資に回っていないことが問題とされてきました。簡単に債券への直接投資ができるのであれば投資家層が拡大する可能性はあります。

ブロックチェーンを活用した債券発行は、投資家に預貯金以外の選択肢を提示するという意味で既存の金融「秩序」を壊す可能性を秘めていると言えます。